48話、魔王の放ったスパイと、テラス席の裏切り者たち。
ーー夕暮れ時、現代の明かりがぽうっと温かく灯る『湯そば庵』のテラス席。
そのすぐ近くの木陰に、旅の行商人に化けた二人の男が息を潜めて立っていた。
羽柴秀吉「(小声で)……おい、権六(柴田勝家)どの。これはいったいどういうことだ。家康殿や本多平八郎の奴ら、縄で縛られて拷問されていると思いきや……」
柴田勝家「(同じく小声で、目を見開いて絶句しながら)お、おのれ家康……! 浴衣などという怪しげな南蛮の着物を身に纏い、顔を真っ赤にして、見たこともない黄金の泡立つ水(生ビール)を美味そうに煽っておるではないか! 謀反どころか、完全に骨抜きにされておるッ!」
テラス席では、徳川家康と本多忠勝が、お皿に山盛りの『塩茹で枝豆』ぷちぷち飛ばしながら、高笑いを上げていた。
徳川家康「がははは! 平八郎、やっぱりお風呂上がりのこの生ビールと枝豆のコンボは、三河のどの馳走よりも美味いべぇ!」
本多忠勝「応よ! 織田信長め、長篠の戦場で我らを置き去りにして脱兎のごとく逃げおったが、あ奴は一生この美味い生ビールを知らぬのだ、ざまあみろにござる!」
羽柴秀吉「(心の声:な、なんという裏切りぶり……! 信長様への恨みをビールとやらで洗い流しておる! いや、それにしてもあの厨房から漂ってくる、鼻腔を狂わせるスパイスの香りはなんだ……よだれが止まらんぞ……)」
ーー二人がゴクリと喉を鳴らしたその時、背後の闇からスサッと音もなく影が降り立った。
隠密「(クナイを柴田勝家の首筋に突きつけ、冷酷な眼光で)……織田の羽柴秀吉に、柴田勝家。旅の商人を装うには、その身のこなし、いささか目立ちすぎる。松千代様のお店の前で、なにを探っている」
柴田勝家「な、なに奴ッ!? (一瞬で武田の凄腕の忍びだと察し、冷や汗を流す)」
松千代「(厨房の小窓からひょっこり顔を出して)あっ! お外に、お髭がもじゃもじゃのおじさんと、お顔がお猿さんみたいなおじさんがいるよぉ! おじさんたち、お山歩いてお腹ペコペコなのぉ? ろくもんあったら、あそこの箱にぽいして『かけそば』食べるのぉ」
お初「あ、松千代様! そのおじさんたち、織田信長様が送り込んできた怪しいスパイですよ!」
松千代「ふえ? すぱい……? でもね、お腹ぐぅ〜って鳴ってるよぉ? お腹空いたの、可哀想だから、おじさんたちも『ガチャガラ』して、いっぱい食べてねぇ!」
羽柴秀吉「(松千代のあまりの愛らしさと、お腹のペコペコを優しく見抜く神童の眼光に気圧され)お、おお……。いや、怪しい者ではござらん! 銭ならある、十四文(カレー南蛮の値段)をこの箱に入れれば良いのだな!? (投入口に押し込む)」
券売機「ガチャガラッ! ーーゴト、チャリン。ピピッ♪」
柴田勝家「ひゃああっ!? 箱が銭を食った! ーー(慌てて秀吉に続いてポチポチとボタンを押す)」
松千代「お札ありがとぉなのぉ! ーーよーし、いくよぉ、ふんっ! (湯切り網をぎゅっと握る)」
織田の宿老たち「(小窓から松千代の手元を見て、一斉に固まる)」
松千代「ちゃっ! えっしょ、ちゃっ!」
柴田勝家「(息を呑んで胸を押さえながら)う、うぬぬ……! なんという一切の無駄のない美しき湯切り、そしてお尻をふりふりと……っ、恐ろしく可愛い! いや、只者ではない体幹の強さじゃ……! (思わず手を合わせる)」
松千代「できたぁ! かれーなんばんと、じゅーじゅーやきとりだよぉ! はい、どうぞぉ!」
ーー秀吉と勝家の前の杉のテーブルへ運ばれる、熱々のカレー南蛮と香ばしい焼き鳥。
二人は互いの顔を見合わせ、意を決して熱々のカレー南蛮を口へと運ぶ。
羽柴秀吉「ずずずっ、ずずっ。……ッッ!!!!? (一瞬で顔が真っ赤になり、全身の毛穴から汗がブワッと吹き出る)」
柴田勝家「秀吉!? まさか毒かッ! ーー(と言いながらも自分もずずっ)」
柴田勝家「むおぉおおおっ!? 辛い、辛いのに、脳髄を震わせるほどの旨みが押し寄せてくるッ! 織田の宿老としてあらゆる美味を食してきたが、この『かれーなんばん』なる南蛮のちえは異次元じゃ! 一日の疲れが汗と一緒に全て吹き飛んでいくわ!」
羽柴秀吉「(焼き鳥をガブリと齧り、お酒をグイッと煽りながら大号泣)う、美味すぎる……! 信長様は毎日ピリピリと怒ってばかりで、失敗すればすぐ『折檻じゃ!』と怒鳴られるが、この庵はなんと優しく、なんと美味い馳走をくれるのだ……っ! 権六どの、儂、もう岐阜の城には帰りたくありませぬ……っ!」
徳川家康「(横の席からジャッキを片手にニヤニヤしながら)がははは! 秀吉殿、勝家殿! 織田の同盟などクソ喰らえだべ! 儂らと一緒に、今日から松千代様の常連客になるべぇ!」
松千代「あはは、おじさんたち、お口が赤くて、お顔が真っ赤っかで、にこにこ楽しいねぇ!」
お母様(お艶)の転売資金(手数料)の回収係である作兵衛たちが、織田の最高幹部からも「お使い代」の現ナマをガッチリと回収する中。
信長が放った最強のスパイたちは、松千代の可愛い湯切りとカレー南蛮の圧倒的な現代チートの前に、わずか数分で完全に胃袋を支配され、徳川主従と一緒になって夜のテラス席でヘラヘラと蕩けてしまうのでした。




