高校時代
*
土曜日、駅の北口を出ると、尾崎が柱の横に立っていた。
「早いな」
「お前もだろ」
時計を見ると、待ち合わせの十五分前だった。
尾崎は駅前の案内板を見て、また改札のほうを見た。今日は名札もペンライトも持っていない。手持ち無沙汰なのか、肩に掛けたバッグの紐を何度か直していた。
水瀬と真帆は、それから五分ほどして現れた。
水瀬は淡い色のシャツに細い肩紐のバッグを合わせていた。真帆は黒い帽子をかぶり、片手にスマホを持っている。
「お待たせ。二人とも、もういたんだね」
「俺も、さっき来たところ」
「俺は、少し前です」
尾崎が答えると、真帆が笑った。
「そこ、合わせなくていいんだ」
「来た時間を聞かれたかと思って」
「うん。早く来てくれてありがとう」
真帆がそう返すと、尾崎も笑った。
俺は二人を見て、少し気が楽になった。
「お店、二時までランチをやってるって。まだ大丈夫だよね」
水瀬に頷き、駅前の通りを歩き始めた。
交差点の角にあった本屋は、薬局になっていた。その先の細い道へ入ると、見覚えのある坂が続いている。
「こっち、学校に行く道?」
「坂を上がって、右に曲がると正門がある」
「ひばりは、その手前だよ」と真帆が付け足した。
水瀬は坂の先へ顔を向けた。
「二人とも、ここを通ってたんだね」
「朝は、もうちょっと急いでたけど」
「瀬尾、ここの信号によく捕まってたもんね」
「ちょうど赤になるんだよ」
「一本早い電車にすればいいのに、って思ってた」
「その一本が、けっこう早かったからな」
水瀬が笑い、俺と真帆の間へ顔を向けた。
「そういう話、聞きたかったんだ。今日はいっぱい教えてね」
真帆と目が合った。
まだ、店にも着いていなかった。
*
ひばりの扉を開けると、小さなベルが鳴った。
窓際に四人掛けの席が二つ、その奥に二人掛けの席が並んでいる。カウンターの端には新聞が重ねてあった。壁の時計は、覚えているものと同じだった。
「いらっしゃい。四人?」
カウンターの中から、女の人が顔を出した。髪に白いものが増えていたが、声を聞いて、あのとき氷を分けてくれた人だと分かった。
「はい」
「窓のところ、どうぞ」
真帆が帽子を脱いだ。窓側の席を見て、足を止める。
「あそこ、変わってないね」
「椅子も同じかな」
「前、どこに座ってたの?」
水瀬に聞かれ、俺は奥の四人掛けを指した。
「空いてたら、あっち。窓の近く」
「瀬尾は、向こう側だったよ。こっちだと、外を通る人が気になるって」
真帆が窓側の椅子を引きかけた。
「じゃあ、二人はその席に座ってよ」
水瀬の声に、その手が止まった。
「え?」
「せっかくだから、前と同じほうが懐かしいでしょ。私は瀬尾くんの隣でいい?」
「ああ、うん」
「尾崎くんは、真帆の隣ね」
「はい」
尾崎が椅子を引いた。真帆は一度だけ俺を見て、その奥へ入った。
腰を下ろすと、正面に真帆がいた。窓からの光が、テーブルの端まで差し込んでいる。
水瀬はバッグを膝に置き、満足そうにメニューを開いた。
「なんか、二人の高校時代にお邪魔してるみたい」
俺は返事をする代わりに、もう一冊のメニューを取った。
「瀬尾は、見なくても決まってるんじゃない?」
真帆に言われ、カレーの欄で指が止まる。
「辛口、まだあるんだな」
「今日もそれ?」
「せっかくだし」
水瀬が隣から覗き込んだ。
「ほんとだ。真帆はドリア?」
「うん。それにしようかな」
「じゃあ私も。前に話してくれたの、食べてみたかったんだ」
尾崎はメニューを一度閉じ、また開いた。
「カレーって、どのくらい辛い?」
「けっこう」
「参考にならないな」
「瀬尾が食べ終わるまでに、何回お水を飲むか見てれば分かるよ」
「それだと、俺の注文に間に合わないですよね」
真帆が笑った。尾崎は少し迷ってから、中辛のカレーに決めた。
四つの水のグラスが並び、注文が済むと、水瀬は壁の時計を見上げた。
「ここで、何の話をしてたの?」
「学校のことが多かったかな。先生とか、テストとか」
「勉強もしてた?」
「試験の前は。真帆は、問題集を開くまでは早かったよ」
「開いてからも、やってたでしょ」
「ドリアが来るまでは」
「冷めちゃうから」
返事がすぐに来て、俺も少し笑った。
水瀬が、ぱっと顔を明るくした。
「あ、今の、昔もこんな感じだったんだろうなって思った」
真帆がグラスに手を伸ばした。俺は開いたままだったメニューを閉じた。
「二人とも、試験が終わってからも来てたんだよね」
「まあ、たまには」
「毎週じゃないけど」
俺と真帆の声が重なった。
水瀬が小さく吹き出した。
「そこ、二人で答えてくれるんだ」
楽しそうだった。
隣に座る尾崎のほうへ目をやったが、彼は水瀬につられて笑っていた。
*
カレーの皿が置かれると、香辛料の匂いがした。
真帆と水瀬の前には、縁までチーズの焼けたドリアが並んだ。水瀬はスプーンを持ち上げ、湯気に顔を近づけかけてから、少し離した。
「すごい。まだ音がする」
「中、かなり熱いから気をつけて」
真帆は表面のチーズを端から崩していた。
俺がカレーをひと口食べると、少し遅れて舌の奥が熱くなった。水を飲み、もう一度スプーンを取る。
二口目を食べたところで、真帆が銀色の水差しを俺のグラスの近くへ寄せた。
「ありがとう」
「うん」
言ってから、真帆の手が止まった。
水瀬が水差しと俺の皿を見比べ、嬉しそうに笑った。
「前に聞いたとおりだ。本当に、お水いっぱい飲むんだね」
「辛いからな」
「でも、おいしいんでしょ?」
「うん」
「次も辛口にしちゃう理由、ちょっと分かった気がする」
真帆はスプーンを持ち直した。俺も皿へ目を戻した。
「瀬尾、俺の中辛と少し交換しない?」
尾崎が自分の皿を指した。
「辛口、気になるのか」
「ちょっとだけ」
二つの皿を交換した。尾崎は少量をすくい、口に入れてから何度か頷いた。
「……うまいな」
「だろ」
「うん。でも、俺の返して」
「早いな」
「残り全部は無理だ」
真帆が笑いながら、尾崎のほうへも水差しを寄せた。
「中辛にして正解だったね」
「判断、間違ってなかったです」
水瀬も笑っていた。ドリアをひと口食べ、今度は小さく頷く。
「おいしい。真帆、これ好きだったの、分かる」
「でしょ。上が少し焦げてるところがおいしいんだよ」
しばらくは、料理の話をしていた。
前より辛くなった気がすると俺が言うと、真帆は昔も同じ顔で水を飲んでいたと答えた。尾崎が、今の顔を覚えておくと言った。
俺の皿が半分ほど空いたころ、水瀬が尋ねた。
「文化祭のあとも、同じもの食べたの?」
真帆が顔を上げた。
「氷をもらった、お礼に来た日?」
「うん。片づけが終わってから来たって言ってたでしょ」
「たぶん、ドリアだったと思う。瀬尾はカレー」
「あの日も二人で?」
「……うん」
真帆の返事のあとに、少し間が空いた。
水瀬は窓を見て、それから俺と真帆を見比べた。
「そっかあ。じゃあ、こんなふうに向かい合って食べてたんだね」
嬉しそうに笑い、自分の椅子を少しテーブルへ寄せる。
「今日、この席にしてよかった。二人の話、想像しやすいもん。何を話してたの?」
俺はスプーンを皿の縁へ置いた。
何を、と言われても困る。目の前に真帆がいるのに、あの日の会話をどこから話せばいい。
片づけの話なら大丈夫だ。二人きりになる前のことを思い出し、口を開いた。
「その日は、片づけが大変だったから。机を戻したり、壁に貼ったものを剥がしたりして」
「そう。テープが取れなくて」
真帆がすぐに続けた。
「水で濡らしたら、壁紙まで剥がれそうになったよな」
「あれ、ちょっと剥がれてたよ。上のほう」
「そうだったっけ」
「先生に、次は貼る前に相談してって言われた」
真帆が笑った。俺も少し笑い、スプーンを取り直した。
よし。この話なら普通にできる。真帆も答えやすそうだし、もう少し文化祭の片づけの話を――。
「大変だったんだね。真帆、踊ったあとに片づけまでしてたんだ」
「うん。だから、お腹すいてて」
「じゃあ、ごはん食べながら、やっとダンスの話もできたんだね。瀬尾くん、何て言ったの?」
持ち上げたスプーンを、そのまま皿へ戻した。
真帆の笑みも止まっていた。
戻るのか。せっかく二人で、壁紙の話までしたのに。
何て言ったかは覚えている。ただ、そのときの言葉を本人の前でもう一度言うのは勘弁してほしかった。
「……よかった、って。今みたいに」
「ほかにも言ってたよ」
真帆が口を挟んだ。
「あの踊り、どのくらい練習したのかって。それで、次はいつ見られるのか聞かれた」
言い終えてから、彼女はスプーンの柄へ指を戻した。
真帆。そこは補足しなくてよかった。
思わず顔を見たが、彼女も口を結んでいた。俺が続きを言っていいのか、何もなかった顔で食べればいいのか。迷っている間に、水瀬が顔を上げた。
「え、次も見たいって?」
水瀬がぱっと顔を輝かせた。
「真帆、よかったね! そんな前から、瀬尾くんが見に来てくれてたんだ」
「いや、あれは文化祭だったし」
「うん。でも、一回見て終わりじゃなくて、次もって言ってくれたんでしょ。嬉しいよね、そういうの」
真帆に向けていた笑顔が、俺へも向いた。
「瀬尾くん、昔から真帆の踊り、好きだったんだね」
違う、と言いかけて止まった。踊りが好きだったのは本当だ。ここで否定したら、真帆に何と言えばいい。
いや、そもそも水瀬は踊りの話しかしていない。落ち着け。余計なことまで考えるから、普通に返せなくなるんだ。
「文化祭のときは――」
「あのとき、ほかにも踊ってた子がいて」
声が重なり、二人とも黙った。
水瀬はくすくす笑った。
「大丈夫、二人とも聞くから。じゃあ、真帆からね」
真帆が俺を見る。
頼む、何とかしてくれ。
そう思って見返したところで、藤崎の言葉が頭をよぎった。相手を一人で困らせない。分かってる。分かってるけど、俺も今、何を言えばいいか分からない。
水瀬はまだ真帆の返事を待っていた。にこにこと、急がせないつもりらしい。
「……クラスの子と、何人かで踊ったんだよね」
「そう。他の子も、けっこう練習してて」
「そっか。みんなで頑張ったんだ。で、次も見てもらえた?」
元の話へ戻っていた。
他の子の練習の話では駄目なのか。そっちも、けっこう頑張ってたんだけど。
「学校では、そのあと踊る機会、あんまりなかったから」
「じゃあ、この前のライブは久しぶりだったんだね」
水瀬は納得したように大きく頷いた。
「やっぱり、瀬尾くんを誘ってよかった。真帆にも会ってもらえたし、こうして一緒にごはんも食べられたし」
「……うん」
真帆が頷いた。
水瀬は本当に嬉しそうだった。
俺は隣のドリアへ目を落とした。
「水瀬、冷めるぞ」
「あ、そうだった。話、聞くの楽しくて」
水瀬はスプーンを取り、ドリアをひと口食べた。おいしそうに頷くのを見て、俺もカレーをすくった。
ようやく息がつけた。少し食べよう。四人とも食事をしに来たんだから、それでいいはずだ。
「それでね、もう一つ聞きたかったんだけど」
まだあった。
「二人は、いつからこのお店に来てたの?」
「……文化祭より、前だよな」
「うん。その前」
「氷をもらったときには、もうお店の人が覚えてくれてたんだもんね。最初は、どうやって見つけたの?」
真帆の指が、グラスの側面を滑った。
「最初って、どうだったかな」
「ずいぶん前だからな」
俺が頷くと、水瀬は励ますように身を乗り出した。
「二人で思い出してみてよ。一人だと忘れてても、話してたら出てくることってあるでしょ」
真帆と目が合った。
忘れているわけではなかった。
たぶん真帆も覚えている。だからこそ、今の目が「話していい?」なのか、「何とかして」なのかが分からなくて困る。
俺が先に答えないと。でも、どこまでなら普通の同級生の話として聞けるんだ。
「どっちが誘ったの? 瀬尾くん?」
俺はグラスを持ち上げた。空だった。
置き直すと、水瀬がすぐに水を注いでくれた。
「ゆっくりでいいよ。私、まだドリアもあるし」
明るい声で言って、スプーンを持ち直す。これで落ち着いて聞ける、という顔だった。
ありがたい。水も、気遣いも、本当にありがたい。
でも今は、そんなにじっくり待たないでほしい。
俺は水を飲みながら尾崎を見た。さっきから、ずいぶん静かだった。
尾崎。何でもいい。今なら、俺の恥ずかしい話でもいいから、何か喋ってくれ。
尾崎が、小さく椅子を引く音がした。
真帆が口を開きかけたところで、尾崎が話し始めた。
「瀬尾、人と飯食いに行くの、わりとすぐ決まるんだよな」
俺たち三人の顔が尾崎へ向いた。
「俺、大学で知り合ったんですけど。初めて昼飯に誘ったとき、何食べたいって聞かれて、カレーって言ったら、じゃあ学食でいいなって」
「近かったから」
「俺は、大学の周りの店とかも知りたかったんだよ」
「そう言ってくれればよかったのに」
「言った。次の日は、ちゃんと外に連れてってくれたけど」
「何のお店だったの?」
水瀬が聞くと、尾崎は俺を指した。
「カレー屋です」
「好きって言ってたから」
真帆が俯いて笑った。
「高校のあとも、変わってないんだ」
「尾崎くん、大学の頃の話も聞かせて」
水瀬が椅子に座り直した。期待に満ちた顔が、今度は尾崎へ向く。
尾崎は、俺が初めて大学の授業に遅れた日の話を始めた。
俺は水を注ぎ足した。
尾崎が一度だけ、こちらを見た。すぐに水瀬へ向き直り、話を続ける。
助かった、と思った。
それから、少し気になった。
さっきまで、こんなふうに話題を変えることはなかった。
*
食後にコーヒーが来るころには、水瀬も自分の学校の話をしていた。
給食当番で配る順番を間違え、列の最後にいた先生の分だけおかずが足りなくなった話だった。俺も覚えていたが、水瀬が先生に自分の分を渡そうとしていたところまでは知らなかった。
「食べかけだったんでしょ?」と真帆が聞いた。
「うん。だから、気持ちだけもらうって言われた」
「先生、断り方が優しいな」
尾崎が言うと、水瀬も笑った。
俺はカップを持ち上げた。窓の外を自転車が通り過ぎていく。
真帆のドリアの皿は、もう空になっていた。
「おいしかったね」
水瀬が言った。
「二人の話も聞けたし。来てよかった」
「そうだな」
それは、俺も同じだった。
真帆とも、思っていたより話せた。何度か困ったが、ずっと黙っていたわけでもない。水瀬が楽しそうにしているのも、嬉しかった。
「今度は、違うものも食べてみたい。あそこのオムライス、気になったんだよね」
水瀬がメニュー立てを指した。
「また四人で来ようよ」
真帆はカップを置き、俺を見た。
「……そうだね」
「うん。また予定が合えば」
「よかった」
水瀬は、今日いちばん嬉しそうに笑った。
尾崎が残りのコーヒーを飲み干した。
*
駅で水瀬と真帆を見送り、俺と尾崎は反対側のホームへ続く通路を歩いていた。
「瀬尾」
「うん?」
「真帆ちゃんと、昔付き合ってた?」
足が少し遅くなった。
尾崎も歩く速さを落とした。通路の端へ寄り、前を歩く人との間が開くのを待っている。
「……分かった?」
「店で、途中から」
「そうか」
「そうか、じゃないだろ」
尾崎は俺の顔を見たあと、短く息を吐いた。
「本当にそうだったのか。いや、変だとは思ったけど」
「言う機会がなくて」
「あったよ。お前、俺の予定に合わせるって何回も言ってたじゃん」
「あのときは、真帆もいたし」
「帰り、二人だっただろ」
そのとおりだった。
「悪い」
「……こはるちゃんは、知らないんだよな」
「うん」
「だよな。知っててあの質問はしないよな」
階段の手前で、尾崎は案内表示を見た。次の電車まで、まだ時間があった。
「真帆ちゃんも、言うつもりなさそうだったけど」
「俺も、今日どうするかは話してなかった」
「だから二人で、いちいち困ってたのか」
「途中、話変えてくれて助かったよ」
尾崎は片手で首の後ろをさすった。
「あれ以上聞かれたら、どっちか水こぼしそうだったからな」
「そこまでだった?」
「お前、最後のほう、空のグラス持とうとしてたぞ」
気づいていなかった。
階段を下りながら、少し考えた。
「尾崎。次も来てくれる?」
「また、ひばり?」
「別の店でもいいけど。もし四人で会うことになったら」
「それは、俺も誘ってもらえるなら行きたいけどさ」
ホームへ出ると、反対側に電車が入ってきた。少しの間、声が聞こえにくくなった。
電車が止まってから、尾崎が尋ねた。
「真帆ちゃんと、二人で話したほうが楽なんじゃないの。今日みたいに、途中でごまかさなくて済むし」
「……今は、昔のことまで話さなくてもいいかなって」
俺はホームの先へ目を向けた。
「今日、普通に喋れたじゃん。あんな感じで会えれば、それでいいんだ。二人になると、何かちゃんと話さなきゃいけない気がするし」
「付き合ってた頃のこと?」
「うん。俺も気まずいけど、真帆だって、元カレと二人で何を話せばいいか困るだろ。今日も、昔の話になると言葉に詰まってたし」
真帆がスプーンの柄に指を置き、返事を探していた顔を思い出した。
「お前と話してるときは、普通に笑ってたじゃん。ああいう感じで過ごせるなら、わざわざ二人になって、気を遣わせなくてもいいかなって」
「真帆ちゃんも、四人のほうが楽だろうってこと?」
「たぶん。俺と二人にされても、互いに……な」
今日、真帆と笑って話せたのは嬉しかった。
次もあんなふうに会えればいい。昔のことを持ち出して、ようやく緩んだ彼女の表情を、また硬くさせたくはなかった。
尾崎はすぐには答えなかった。
「だから、もし真帆と二人になりそうだったら、ちょっと話に入ってくれると助かる。お前がいてくれたら、向こうも喋りやすいと思うから」
「……まあ、次はそのへん、気にしとくよ」
「ありがとう。頼りにしてる」
「分かったから。今度は、先に言えよ」
俺は頷いた。
スマホが震えた。四人のグループに、水瀬から連絡が来ていた。
『今日はありがとう。また予定合わせようね』
ドリアの写真が添えられていた。隅に、俺のカレーの皿も少し写っている。
隣で、尾崎もスマホを取り出した。
「水瀬から、来たな」
「ああ。うん」
俺は返信を打った。
次は、今日より少し落ち着いて話せそうだった。
*
尾崎の画面には、グループとは別に、もう一件の通知が出ていた。
真帆からだった。
『今日はありがとう。途中、話変えてくれたよね』
『もしかして、私と瀬尾のこと、気づいた?』
尾崎は隣を見た。瀬尾はグループへの返信を終え、電光掲示板を見上げている。
『うん。さっき瀬尾から聞いた』
そう返すと、すぐに既読がついた。
『そっか』
『じゃあ、ちょっとお願いしてもいい?』
『どうしたの?』
さっきは真帆も困っていた。自分にできることなら、手伝ってもいいと思った。
『今日会って、このままずっと昔のことを避けるのは嫌だなって思ったんだ』
『一度、瀬尾と二人できちんと話したい』
尾崎の親指が止まった。
もう一度、読んだ。
二人で。
きちんと。
ついさっき、隣の男から避けたいと言われたことが、そのまま書いてあった。
「尾崎、座る?」
瀬尾が空いたベンチを指した。
「……うん。ちょっと待って」
待つ必要があるのは、自分の返事のほうだった。
尾崎は返信欄を開いた。何も打たないうちに、次のメッセージが届く。
『次に四人で会うとき、少しだけ小春の相手をしててもらえないかな。その間に、瀬尾と話したくて』
小春の相手をする。
その間に、瀬尾と真帆を二人にする。
いや、待ってくれ。
真帆と二人になりそうだったら、話に入ってほしい。
数分前の瀬尾の声が、はっきりと頭に戻ってきた。そのへんは気にしておくと、自分も確かに答えた。
こはるちゃんと話しながら、瀬尾と真帆ちゃんの会話にも入るのか。
それでは、ただ四人で喋っているだけだ。
『急にごめんね。尾崎くんなら、頼めるかなって』
尾崎は額に手を当てた。
頼られている。
さっきも、頼りにしていると言われたばかりだ。
頼んでいることだけが、正反対だった。
ひとまず『分かった』と打った。
いや、何が分かったんだ。引き受けたら瀬尾との約束はどうなる。
全部消した。
代わりに『瀬尾は、昔の話は』と打ちかけて、また消す。それを自分から伝えたら、瀬尾が話したがっていないと真帆に知らせることになる。
では、直接本人に相談してもらえばいい。
そこまで考えて、目を閉じた。
その本人と二人で話すために、今、自分が頼まれているのだった。
「……何かあった?」
顔を上げると、ベンチに座った瀬尾がこちらを見ていた。バッグを膝に移し、隣の席を空けている。
「難しい顔してるけど」
「してるだろうな」
「相談?」
「そう。相談」
「俺でよければ聞くけど」
尾崎は危うくスマホを差し出しかけ、胸元へ引き戻した。
お前に話せたら、こんなに困ってない。
「……ちょっと、今は待ってくれ」
「分かった」
瀬尾はあっさり頷いた。
尾崎は隣へ腰を下ろし、両膝に肘をついた。もう一度画面を開く。真帆の最後のメッセージには、既読がついてしまっていた。
返さないのも、変に思われる。
何なら返せる。
『ちょっと考えてもいい?』
ようやく一文を送ると、すぐに返事が来た。
『もちろん。ありがとう』
『小春には、私からも自然に言っておくね。また四人で出かけようって』
尾崎は背筋を伸ばした。
待って。次の予定は、もう進むのか。
画面と瀬尾を見比べると、瀬尾が少し笑った。
「今日、お前が来てくれてよかったよ。次もよろしくな」
尾崎は口を開いた。
何も言えずに、閉じた。
二人にしないでほしい。
二人にしてほしい。
どちらも本気で、自分を当てにしている。
真帆を手伝えば、瀬尾に困った顔をされる。瀬尾を助ければ、真帆が話せなくなる。しかも水瀬は、次もきっと楽しそうに二人の昔話を聞くだろう。
瀬尾はもう、ホームに入ってくる電車を見ていた。相談を済ませた人間の、すっきりした顔だった。
尾崎はスマホを握り直した。
俺は、いったいどうすりゃいいんだ……!




