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友人の推しアイドル握手会に強制連行された結果。そこにいたのはかつていじめから助けた同級生だった件  作者: 午前の緑茶


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3/5

約束

 尾崎に借りていたペンライトを返すと、代わりに俺の手元を覗き込まれた。


「同じの買ったんだ」

「使い方を覚え直さなくて済むからな」

「それなら、今日は色を間違えないな」


 前回、黄色にするまで何度もボタンを押した話を、尾崎はまだ覚えていた。


 ライブハウスの階段には、開場を待つ人が並んでいた。下から、スタッフが入場番号を呼ぶ声がする。俺たちは壁際へ寄って、チケットの画面を開いた。


 あの電話から、ひと月ほどたっていた。


 水瀬とは、ときどき連絡を取っていた。仕事が終わってから返すと、その返事が翌朝に来ることもあった。昨夜は、明日も尾崎と行くと送ったら、『前のほうで待ってるね』と返ってきた。


「そういえば、真帆も高校の同級生だった」


「……え?」


 尾崎が顔を上げた。画面を触っていた指が、そのまま止まっている。


「真帆って、まほちゃん? 青い衣装の?」

「うん。高校で同じクラスだった」

「同じクラス!?」


 前に並んでいた人が振り返った。尾崎は小さく頭を下げ、それから俺のほうへ身を寄せた。


「待って。こはるちゃんが小学校の同級生で、まほちゃんが高校の同級生ってこと?」

「そう。先月、分かったんだ」

「先月って、俺が次のライブの告知を送ったとき?」

「うん。あのときには分かってた」

「なんで今言うんだよ」


 尾崎は壁のポスターを見た。黄色と青の衣装は、五人の真ん中で並んでいた。青い衣装の顔を指さし、もう一度俺を見る。


「本当に、このまほちゃんだよな」

「間違いないよ。向こうも俺のこと覚えてたし」

「……まほちゃんも、お前のこと知ってるのか」


 尾崎はしばらくポスターを見ていた。


「五人のうち、二人だぞ」

「俺も驚いたよ」

「そうは見えないんだよ。『そういえば』って、そんなついでみたいに」


 言いながら、尾崎が笑った。息を吐いて額に手を当て、首を横に振る。


「今日、話すんだろ?」

「うん。卒業してから会ってないから、久しぶりに」

「そっか……。いや、ちょっと待って。まだ変な感じがする」


 下から、俺たちの入場番号を呼ぶ声がした。


 尾崎は慌ててスマホへ目を戻した。暗くなった画面を点け直し、階段を下りながら、またこちらを振り返る。


「ほかにはいないよな?」

「いない」

「分かった。絶対だぞ?信じてるからな」


 入場後、荷物をロッカーに預けると、尾崎についてフロアの前方へ進んだ。前から三列目の端に、二人で立てる場所があった。


 ステージの床に貼られたテープまで見える。


 俺はペンライトを点けた。今度は、一度で黄色になった。


 *


 新曲は、三曲目だった。


 真帆が中央へ出ると、それまで水瀬を照らしていた光が少し引いた。青い衣装の胸元に、白い照明が落ちる。


 真帆は客席を見て、マイクを持ち上げた。


 低めの声から始まった。電話の向こうで、二小節だけ聞いた声だった。今はその先にも歌が続き、後ろにいた四人が動き始める。


 間奏に入ると、真帆が一歩前へ出た。


 腕を伸ばし、肩を引き、振り向いたところで一度動きを止める。スカートの裾だけが遅れて揺れた。すぐに足を踏み替え、ほかの四人の間へ戻る。


 二番の入りが早くなる、と話していたのを思い出した。


 真帆は最後の振りを終えて、マイクを口元へ戻した。一拍置いて声が出る。その声に、水瀬の高い音が重なった。


 隣で尾崎が、ペンライトを振りながら小さく頷いていた。


 曲が終わると、真帆は肩で息をしながら客席を見た。拍手が大きくなる。水瀬がその背中にそっと手を添えると、真帆は横を向いて笑った。


「今の間奏、よかったな」


 次の曲を待つ短い間に、尾崎が耳元で言った。


「一回、ぴたっと止まるところ?」

「そう。あそこ、もっと近くで見たかった」

「これより前か」

「次、早い番号が取れたらな」


 尾崎は楽しそうにステージへ向き直った。


 水瀬がこちらを見た。目が合うと、胸元で小さく手を振った。俺がペンライトを持ち上げる間に、彼女はもう次の立ち位置へ動いていた。


 *


 終演後の握手会には、黄色と青の札が並んだテーブルがあった。


 前に並んでいた尾崎が、参加券をスタッフに渡す。水瀬に名前を呼ばれると、尾崎は首から下げた名札に手を添え、少し背筋を伸ばした。


 俺の番が来たのは、そのすぐあとだった。


「瀬尾くん。今日は前にいてくれたね」


 水瀬は俺の手を包み、嬉しそうに言った。


「尾崎が場所を見つけてくれたんだ」

「二人とも、よく見えたよ」


 彼女は隣を向いた。


「ほら、真帆。やっと会えたね」


 真帆がこちらを見た。


 近くで見ると、髪は思っていたより短かった。耳に掛けた髪の下に、小さな青い石が揺れている。


「久しぶり」

「うん。久しぶり」


 差し出された手を握った。


 元カノとの再会で握手をすることになるとは思っていなかった。真帆も一度だけ手元に目を落とし、それから顔を上げた。


「新曲、どうだった?」

「よかった。前に、二番を歌い始めるのが早くなるって言ってただろ。今日は大丈夫だった?」

「うん。覚えててくれたんだ」


 真帆の口元が緩んだ。


「出る前、ちょっと気にしてたの。でも、始まったら平気だった」

「間奏もよかった。尾崎も言ってた」

「うん。さっき、伝えてくれた」


 真帆が出口のほうへ目を向ける。尾崎は少し離れた場所で待っていた。


「高校の文化祭でも、あんな感じで踊ってたの?」


 水瀬が身を寄せて聞いた。


「今のほうが、ずっとうまいよ」

「昔が下手だったみたいに言わないで」

「今のを褒めたんだけど」


 真帆が笑った。つられて俺も少し笑うと、水瀬が交互に俺たちの顔を見た。


「二人が普通に話してるの、なんか不思議。真帆、高校のときも――」

「お時間です」


 スタッフの声で、真帆の手が離れた。


「あ、もう?」


 水瀬は一度スタッフを見てから、俺に向き直った。


「瀬尾くん、このあと急いで帰る?」

「いや、特には」

「じゃあ、尾崎くんと少し待っててもらってもいい?」


 頷くと、水瀬は礼を言って、次の人へ向き直った。


 尾崎のところへ戻る。彼は手の中の参加券の半券を、財布にしまっていた。


「何かあるのか?」

「少し待っててほしいって」

「分かった。俺、飲み物買ってくる」


 尾崎はドリンクカウンターへ歩いていった。


 俺はテーブルを振り返った。水瀬の隣で、真帆が次の来場者に笑いかけていた。さっき俺に向けた顔より、少しだけ肩の力が抜けて見えた。


 *


 握手会が終わると、スタッフが誘導用のテープを外し始めた。


 人の減ったフロアで尾崎と話していると、首から関係者用のカードを下げた女性が近づいてきた。黒いカーディガンの袖を肘まで上げ、片手にクリップボードを持っている。


「瀬尾さんですか?」

「はい」

「マネージャーの片桐です。小春から、昔の同級生が来ていると聞きました。真帆ともお知り合いなんですね」

「高校が一緒でした」

「真帆もそう言っていました。少しお話ししたいそうなんですが、お時間は大丈夫ですか。帰りの車が来るまで、十分ほどになりますけど」


 俺は尾崎を見た。


「あ、お友達もご一緒にと聞いています。尾崎さんですよね」

「はい。俺も、いいんですか?」

「ええ、もちろん。私も同席しますので、少し狭くなりますが」


 片桐さんは受付の脇を指した。


 低い仕切りの向こうに、細長いテーブルと折り畳み椅子があった。受付で使っていたらしい箱をスタッフが端へ寄せ、椅子を二脚足してくれる。


 礼を言って座ると、尾崎が膝の上で両手を合わせた。


「こんなことになるなら、もうちょっと話すこと考えておけばよかった」

「さっきも話してただろ」

「あれは、握手会用に考えてきた話だよ」


 奥の扉が開いた。


 水瀬は白いブラウスに着替えていた。真帆も青い衣装ではなく、胸元に小さな文字の入ったTシャツを着ている。二人とも、まだ髪だけはステージにいたときのままだった。


「待っててくれてありがとう」


 水瀬が俺の向かいに座り、真帆がその隣へ腰を下ろした。片桐さんはテーブルの端に椅子を置く。


「握手会だと、すぐ時間になっちゃうから。もう少し話せないか、片桐さんにお願いしたの」

「お仕事のあとに、すみません」


 尾崎が言うと、水瀬は首を振った。


「こっちがお願いしたんだよ。尾崎くんも、今日は来てくれてありがとう」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」


 尾崎がもう一度頭を下げると、真帆が声をかけた。


「尾崎くん、さっきの話、もう少し聞いてもいい? 間奏の、止まるところがよかったって」

「あ、はい。ターンしたあと、音が一個抜けるじゃないですか。そこで止まるのが、すごくきれいで」

「そこまで見てくれてたんだ」

「隣で瀬尾にも言ってました。もっと前で見ればよかったって」

「十分近かったよ。あれより前にいたら、私が息切れしてるのまで見える」

「息切れしてたんですか?」

「してた。歌う前に顔だけ戻してた」

「全然分からなかったです」

「よかった。分かられたら困るから」


 尾崎が笑った。膝の上にあった手が、テーブルの縁へ移っていた。


「歌いながら、あれだけ動くんですもんね」

「そう。最初は、踊り終わってから歌う準備してたら間に合わなくて。小春に、もっと手前で息を吸おうって言われたの」

「今日、そこもちゃんとできてたよ」


 水瀬が言うと、真帆は「よかった」と小さく息を吐いた。


「だから尾崎くん、次は息切れしてないか探さなくていいからね」

「そんなこと言われると、気になりますね」

「そこは踊りを見てよ」

「先に教えたの、真帆さんですよね」

「じゃあ、今の話は忘れて」

「もう覚えちゃったんですが」


 尾崎は笑いながら答えた。テーブルに片肘をつき、真帆が何か言うたびに、すぐ言葉を返している。気づけば、肩から力が抜けている。


「尾崎くん、私のソロはどうだった?」


 水瀬に尋ねられ、尾崎は肘をテーブルから離した。両手を膝に戻し、彼女の顔を見る。


「あ、はい。すごく、よかったです」

「ほんと? 最後、少し長く伸ばしてみたんだ」

「はい。そこが、すごく……よくて」


 そこで言葉が止まった。水瀬が続きを待っていると、尾崎は一度俺のほうを見て、また彼女へ向き直る。


「……よかったです」


 真帆が唇を結んだ。こらえきれなかったように、小さく笑い声が漏れる。


「さっきまで、あんなに喋ってたのに」

「今、言おうとしてるんです」

「私には、すぐ返ってくるんだね」

「真帆さんが途中で話しかけるからでしょ」

「ごめんごめん。どうぞ」


 真帆が手のひらで水瀬のほうを示す。


「尾崎くん、ゆっくりで大丈夫だよ」


 水瀬が言うと、尾崎は膝の上で手を揃え直した。


「はい。ありがとうございます」


 座ったまま頭まで下げたので、俺も少し笑ってしまった。隣から、小声で聞かれる。


「俺、そんなに変か?」

「さっきから、相手が変わるたびに態度変わりすぎな」

「……自分じゃ分からないんだよ」


 尾崎は軽く息を吐き、水瀬を見た。


「最後、伴奏が止まってからも声が続いたじゃないですか。あそこ、すごくよかったです。拍手するの、ちょっと忘れるくらいで」

「嬉しい。ちゃんと聴いてくれてたんだね」


 水瀬が笑うと、尾崎もようやく口元を緩めた。


「はい。本人を前にすると、何から言えばいいか分からなくなって」

「私も本人なんだけどな」


 横から口を挟んだ真帆に、尾崎は少し困った顔をしてから笑った。


「じゃあ、真帆ちゃんの感想も、最初から話し直します?」

「ううん。さっきのほうがいい」


 真帆は笑って首を振った。それから俺へ顔を向ける。


「瀬尾にも、あんなふうに言い返すの?」

「俺には、もっと遠慮ないよ」

「じゃあ、まだ気を遣ってくれてるんだ」


 真帆は納得したように頷き、尾崎へ目を戻した。


 片桐さんがスマホの画面を確かめ、テーブルに伏せた。俺と目が合うと、軽く会釈するように笑った。


 *


「そうだ。高校の話」


 水瀬が俺に向き直った。


「さっき、聞いてる途中だったんだ。瀬尾くん、真帆とは高校の頃、よく話してたの?」


 真帆が膝の上で手を組み直し、俺より先に答えた。


「同じクラスのときはね」

「高校の頃の瀬尾くんって、今と違った?」

「そんなに変わってないと思う。髪は、今のほうが短いかな」


 俺も、短くなった彼女の髪へ目を向けた。


「真帆も、ずいぶん短くしたよな」

「乾かすのが楽でいいよ。前は、お風呂のあとが長かったから」


 水瀬が会話に加わった。


「真帆の高校の写真、見せてもらったんだ。本当に髪、長かったんだね」

「この前見せた、文化祭の? 体育館で撮ったやつ」

「うん。真帆が真ん中にいる写真。瀬尾くんも、あの日いたんだよね」

「見てたよ。あのあと、教室の片づけをしてた」


真帆も思い出したように「うちのクラス、喫茶店やったんだ。飲み物と、お菓子を出すだけだったけど」と付け足した。


「いいな。瀬尾くんも接客してたの?」

「俺は裏で飲み物を入れてた。紙コップに」


 あの日を思い出している時に、真帆が口を挟む。


「途中から氷を取りに行く係になってたよね」

「足りなくなったからな。近くの店、売り切れてて」

「それで、ひばりまで行ったんだっけ」


 俺は頷いた。その店の名前を彼女の口から聞くのは、久しぶりだった。


「ひばりって?」と水瀬が聞いた。

「学校の近くの喫茶店。おばさんが、氷を分けてくれたんだ。金を払おうとしたら、今度何か食べにおいでって言われた」


「よく行ってたから、覚えてくれてたんだよね」と真帆が懐かしそうに言った。


「それで、行ったの?」

「行ったよ。片づけが終わったあとに」


 答えてから真帆を見ると、テーブルの角に目を落としていた。その間にも、水瀬は身を乗り出してくる。


「何がおいしいお店なの?」

「カレーかな。あと、ドリアもあった」


「ドリア、おいしかったよ。上のチーズが、ちょっと焦げてて」と真帆が言った。


「真帆、よく頼んでたもんな」

「瀬尾は、いつもカレーだったね。辛口を頼んで、途中で水ばっかり飲んでた」

「辛かったからな」

「次に行っても、また辛口なんだもん」

「うまかったんだよ」


 真帆が笑った。


 小さな銀色の水差しを、テーブルの向こうから寄せてくれた手を思い出した。俺の皿が空いても、真帆のドリアにはまだ湯気が立っていた。


 水瀬も笑っていた。


「瀬尾くん、そういうところあるんだ。私も、そのお店行ってみたいな。今もやってる?」

「どうだろう。俺も、しばらく行ってないから」


 真帆が顔を上げた。


「駅の北口のほう、まだあまり変わってなかったし、あると思うけど」


 水瀬は俺と真帆を交互に見た。


「じゃあ、あとで調べてみる。今度、連れてってよ。三人で行けば、場所も迷わないでしょ」

「三人で?」


 聞き返してから、真帆を見た。彼女は口元に笑みを残して固まったまま、こちらを見ていた。何か言ってくれ、と思ったが、向こうも俺の返事を待っているらしい。


「うん。二人と行ったら、昔の話もいろいろ聞けそうだし」


 俺が「いや、その」と言いかけるのと同時に、真帆も「あの店は」と口を開いた。声が重なり、二人とも黙る。


「あのお店が、どうかしたの?」


 水瀬に続きを促され、真帆が髪を耳に掛け直した。


「……駅からは、けっこう歩くよ」

「いいよ。二人の高校がどのへんかも見てみたいし」

「そっか。そうだよね」


 真帆は頷いたが、すぐに俺へ目を戻した。今度はこっちの番らしい。


「でも、真帆も忙しいんじゃないか。休み、なかなか取れないだろ」

「そう、予定がまだはっきりしないから。先のことは、ちょっと」


 真帆のセリフに俺も頷く。


「だよな。だから、無理に今――」


 水瀬が、俺たち二人に笑いかけた。


「うん。じゃあ、予定が分かってから決めよう。急がなくていいよ。お休みが合った日に、ゆっくり行きたいし」


 俺は頷きかけた頭を止めた。真帆も一度唇を開き、そのまま閉じた。


 テーブルの端で、片桐さんが椅子に掛けていた上着を畳み直した。その間にも、水瀬はスマホのカレンダーを開き、俺へ画面を傾けた。


「私は土日だと予定が入りやすいけど、早めに分かれば合わせられると思う。瀬尾くんは?」

「俺は、まあ……空いてる日なら」

「よかった。じゃあ、候補の日が分かったら送るね」


 嬉しそうに画面を戻す水瀬の隣で、真帆が俺とスマホを交互に見た。


 休みが合わないかもしれない、という話をしたはずだった。気づけば、俺たちの休みが合う日を探すことになっている。


 あの店で、水瀬の向かいに真帆と並んで座るところを想像した。昔もよく二人で来ていたの、と聞かれたら、今みたいに揃って黙るわけにはいかない。


 俺がテーブルの下で少し足を引いたとき、真帆が尾崎に声をかけた。


「お、尾崎くんも来たら?」

「え、俺もですか?」

「カレー、好き?」

「好きですけど。俺は同級生でもないし、そこまで一緒に行くのは……」


 俺は尾崎のほうへ身を寄せた。


「頼む、来てくれ」


 尾崎がこちらを向いた。自分でも、返事が早かったと思った。


「四人で行こう。日程はお前に合わせるから」

「いや、お前が合わせても、みんなの予定が」

「空いてる日をいくつか教えてくれれば、その中で決められるだろ」


 真帆が口元に手を当て、水瀬は大きく頷いた。


「うん。四人のほうが楽しそう。尾崎くんが誘ってくれたから、瀬尾くんともまた会えたんだし」

「そういうことなら、ぜひ」


 尾崎の返事に、水瀬は「よかった」と笑った。


「休みが分かったら、俺に送ってくれ」

「分かった。帰ったら確認する」


 俺は背もたれへ身体を戻した。真帆と目が合うと、彼女は何も言わずに唇を結んだ。肩が一度、小さく揺れた。


 尾崎はまだ少し落ち着かない様子で、水瀬と真帆を見た。


「ライブ以外で会うの、変な感じがしますね」


「お店でも、その座り方する?」と真帆が笑い、尾崎はかしこまった自分の揃った膝を見下ろした。


「普通に座ってるつもりなんですけど」

「私と話すときは、もう少し気楽そうだったよ」

「もう勘弁してください」


 尾崎が笑いながら首を振る。真帆はその顔を見て、楽しそうに椅子へ座り直した。


 片桐さんのスマホが短く震えた。


「そろそろ車が着くそうです」


 水瀬は壁の時計を見上げた。


「もうこんな時間? ありがとうございます。片桐さん」


 真帆も立ち上がった。椅子を戻して通路へ出ると、水瀬が俺たちのそばへ来た。


「瀬尾くん、お店、調べたら送るね」

「うん。俺も見ておく」

「尾崎くんも、予定分かったら教えてね」

「はい。楽しみにしてます」


 水瀬が嬉しそうに手を振った。その隣で真帆も手を上げ、尾崎に「またね」と言った。


 二人は帰りの荷物を取りに、奥の扉へ向かった。


 尾崎はロッカーの鍵をポケットから出した。


「先に荷物取ってくる。お前のも出しておくから」

「頼む」


 俺はテーブルへ振り返り、片桐さんに頭を下げた。


「今日は、ありがとうございました」

「こちらこそ。二人とも楽しそうでよかったです」


 片桐さんはクリップボードを脇に抱えた。


 俺が歩き出そうとすると、名前を呼ばれた。


「瀬尾さん」

「はい」


 彼女は、尾崎が歩いていったほうを見て、くすっと笑った。


「お友達、来てくれることになってよかったですね」

「ええ、まあ」

「『日程はお前に合わせるから』でしたっけ」


 そこだけ少し声を低くされた。自分の台詞なのに、人の口から聞くと妙に恥ずかしい。


「……そんなに必死でした?」

「ええ。思わず応援しちゃいました」


 奥の扉の前で、水瀬が真帆にスマホを見せていた。店の名前を確かめているらしい。真帆が頷くと、水瀬はもう一度こちらへ手を振った。


 手を上げて返すと、片桐さんも二人を見ていた。その口元には、まだ笑みが残っている。


「これで、少し安心して行けそうですか?」


 返事に迷った俺を見て、彼女は何か察したようにまた小さく笑い、出口のほうへ半歩よけた。


「では、四人で楽しんできてくださいね」

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