たんぽぽ茶
『あなたはなんでそんな隅っこにいるの?』
『皆僕のこと暗くて気持ち悪いって……どうせまた売られるんだ……。』
『まあ!そんなことさせません!私のそばに来なさい!今日から私の部屋付きよ!』
『王蘭……様……。』
――。
────────。
眩しい……。
ふと目を開けると、朝日の中で雀が踊っている。
むくりと目を擦りながら体を起こす。
昨日調べ物をしていたら寝坊してしまった。
王蘭様に朝の茶を煎れなくては。
「きゃー!」
!
母屋の方からだ!
「王蘭様!」
数日前。
「あなたが作ったたんぽぽ茶、王蘭様から大好評です。」
「ありがとうございます。種類にもよりますが、たんぽぽ茶は奥様方が飲まれるお茶より体にいいんです。」
「龍華様〜!例のもの売ってくださーい!」
二人が裏で話していると、第三夫人付きの鈴々が駆け寄ってくる。
「売る?」
「はい、では、銀一分。」
「わー!ありがとうございます!龍華さんのところなら本物だからって評判なんです!」
「ふふふ、また来てくださいね。」
龍華がひらひらと手を振ると、明鈴は怪訝そうな目を向けていた。
「……龍華さん、私のたんぽぽ茶売ってますね?」
「おや、何故?」
「今、この母屋でたんぽぽ茶の偽物が出回ってるのは知ってますね?」
「それはそれは。今知りましたよ。」
龍華は白々しく目を逸らしながら、目尻を下げる。
「厨房でも評判ですよ。大奥様がたんぽぽから煎じた茶を愛好していると。
本物は根から作っていて、香ばしくて苦味があるんです。
しかし、今母屋で出回っているのは葉を煎じた偽物です。
そして本物を手にする機会があるのは、大奥様以外では、私と龍華さんだけです。」
「前回も思いましたが、あなたは存外鋭いですね。」
「酷いじゃないですか。大奥様にって頼まれたから作ったのに。」
「勘違いしないでいただきたい。王蘭様には不足しない分をお渡ししてます。私が王蘭様からいただいたものを分けているだけ。」
「余計酷くないですか?」
「あ、あの!」
口論になっているところへ、二奥様付きの侍女がおずおずと話しかける。
「龍華さん……たんぽぽ茶、売っていただけませんか?」
「おや、珍しい。銀一分でなら。」
「銀!?そんな……無理です!本物を持ってこないと、また私は雪花様からお仕置きが……。」
侍女は必死だが、龍華の視線は冷ややかだった。
「これは本来なら全て大奥様のものです。それを私の好意で分けています。駄賃はいただきますが、安いものでしょう?」
にこりと笑うと、侍女は肩を下げて項垂れてしまった。
「あ、あの、たんぽぽ茶なら私が……。」
「いらないわよ!」
明鈴を突き飛ばすと、侍女は去っていった。
「そ、そんな……。」
「ま、人徳ですかねえ。」
明鈴は固まってしまい、龍華はカラカラと笑っていた。
────────。
「いやはや、王蘭様に何事もなくて良かった。」
「龍華さん……露骨すぎます……。」
今朝、雪花様のお茶にヒ素が入っていたらしい。
少量だが、口にしてしまった雪花様は床に伏せっている。
この人、黙ってれば綺麗なのに。
噂だけど、龍華さんの容姿に魅入られて、下女ばかりじゃなく、奥方からの誘惑も絶えないとか。
後者は盛ってる気がするが、前者は否定できないから質が悪い。
「しかし、勿論そんなことは一切起こらせませんが、王蘭様ならともかく、何故第二夫人の雪花様を?誰になんの得が……。」
「外部の人かもしれないじゃないですか……。」
「それなら良いのですが、第二夫人や第四夫人、ましてや王蘭様が疑われたらことです。」
すると、表の方から話し声が聞こえた。
「雪花様、今朝はご機嫌だったのにね。」
「そうなの。いいお香が手に入ったって。」
「えー、ドケチな雪花様が?」
「でも本当にいい香りなの。香ばしくて。」
会話が耳に入り、もしやと思考を巡らせる。
「龍華さん、たぶん犯人は……。」
こそこそと龍華さんに耳打ちする。
「本気ですか?」
「部屋を改めれば分かります。」
龍華は怪訝そうにしながらも、すぐに人の手配をした。
数日後。
「雪花様。」
「なっ、大奥様の犬!何の用!?」
「失礼、雪花様に窃盗の疑いがかかっているため。」
「何を……ちょ、何!?その人の数は!」
雪花の部屋にはどやどやと男衆が入ってきた。
「龍華さん、ありました。」
ひとりが見つけたのはお茶の入った瓶。
「雪花様、あなたはこれを王蘭様の部屋から盗みましたね?」
「な、何を根拠に!」
「この部屋に漂う香ばしい香り、この茶葉が発してますね?
あなたはこの茶に含まれたヒ素を飲み、今のようになっている。しかし、ケチなあなたが本物のたんぽぽ茶のためとはいえ大枚をはたくはずが無い。
だから盗んだんですよ。持っている方から、ね?」
「あ、あ……。」
青ざめた雪花に対し、龍華はにこりと笑った。
「毒味役ありがとうございます。おかげで王蘭様は無事で済みました。今回は不問にしますから、あなたも騒がないことですね。」
龍華が茶葉を没収すると、雪花はへなへなと病床についた。
「案外冷静なんですね。」
「王蘭様の食器類は全部銀製です。ヒ素ごとき分からないはずないでしょう。」
龍華さんは淡々と話す。
「しかし誰がそんなこと……。」
「疑っていたらキリがありません。王蘭様は豪商の正妻です。だから私にはお守りする使命がある。」
「……龍華さんにとって、大奥様って一体……。」
龍華さんは、くるりと振り向いて寂しげに笑う。
「玉のように可愛らしい、私の大切な方です。」




