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孤独の理由

王宮の威厳ある通用門の向こうへ、シミアの小さな背中が消えていく。

それを見送ると、トリンドルは馬車の柔らかなシートに身を預け、深く、長い溜息を吐いた。


「はぁ……」


その吐息には、懸念と、不服と、そしてほんの僅かな寂寥感が混じっていた。


「レイン……シミアは結局、何を言おうとしていたのかしら?」


車外では、レインがシミアの使った踏み台を手際よく収納している最中だった。主の問いに、彼は手を止め、シミアが去った方向を見やる。


「おそらく、シミア様にはすでに心当たりがあるのでしょう」


レインは白手袋の埃を払う仕草を見せ、理知的な声で答えた。


「ですが、何らかの理由で――証拠不足か、あるいはお嬢様を守るためか――その名前を飲み込むことにしたのだと推察します」


レインは車体を回り込み、軽やかに御者台へと身を翻す。

種蒔きたねまきまつり以降、ただシミアの後ろをついて回るだけだった少女は、確かに変わった。

言葉にするのは難しいが、それは錆びついた剣が研ぎ直され、寒光を放ち始めたような――鞘に収まっていても隠しきれない鋭気を感じさせる。


「私を守るため、ですって……」


隔壁越しに、不満の滲む声が聞こえてくる。


「どうして、私たちを頼らないの? 全部ひとりで背負い込んで、何も言わないで……ミリエルもミリエルよ。病み上がりのシミアにあんな重責を押し付けるなんて。それを引き受けるシミアもシミアだわ。……もう、本当に腹が立つ!」


主人の、女王陛下に対するあまりに直球な不満に、レインは苦笑した。だが反論はせず、手綱を引いて馬車をゆっくりと発進させる。


「お嬢様。シミア様には……彼女なりの苦衷くちゅうがあるのです」


蹄の音が空虚な街道に響く中、レインは言葉を選び、家族の核心に関わる情報を少しだけ明かすことにした。


「以前、バセス爺の指示でシミア様の出自を調査したことがあります。対外的には事故死となっていますが、深く探ったところ、ご両親の死はあまりに不自然でした。――極めて周到に計画された、政治的な暗殺であった可能性が高い」


車内の、苛立ちを含んだ気配がふっと消えた。


「暗殺……?」

「ええ。その後、彼女は幼いシャル様と共に、誰の庇護も受けずに生き延びてきました。その数年間の暮らしは困窮を極め、残酷なものだったでしょう」


レインは溜息をつき、視線を遠くの街並みへと投げた。


「シミア様にとって『誰にも頼らない』というのは、単なる性格ではなく、骨の髄まで染み込んだ生存法則サバイバル・ルールなのです。最も無力だった時、頼れる人間など一人もいなかったのですから……だから今も、彼女は危険に一人で立ち向かうことに慣れすぎてしまっている」


車内は長い沈黙に包まれた。


レインの言葉は鍵となり、トリンドルの胸のつかえを解くと同時に、より深い棘を突き刺した。

あのいつも微笑んでいる、強くて眩しいシミアが。

そんな地獄の中を、たった一人で歩いてきたというのか。


「ですから、どうか腐らずに。今のお嬢様の行動には意味があります」


レインの声は少し柔らかく、励ますような響きを帯びた。


「だからこそ、お嬢様の今の強引さが救いになるのです。シミア様は口には出しませんが、お嬢様の献身をちゃんと見ています。氷の壁は一日では溶けませんが、諦めなければ、いつか必ずその真心は伝わりますよ」


「う、うるさいっ!」


図星を突かれた少女の、慌てふためく声。そこには隠しきれない羞恥が混じっていた。


「なによ、それ! まるで私が、シミアに好かれたくてやってるみたいじゃない! 私は……ただ友人として、彼女が理不尽な目に遭うのが許せないだけよ!」


「はいはい。失言でした、申し訳ありません」


レインは素直に謝罪し、口元を緩めた。


「……もう、ムカつくわ。帰るわよ」

「仰せのままに」


レインが手綱を振るうと、馬車は速度を上げ、エグモント家の屋敷へと向かった。


* * *


車内。

トリンドルは、先ほどまでシミアが座っていたシートをそっと撫でた。掌に残る、微かな余温ぬくもり

頬の赤みはすでに引き、その表情は、窓の外の夜よりも深く沈んでいた。


「ただの鈍感だと思っていたけれど……」


スカートを握りしめる指に力がこもる。


「誰も信じられないほど、追い詰められていたなんて……」


だとしたら、なおさら許せない。

シミアから両親を奪った残酷な世界も。そして今、暗闇から彼女を狙う卑怯者も。


「シミアをあんな風にしたのが誰であれ……」


翠玉エメラルドの瞳に、氷のような殺意が走った。


「……絶対に、許さない」


柔らかな風が窓から吹き込み、花の香りを運んでくる。

馬車は貴族街へ入っていた。車窓を流れる豪邸の庭には、手入れの行き届いた薔薇や百合が咲き誇っている。ショーウィンドウの商品のように、一片の瑕疵かしもなく、美しさを競い合う花々。


平和の象徴。富の証明。


だが今のトリンドルには、その嬌艶な花弁がひどく嘘くさく、反吐が出るほど疎ましく思えた。


「くだらない」


吐き捨てるように呟き、トリンドルは無表情で窓を閉めた。

ピシャリ、と。

虚飾の花々を視界から遮断する。


再び薄暗くなった車内で、少女は瞳を閉じる。

そして脳裏に、巨大な蜘蛛の巣を張り巡らせ始めた。

シミアを傷つけた害虫を、一匹残らず捕らえ、食らい尽くすための罠を。

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