トリカブト
「明鈴!東屋にスープ持っていきな!」
「はい!」
桜が満開の頃、奥様方は花見と称して東屋で昼食をとっていた。
桜かあ。いいなあ。葉っぱが美味しいのよ。特に塩漬けが最高で……。
「そこの!どこ行ってんのよ!こっち!」
「は、はい!」
いつの間にか逸れてしまっていたらしい。振り向くと、目の前の景色は、まるで金屏風のように美しかった。
桜の花びらが散る中に、しどけなく佇む旦那様が愛した奥方達。
ある方は牡丹色の生地に金の蝶、ある方は若葉色に銀の桜吹雪が。
ほう、とため息をつく。極楽があったらこんな場所なのか。
「ぼーっとしてない!早く!」
「は、はい!」
ひー!綺麗な花には刺がある!
慌てて第四夫人にスープを配膳する。
「ちょっと林杏さん?あなただけ香草が多くない?」
「あら、私は香草が大好きなの。美容にいいから。容姿より金勘定が好きな姐さんには分からないかしら?」
「な、なんですって!?」
また始まった……。
第二夫人の雪花様と第三夫人の林杏様は仲が悪い。
林杏様はつり目がきつい印象だが、白い肌と真っ赤な唇で誰もが振り向くほどの美人だ。派手好きで有名で、今も髪には牡丹のかんざしをあしらっている。
一方、雪花様は化粧はほどほどだが、大きなたれ目に頬はほんのり赤みが刺し、佇んでいたら絵画になるような清楚な美しさ。倹約家で通っており、噂ではかなり銀子を溜め込んでいるとか。
しかし、正反対の二人は相性が悪く、喧嘩が絶えない。
「さあ、皆さん、召し上がりましょう!」
それも、大奥様の一言で収まるわけだが。
(さあ、仕事仕事。)
おばさんに怒られる前に東屋を下がろうとした、その時だった。
「林杏さん!」
「早く医者を!」
スープの器から、汁がじわりじわりと机に染みた。
「ねえ、聞いた?林杏様のスープにトリカブトの毒が入ってたんだって。」
「えー、私たち毒なんか入れてないよねえ?」
「きっと雪花様か凛風様だよ!林杏様派手だから皆嫌ってたし。」
「凛風様はそんな人には見えないけど。この前も挨拶してくれたし。」
「じゃあ雪花様じゃない?よく喧嘩してたし。」
皆噂話が好きだなあ。私はいつも通り関わらず、粛々と厨房の仕事を……。
「こんにちは。楊さん。」
「あっ、龍華さん!」
げっ。
整った長髪をなびかせて、にこりと厨房に顔を出す。
「うちを疑ったって無駄だよ!毒なんか盛るやつなんかいないんだからね!」
「すみません、こちらも色々話を聞かなければいけなくて。」
ちら、と視線をよこした龍華さんと目が合う。
「厨房は問題なさそうですね。では、お邪魔しました。」
「次は別の用件で来な!」
去り際にもう一度振り返り、私の方を見る。
ああ、やっぱり逃げられないんだ……。
───────。
「他の方は旦那様含め、全員無事でした。被害は三奥様(※第三夫人)だけです。」
「なんで私が……。」
「もう忘れたんですか?私はあなたを買っています。だからこそ、事件解決に協力して欲しいのです。」
「それは刑吏(※警察)の仕事じゃ……。」
「ん?この前不気味な葉っぱの前でニヤニヤしていたのは誰だったか……。」
「やります!やります!やらせてください!!」
うう、失礼な……。ドクダミはお茶にできるから気分が上がってただけなのに……。
「でも、私より他の人に話を聞いては?ほら、三奥様のお付きとか……。」
「そちらはもう当たりました。」
龍華さんはその時の様子を話し出す。
「鈴々さん。」
「あっ、龍華さん!」
第三夫人付きの鈴々はキャッキャッと頬を染めるが、龍華の表情は涼しいもので。
「久しぶり。君だけ?」
「はい。葉葉はあれから塞ぎがちで……。」
「元から内気な子だったからね。」
「そうなんです……。でもでも!私たちは絶対毒なんか入れませんから!私たち、林杏様が大好きなんです!気が強い方だから勘違いされやすいだけで……。」
「くすっ、大丈夫。犯人は私が見つけるよ。他に三奥様になんかあった?」
「いつも通り二奥様と喧嘩してて……。そういえば葉葉があの日何か摘んでたけど、お花かと思って。」
「ふむ、なるほど。貴重な話ありがとう。」
────────。
「というわけなんだ。」
「……私、犯人わかっちゃいました。」
「今ので?」
「はい。そもそも皆『三奥様が毒を盛られた』と思ってるから勘違いしてるんです。」
「ふむ。」
神妙そうな龍華さんの前で話を続ける。
「三奥様が口にしたのは、皆トリカブトの毒だと思ってます。」
「実際そうですから。」
「それだと皆誰かがこっそり粉の毒を入れたのかな?って思うでしょう?」
「違うんですか?」
こくり、と頷く。
「三奥様のスープには香草が多かったんですよね?厨房じゃ皆さんに平等に配膳します。そうなると、誰かが香草と思われるものを入れたんです。」
「それがトリカブトだと?」
「はい。トリカブトは確かにいい香りがします。でもニリンソウやヨモギみたいな食べられる草と似てるから。私もヨモギを食べる時は自生ではなく自分で育てます。」
「つまり、意図的に盛った訳ではなく、知らずに入れた?」
「はい。そしてその可能性が一番高いのは──────。」
その夜。
「葉葉……。」
「……。」
「葉葉。鈴々から聞いたわ。あなたがこっそり袋から香草をたくさん入れてたこと。」
「……。」
「お前なんだね?」
葉葉は部屋の扉を僅かに開けると、ガクガクしながら頭を下げている。
「奥様……申し訳ありません……私は少し食べても平気だったから……。まさかトリカブトだったなんて……。どうか、どうか、どんな罰でも……。」
ぽたぽたと床に雫を零す葉葉に、ふ、と林杏は微笑む。
「何を罰することがあるんだ。可愛い子供が主人に美味しいもの食べさせただけじゃないか。旦那様には上手く言っておくから。お前は好きなだけここにいていいんだよ。」
「奥様……!それでは……。」
「お前はお咎めなしだよ。」
葉葉は顔をあげると、林杏の元に駆け寄る。
「奥様!ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
林杏は夜通し葉葉の頭を撫でていた。
「林杏様、いい人ですね。」
桜が咲き誇り、二人の頭上には桜吹雪が駆け抜ける。
「元々危害を加える方ではないし、母屋であの方の評価が上がる分には都合がいい。」
「……龍華さんは、なんで母屋をそんなに気にするんですか?」
「……決まっているでしょう。」
桜が舞い散る中、龍華の表情は長髪の影に隠れた。
「王蘭様の為ですよ。」




