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友人の仮面(リアンドラ)

領主学院の寄宿舎。その雰囲気も、調度品も、私にとっては見慣れたはずのものなのに、今日はひどく余所余よそよそしく感じられた。


自分の足音が響くたび、心臓が喉から飛び出してきそうなほど激しく脈打ち、不安が胸を締め付ける。

私は意識して歩調を緩め、階段を上った。

視線は自然と左側へ向く。左手側の二番目。そこが、シミア様の部屋だ。


私は無意識に、腕に抱いた花束に目を落とした。

数本の、純白の百合ユリ

色調の暗い寮内において、その白さは眼球を刺すほどに鮮烈で、痛々しかった。


来なければよかった。

今更ながら、心が臆病風に吹かれて縮こまる。

私は知っている。私の能力によって『接触』された人間が、どんな末路を辿るのかを。


シミア様は本当に、お母様が排除しなければならないほどの敵だったの?

あの時、少しでも躊躇していれば――。


「あ……リアンドラ様! シミア様のお見舞いに来てくださったのですか?」


シャルの声が、脳内で繰り返される無意味な自己弁護を断ち切った。

ハッとして顔を上げる。

いつも活力に溢れていた彼女の顔は、隠しようもない疲労と悲しみに塗りつぶされていた。目元は赤く腫れ上がり、つい先程まで泣いていたことは明白だ。

それでも彼女は、私を見るなり無理やり礼儀正しい笑みを浮かべてみせた。


「どうぞ、中へ」


その健気さが、私の心臓を雑巾のように強く絞り上げる。痛い。


「は……はい」


自分の声が、まるで砂利を噛んでいるように乾いて聞こえた。

シャルが小さくノックをし、重厚な木の扉を押し開ける。


途端に、苦い薬草の匂いが鼻をついた。

部屋の中には、トリンドル・エグモント様と、いつも女王ミリエルの影のように付き従っている図書委員のコーナが、ベッドの両脇を固めていた。


トリンドル様はシミア様の手を強く握りしめている。まるでそうすることで、自分の生命力を分け与えられると信じているかのように。

コーナは目を閉じ、指先から淡い光を流し込みながら、何らかの探査魔法を行使している最中だった。


部屋の空気は、鉛のように重く、息苦しい。


シャルは早足でトリンドル様に歩み寄ると、バスケットから弁当箱を取り出した。その声は優しく、けれど懇願するような響きがあった。


「トリンドル様、お弁当を持ってきました。どうか少しでも召し上がってください。貴女まで倒れてしまっては、シミア様が目覚めた後に悲しまれます」


顔を上げたトリンドル様の瞳には、かつての鋭利な光はない。その姿は、一気に十歳も老け込んでしまったかのようにやつれていた。

彼女はシャルを見て、一瞬呆けたような顔をし、すぐに感謝の色を浮かべて頷いた。


「……ありがとう、シャル」


そのれた声を聞き、私は深く息を吸い込んだ。

覚悟を決めて、部屋の中へと足を踏み入れる。


大丈夫よ、リアンドラ。

いつも通りに、『友人』という名の仮面を被ればいいだけ。


「シミア様の具合は……?」


私は努めて自然な声を出し、振り返ったシャルに百合の花束を手渡した。


「……厄介な状態よ。あの女王の世話になるのは癪だけど、恐らくコーナ先生にしか、今のシミアを助けられないわ」


トリンドル様の蒼白な頬に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。


「何を仰いますか、トリンドル様。一番最初に倒れたシミア様を発見し、応急処置を施し、こうして付きっきりで看病なさっているのはトリンドル様です。トリンドル様はもう十分に、シミア様のために尽くされています!」

「そう……かしらね」


トリンドル様は唇を噛み、視線を私の方へと向けた。

そして唐突に、こう切り出した。


「悪かったわね、リアンドラ。以前の祝勝会で、あなたを誤解していたわ。だから私、裏であなたの実家を調べさせてもらったの。……結果は『シロ』。あなたには何の問題もなかった。どうやら私の嫉妬心が暴走していただけみたいね」


心臓が、早鐘を打った。

トリンドル様が、お母様と私を調べた?

どこまで調べたの? 偽装工作カモフラージュの下にある本当の顔まで辿り着いていないでしょうね? 私たちの正体に気づいていないでしょうね?


冷たい汗が、一瞬で背中を濡らす。


「え……いえ、お気になさらないでください」


私は必死で平静を装った。だが、今の笑顔はきっと、引きつって無様なものだったに違いない。


視線が交わる恐怖から逃れるように、私はトリンドル様の肩越しに、ベッドの上のシミア様へと目を向けた。


そして。

ようやくシミア様の顔をはっきりと捉えた瞬間、呼吸が止まった。


苦悶に満ちた、悪夢の中を彷徨い続けるようなその表情。

私はそれを、数え切れないほど見てきた。かつて私が壊してきた被害者たちの顔と同じだ。


彼らは二度と、目覚めなかった。


「シミア様は、本当にリアンドラ様に学院生活に馴染んでほしいと願っていました。ご自分のせいでリアンドラ様の学業に支障が出ることを望まないはずです。ですから、シミア様が目覚めたら……」


シャルが気丈にも慰めの言葉を紡いでいる。

トリンドル様もそれに続いた。


「ええ。シミアが目を覚ましたら、あの子の前であなたに正式に謝罪させてもらうわ。リアンドラ」

「……はい」


私は今、自分がどんな顔をしているのか想像するのも恐ろしかった。

頷きながらも、私の心は冷え切っていた。


だって、私は知っているから。

シミア様はもう――絶対に、帰ってこない。

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