25話、お館様の朝の試練。
ーー翌朝、朝六時、遠藤家の廊下。
信玄「(どっしりとした足取りで歩きながら)ふぅ、昨晩はお座敷風呂とあの『プリン』のおかげで、久々に深く寝れたわ。……が、やはり朝起きると口の中がネバネバして不快じゃな。頼重、歯木を持て」
頼重「お館様、おはようございまする! 歯木もございますが……今朝は松千代が、お館様のために『朝のまほう』を用意しておりますぞ!」
松千代「おじさん、おはよーさんなのぉ! これね、まつちよからのプレゼントだよぉ!」
ーー松千代、小さな両手でお館様用の真っ赤な大人用歯ブラシと、爽快スーパーミントの歯磨き粉を抱えて差し出す。
信玄「むっ? なんじゃこの、ガラスのように透き通った赤い骨の棒は。先っぽに猪の毛のようなものが綺麗に並んでおるな。横にあるチューブに入った白い練り物は、もしや南蛮の毒薬か?」
頼重「滅相もございません! お館様、それは『ハブラシ』という口の中をピカピカにする道具でございます! 先っぽにその練り物をちょん、と乗せて、口の中をゴシゴシするのです」
信玄「ふん、この武田信玄、戦場ではあらゆる修羅場をくぐり抜けてきた男。3歳児の勧める道具など恐るるに足らんわ! ……(歯ブラシを口の中に入れてゴシゴシし始める)……む? むむむっ!?」
作左衛門「お、お館様!? いかがなされましたか!」
信玄「(猛烈な勢いでゴシゴシしながら)お、おのれ遠藤め! 苦しくはない……苦しくはないが、辛い! 冷たいハッカ(ミント)の大嵐が、儂の口の中で吹き荒れておる! ……うぉおお!? (突然目を丸くする)」
権三「ひぇえええ! お館様の口から蟹のように白い泡がドバドバと溢れ出ておりますぞ! 誰か、医者を、医者を呼べーーー!」
頼武「動転するな権三! あれは毒ではない、口の汚れを落とす神の泡じゃ! お館様、そのまま水で口をクチュクチュして、ペッ! とするのです!」
信玄「く、くちゅくちゅ……ペッ!! (勢いよく水を吐き出す)」
遠藤家一同「……(ハラハラしながら信玄の顔を見つめる)」
信玄「……(呆然と立ち尽くし、自分の歯を舌でペロペロと確かめる)」
松千代「おじさん、お口の中、すっきりしたぁ?」
信玄「(がたがた震えながら、感動で顔を真っ赤にして)な……なんじゃ、この爽快感はーーーー!! 歯の裏がツルツル、いやキュッキュッと音がするほど磨き上げられておる! 昨晩の弱った胃の苦みが一瞬で消え去り、息をするだけで冷たい冬の夜風が吹き抜けるようじゃ!」
お艶「まぁ、お館様。朝からお口の中が清々しくて、良い香りが漂っておりますわね」
信玄「うむ! 武田の武士たるもの、口臭が漂っていたら戦場でも格好がつかぬが、これならば堂々と大声を張り上げられるわ! 松千代、このハブラシと言う道具、儂に永久に貸し出せ!」
松千代「あはは、おじさんのお口、きらきら〜、なのぉ! まいにち朝起きたらゴシゴシちてねぇ!」
朝一番に口の中をこれ以上はないほどスッキリ清められた信玄は、現代のオーラルケアの威力に魂を奪われ、朝から元気ハツラツと湯治の二日目をスタートさせるのでした。




