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友人の推しアイドル握手会に強制連行された結果。そこにいたのはかつていじめから助けた同級生だった件  作者: 午前の緑茶


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4/5

後輩ちゃん

 昼休みの終わりまで、あと二十分ほどあった。


 休憩室の窓際でスマホを見ていると、向かいに紙コップが置かれた。


「先輩、さっきの一覧、直しておきました」


 藤崎が椅子を引いた。俺より一年あとに入社した、同じ営業事務の後輩だった。


「ありがとう。午後、確認する」


「お願いします。で、何をそんなに悩んでるんですか」


「そんな顔してた?」


「さっきから画面が変わってないです」


 スマホには、今週の予定が表示されていた。土曜日の昼に、四人でひばりへ行く。


 水瀬が店の営業を調べ、尾崎が休みを確認してくれた。日程を決めるために四人のLINEグループもできた。ここ数日は、待ち合わせ場所や食べたいものの話が流れている。


「藤崎、ちょっと聞いてもいい?」


「はい。仕事ですか」


「いや。プライベートの話。実は今度、元カノと飯に行くことになったんだけどさ」


 藤崎はコーヒーをひと口飲み、ゆっくりコップを置いた。


「……なるほど。私の出番ですね」


「そうなの?」


「まず、事情を聞きましょう」


 椅子をこちらへ寄せ、膝の上で手を組む。さっきまで俺が見ていたスマホへ目をやってから、どうぞ、と続きを促された。


「共通の知り合いに誘われて。高校のときの同級生でもあるから、久しぶりに話そうって」


「二人きりで?」


「四人。その知り合いと、俺の友達も来る」


「先輩は、また付き合いたいんですか」


「そういう話じゃないよ。普通に飯を食えたらいいんだけど、どうも気まずくて」


「向こうとは、もう会ってるんですよね」


「うん。一度。話してる間は、普通だったんだけど」


 藤崎は二度、頷いた。


「分かりました。じゃあ、まず先輩が構えすぎないことです」


「それが難しいんだよな」


「元カノだからって、昔の話が出るたびに黙ったりしてません?」


「……してたかもしれない」


「ほら」


 藤崎が、待っていましたという顔をした。


「それだと向こうが一人で答えることになるんですよ。先輩の反応も気になるし、どこまで話していいか分からないし。元カノさんも困ります」


 真帆がこちらを見て、俺の返事を待っていた顔が浮かんだ。


 あのときは、俺も向こうに何とかしてほしいと思っていた。


「そうか。自分のことばっかり考えてたな」


「気づけたなら大丈夫です。二人とも知ってる話なら、先輩も普通に答えてあげてください。相手を一人で困らせない。それだけでも、だいぶ違いますから」


「なるほど」


 思わず頷くと、藤崎は少し顎を上げた。


「どうです?」


「頼もしいな」


「今、気づきました?」


 口元が緩んでいる。隠す気はなさそうだった。


「仕事ではいつも教えてもらってますけど、こういう相談なら私だって役に立つんです」


「もっと早く聞けばよかった」


「そうですよ。ひとりで予定表を睨んでないで、まず私に相談してください」


 藤崎は満足そうにコップを取った。


「ちなみに、誘ってくれた人って男性ですか、女性ですか」


「女性。小学校の同級生で、水瀬っていうんだけど」


「その人と元カノさんが友達なんですか?」


「うん。同じグループでアイドルをやってて。俺は、再会するまで知らなかった」


「……アイドル?」


「尾崎にライブへ連れていかれて、握手会で気づいたんだ。小学校のとき同じクラスだったって」


 藤崎は口元まで上げたコップを止めた。


「ちょっと、思ってた再会とは違いましたけど……。それで、個人的にも連絡を取るようになったんですか」


「連絡先を渡してくれたから。ときどき話してたら、真帆とも高校が一緒だったって分かって」


「真帆さんが、元カノさんですね」


「そう」


「連絡先は、水瀬さんのほうから?」


「うん。握手のとき、手にメモを」


 藤崎の眉が上がった。それから、俺の顔をじっと見た。


「先輩。それ、さらっと言ってますけど」


「うん?」


「水瀬さん、先輩ともっと仲よくなりたいんじゃないですか」


「昔の同級生だから、懐かしいんだと思う」


「それは、きっかけでしょう。そのあとも連絡は来るんですよね」


「うん。次のライブに来るか聞かれたり。終演後にも、もう少し話したいって時間を作ってくれたし」


「ほら、また」


 藤崎はコップを置き、テーブルに軽く身を乗り出した。さっきよりも、笑みが深くなっている。


「少なくとも、ただ懐かしいだけの相手よりは、気になってるように聞こえますけど」


「そうなのかな」


「そこは私より、実際に会ってる先輩に気づいてほしいんですけどね」


 言いながら、藤崎は楽しそうだった。


「まあ、好意があると決まったわけじゃないです。でも、その可能性は頭に置いておいたほうがいいです。水瀬さんには、元カノさんとのこと、どう説明してるんですか」


「してないよ。知らないから」


 藤崎の笑みが、そのまま止まった。


「……何を?」


「俺と真帆が付き合ってたこと」


「知らないんですか\!?」


 思ったより大きな声だった。


 入り口の近くにいた社員が、こちらを振り返った。藤崎は慌てて頭を下げ、それから椅子ごと身を寄せてきた。


「待って。ちょっと待ってください。水瀬さんは、二人が元恋人だって知らないんですか」


「高校の同級生だとは知ってるけど」


「そこじゃなくて……あ、知らないんですよね。はい。ええと」


 藤崎は片手を上げた。何か言いかけて口を閉じ、今度は両手をテーブルに置く。


「じゃあ、水瀬さんは先輩と仲よくなりたくて、自分から連絡して……その先輩を、元カノと……」


 途中で言葉が止まった。


 俺の顔を見てから、もう一度止まった。


「自分で会わせようとしてるんですか?」


「結果的には、そうなるな」


「結果的には、じゃないです。え、何でそんなことに……。先輩、二人が付き合ってたって、ひと言伝えておけばよかったんじゃないですか」


「それも考えたんだけど。水瀬は、昔の同級生に会えて嬉しいだけかもしれないだろ」


「それは、まだ分かりませんけど」


「なのに、こっちから急に『真帆とは付き合ってたけど、今は別れてるから』って説明するのも、何か違う気がして」


 水瀬は俺と真帆が知り合いだと分かったときも、嬉しそうだった。


 あの声を聞きながら、実は元カノなんだ、と話を切り替える言葉が見つからなかった。


「聞かれたら答えるよ。でも、ただ再会を喜んでくれてる相手に、俺だけ恋愛の話を持ち出すのもなって」


「……ああ。水瀬さんに好かれてるつもりで、先に説明してるみたいになるのが嫌なんですね」


「うん。そういうつもりじゃなくても。真帆の話でもあるし、俺から軽く言っていいのかも迷った」


 藤崎は少し口を尖らせたあと、頷いた。


「……それは、分かります。好意があるかもってだけで、先回りするのも難しいですね」


「いや。そう見えるって聞けたのは、助かった」


「でも……ああ、そうか。だから誰も言い出さないまま、食事の約束まで進んじゃったんですね」


「うん。真帆も水瀬には言ってないみたいで」


「その食事は、水瀬さんが誘ったんですよね?」


「うん。二人で昔の話をしてたら、水瀬がその店に行ってみたいって」


「その店?」


「高校の近くの喫茶店。俺と真帆がよく行ってたところ」


「思い出のお店まで\!?」


 今度は言った直後に、自分で口を押さえた。


 肩をすぼめて入り口を確かめ、声を落とす。


「ちょっと、待ってください。水瀬さん、自分が気になってるかもしれない人と、その元カノを、二人の思い出のお店に連れていくんですか。何も知らないまま?」


「そうなる」


「そこで昔の話を聞くんですよね?」


「楽しみにしてるみたい」


「楽しみに……」


 藤崎は背もたれに戻りかけ、すぐに体を起こした。


「だめです。私、さっき、普通に昔話してあげてくださいって言いましたよね」


「うん」


「それ自体は間違ってないんですけど、その、二人で懐かしくなって、うっかり何か……ああ、でも、避けたら水瀬さんが変に思うし……」


「藤崎?」


「今、考えてます!」


 コップを取ろうとした手が、縁に当たった。傾いたところを両手で押さえ、藤崎はゆっくりテーブルの中央へ戻した。


 今度は、もう手をつけなかった。


「だから、尾崎にも来てもらうことにしたんだ」


「……ああ。そうでした。もう一人いるんでしたね」


 藤崎が顔を上げた。


「その人には事情を話してあるんですよね。二人で気をつけておけば、まだ――」


「いや、尾崎も知らない」


「何でですか!」


 藤崎は額に手を当てた。


「その人、ただごはん食べに来るだけじゃないですか!」


「真帆とはけっこう話せてたから。間に入ってくれるかなって」


「知らないのに、どこに入ればいいんですか。先輩と真帆さんの間ですか。水瀬さんの隣ですか。私だって今、どこから手をつけたらいいか分からないのに」


 最後のほうは、一息だった。


 藤崎は息を吐き、俺を見た。


「先輩は、何でそんなに普通なんですか」


「困ってるから相談したんだけど」


「……そうでした」


 壁の時計を見て、藤崎が目を見開いた。


「もう時間じゃないですか」


「戻ろうか」


「待ってください。まだ、何もまとまってないです」


 立ち上がりかけた俺を手で制して、彼女は早口で続けた。


「真帆さんが困ってたら、助けてあげる。そこは、そのままでいいです。ただし、二人だけで分かる話をして、水瀬さんを置いていかない。目配せだけで何とかしようとしない。あと――」


 藤崎は口を開いたまま、少し考えた。


「……とりあえず、その二つです。絶対、覚えておいてください」


「分かった。ありがとう」


 俺が頷くと、藤崎も頷いた。まだ何か考えている顔で、コップを持って立ち上がる。


「食事のあと、どうなったか教えてくださいね」


「また相談していいの?」


「いいです。いいですけど」


 藤崎は俺へ向き直った。


「次は、最初に全部言ってください。私がドヤってバカみたいじゃないですか」


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― 新着の感想 ―
後輩ちゃん、気付けば導火線に火の付いた爆弾を手渡されてて可哀想 もし対応間違えて焼け木杭が再点火したら、アイドルグループが空中分解しそうよね…
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