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たけのこ饅頭

「おばちゃん!饅頭追加!」


「はいよー!」


「……よく食べますねえ、人の奢りだからって。」


厨房の昼休み。龍華さんが口止め料改め日頃のお礼がしたいというので、私はずっと行きたかった食堂を訪れていた。


「饅頭なのに、まるで肉が入ってないじゃないですか。」


「それがいいんです!季節の野菜の店ですから!今はたけのこが絶品です!」


一皿、二皿、と積み上げていくと、龍華さんは眉をひそめて饅頭を置いてしまった。勿体ない。


「おや、四奥様。」


「えっ?」


振り向くと、凛風様が餃子をかき込んでいた。


「む……もぐもぐ。龍華さん!こんなところで奇遇ですね。そちら、彼女さん?」


「「まさか。」」


龍華さんと声が重なった。


「私、宗家の厨房の明鈴です!挨拶が遅れてしまい申し訳ありません!」


饅頭を飲み込み立ち上がって挨拶をする。


「あー、どうりで見覚えがあると思った。」


ふふふ、と笑う凛風様。ほかの奥様方と違って、庶民的で接しやすいよなあ。


「凛風!これうちの饅頭!」


「わあ!ありがとう、明星!」


「お知り合いですか?」


龍華さんはさほど興味もなく、一応、という風に聞く。


「はい、明星は幼なじみなんです。」


「二世を約束した(※来世まで連れ添うこと)仲なんです。それを宗家のスケベオヤジ……!」


「えっ!?」


そ、そうだったのか……。宗家みたいな大きな家の主人に見初められるって羨ましかったけど、逆にもういい人がいると辛いな……。


「明星……もう終わったことだから……。」


「いいや!俺は絶対ひとかどの料理人になる!自分の店持ってたくさん稼いで、あのオヤジが死んだら凛風を迎えに行くんだ!」


「明星……。」


二人は熱い視線を絡ませている。


「素敵ですねえ。」


「ちっとも。愛があれば契れるなんて幻想です。」


「もう、またそんなこと言って……。」


何気ない話を楽しんでいた、その時。


「うっ……!」


「凛風!?」


凛風様が机の上でガシャン、と突っ伏してしまった。


「凛風!凛風!なんだこの発疹!?」


「かゆい、かゆいよお!」


「今すぐ屋敷に連れて帰り、医者にみせます。」


龍華さんが凛風様に手を伸ばすと、明星さんは振り払った。


「あのスケベ親父のところにか!?どうせあいつが移したに決まってる!凛風は渡さない!」


「好きに吠えたらどうです?あなたは四奥様のなんですか?二世?ひとかどの料理人?今は何も関係ありません。


凛風様は今は宗家の第四夫人です。

もっとも、直に追い出されるかもしれませんが。あなただってそう思ってるんでしょう?」


明星さんがびくりと震えるのをよそに、龍華さんは凛風さんを抱えて屋敷に戻る。


もうちょっと言い方が、とか、明星さんの気持ちも、とか、言いたいことはたくさんあった。でも、「直追い出される。」

その意味が分からず、呆然としていた。


────── 。


「梅毒!?」


「医者の見立てでは原因不明ですが、あの症状では十中八九そうでしょう。」


「そんな……どうして……。」


龍華さんはふう、とため息をつく。


「旦那様から移された可能性もありますが、そんなこと、この屋敷の誰も口にできません。案外あの明星とかいう男といい仲だったんじゃないですか?」


「凛風さんはそんなことしません!」


「事実はどうあれ、梅毒の噂が広まれば凛風様は不義密通が疑われます。証拠がない以上咎めようがありませんが、離縁は間違いありませんね。」


「そんな……。ひど……い……。」


待って、あの症状……。


「明鈴さん?どちらへ……。」


龍華さんの話も聞かず、私は母屋へ走った。


─────── 。


「凛風様……。」


「その声、明鈴さん?」


奥から凛風さんのすすり泣く声が聞こえる。


「私、旦那様としかしてないのに……梅毒とか密通とか言われて……私はもう終わりよ。こんな姿じゃ明星にも見限られるわ。」


中には入らず、持ってきた薬瓶をそっと置く。


「私が煎じたかゆみ止めです。酷くなる前に塗ってください。」


「ありがとう……優しいのね……。」


「……凛風様。あなたが本当に一緒にいたいのは誰ですか?」


「え?」


「旦那様ですか?明星さんですか?教えてください。」


しばしの沈黙の後、凛風さんがわっと泣く声が聞こえた。


「旦那様には感謝してるわ。ただの奉公人だった私を見染めてくれた。でも、欲を言うなら、私は好きな人と……明星と添い遂げたい!」


私は静かに、最後まで聞き届けた。


「分かりました。凛風さん、あなたは梅毒ではありません。」


「えっ?」


「今は何も喋らず、養生してください。きっと明星さんと一緒になれます。ただ、たけのこだけは口にしないでください。」


「あなたは一体……。」


去り際に声をかけられるも、ただ一言返すしかできなかった。


「ただの厨房下女ですよ。」


─────── 。


数ヶ月後、春は過ぎ去り、初夏を思わせる強い日差し。

宗家の夫人は四人から三人になっていた。


「まさかたけのこが原因の風土病とは……。」


「育った村でかかってる子がいたので。梅毒って痒みが出ないんですよ。」


体裁を気にした旦那様は、あの後すぐに凛風さんと離縁した。

全てを黙して家を出た凛風さんは、明星さんに迎えられた。

私が渡したかゆみ止めを塗りながら、たけのこを一切口にせずに過ごしたら、みるみる治ったらしい。

今は遠くの街で食堂を開いたとか。


「全く、宗家にいれば不自由ない暮らしができたというのに、凛風様も損なことを……。」


「……私は、お金がなくても愛する人と添い遂げたいです。」


ぴくり、と龍華さんの肩が震える。


「凛風さんがうらやまし……。」


龍華さんに突然腕を掴まれる。

かと思うと、壁に強く叩きつけられた。


「……愛があれば結ばれるんですか?」


龍華さんの瞳は、黒く澱んでいた。


「愛し合っていれば結婚できるんですか!?」



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