26話、お館様、神童のふりふり武芸に身悶える。
ーー朝七時、遠藤家の広々とした居間。
信玄「(歯ブラシで口をスッキリさせ、長椅子にどっしり座りながら)ふむ、頼重よ。朝食の後はなにをするのだ? 儂の滞在期間中の警護の件など、軍議を始めるか?」
頼重「お館様、滅相もございません! 朝七時からは、松千代が作左衛門と『お稽古(書道)』をする時間と決まっておりまする。軍議などはその後、松千代がお昼寝に入ってからにございます」
信玄「なに? 儂を差し置いて3歳児の習字だと? 武田の総大将を待たせるなど……」
作左衛門「(ツカツカと入って来て)松千代様、さあ本日は『武田』の二文字を練習いたしましょう」
松千代「じいじ、おはよーなのぉ! 筆をぎゅっとして……えいっ、えいっ……できたぁ! おじさんの、おなまえだよぉ!」
ーー松千代、ちっちゃな手で筆を握り、お顔にちょこんと墨をつけながら、一生懸命に書いた半紙を信玄に見せる。
信玄「(半紙を覗き込んで絶句する)……ぬ、ぬおお! 3歳にしてこの迷いのない力強い線の引き方、そして全体の均整……! 儂の若い頃より、遥かに美しい『武田』の文字ではないか! 神童……本当に神仏の知恵を授かっておるのか……!(感動で身震いする)」
ーー朝九時、よく晴れた庭、お遊びの武芸の稽古の時間。
頼武「松千代、いくぞ! 面だ!」
松千代「にぃに、えいっ! とぉー! (ちっちゃな木刀を両手でしっかり握り、短い足で一生懸命踏み込んで素振りをする)」
信玄「(庭の縁側に腰掛け、お座敷風呂上がりの肌をツヤツヤさせながら凝視して)お、おおおっ!」
隠密「お館様、いかがなされました? 松千代様の剣術、三歳にしては中々の身のこなしにございましょう?」
信玄「(胸を押さえて悶絶しながら)違うわ馬鹿者! 技のキレなどどうでも良い! 見よ、あの短い腕で必死に木刀を振るう姿を! 踏み込むたびに、お尻がふりふり、ふりふりと揺れておる! 何という愛らしさじゃ! あのような可愛い生き物が、我が武田の末端に存在しておったとは、天の奇跡に違いなかろう!」
松千代「ふぅ……。おじさん、ぼくの『めん!』かっこよかったぁ? (額の汗をちっちゃな手で拭いながら、よちよち歩きで信玄の元へやってくる)」
信玄「(全盛期の威厳を完全に忘れてデレデレになり、懐からお母様から十文で買い取った冷たい牛乳を差し出し)うむ、うむ! 恐ろしく強くて格好良かったぞ、松千代! ほら、このお乳(牛乳)を飲んで、少し休むが良い!」
松千代「わぁーい! ぎゅうにゅうだぁ! ありがとぉ、おじさん! ……(左手を腰に当てて、こくこく飲む)」
信玄「おぉお、あのポーズを3歳児がやると神々しさすら覚えるわ! よし、儂も負けてはおられん、ゴクゴク……ぷはぁ〜〜〜!」
頼次「(遠くから見ながら)……お館様、完全に松千代の『癒しの時間』に取り込まれていますね」
頼武「うむ、あれではドチラが主君か分からんな」
午前中のお稽古と武芸を一生懸命がんばる松千代の健気さに、武田信玄公の心は完全にノックアウトされ、遠藤領のユルくて温かい空気にどっぷりと浸かっていくのでした。




