華か団子か
「い、いたい、龍華さん……。」
両手首は龍華さんにぎりぎりと掴まれ、壁に押し付けられているせいで逃げられない。
「答えてください。愛し合っていれば結婚できるんですか!?」
痛みを堪えて、龍華さんを真っ直ぐ見つめる。
「大奥様のことですか?」
「答えになってませんね。」
「……そんなこと、誰にも分かりません。雪花様みたいにお金で結婚する人もいれば、凛風さんみたいに愛で結婚する人もいます。
私にそんなことを聞くより、大奥様から本当の気持ちを……!」
「……っ!」
打ち捨てられるように地面に叩きつけられると、龍華さんは走り去ってしまった。
─────── 。
「王蘭様!」
「まあ、龍華。どうしたの?血相変えて。」
龍華は王蘭の元に駆け寄ると、跪き懇願した。
「私と一緒にここから逃げてください!」
「え?」
王蘭の眉が下がる。
「ずっとお慕いしておりました。しかし、下男の私では無理な話だと……でも、今は違う!色んな手を使って銀子を溜め込みました!贅沢はさせられないかもしれませんが、王蘭様一人養えます!
ですから、お願いです。私と来てください……。」
「龍華……。」
いつの間にか頬をびっしょり濡らした龍華に、王蘭が手を添える。
「あなたの気持ちは、以前から気づいていました。私も、あなたといられたら、と思ったことも……。」
「ならば……!」
「しかし、正妻として嫁いだ以上、旦那様は私の今生の人です。あなたと結ばれることは、もうないの……。」
龍華の顔から血の気が引き、人形のように生気が無くなる。
ふらふらと立ち上がると、桜蘭の部屋から静かに下がった。
(私が、名家の生まれだったら……。)
屋敷の外れ。滝が声を流し、天然の石洞が龍華を光から覆い隠していた。
(名家に生まれていたら……長男だったら……もっと早く稼いでいれば、王蘭様は私と添い遂げてくれたのか─────── ?)
分からない、分からないと頭を掻きむしる龍華。
彼の慟哭は、全て滝の音が飲み込んだ。
「───────ここは? 」
「私の部屋です。」
あちこちに乾燥させた野草が下がった部屋で、龍華は寝かされていた。
「ただの風邪じゃありませんから、しばらく大人しくしててください。」
「何?あ……。」
龍華は腕を見ると、黒いおできができていた。
「はは、呪いだ。下男風情が正妻に言いよった罰だ。私はもう死ぬんだな。」
「いいえ、ダニに噛まれただけです。」
「ダニ?」
明鈴は替えの濡れタオルを龍華の額に置く。
「夏にあんな湿った場所にいたら、ダニに噛んでくださいと言っているのと同じです。安静にしていれば治りますから、当分仕事は……。」
龍華に引き寄せられ、ベッドに倒れ込む明鈴。
「まだ生きろというのか?」
「……。」
「今生の人と結ばれることは許されないのに、まだ生きろというのか!?」
息切れする龍華から、明鈴は視線を外さなかった。
「私は生きて欲しいです。でも、生き方は沢山あります。辛かったらここを離れてもいいし、今まで通り大奥様のそばにいてもいい。
それに、今は無理でも、他の人を見つけてもいいじゃありませんか。
今、龍華さんは大奥様しか見えてません。一度冷静に……。」
最後まで言わせず、龍華は明鈴を押し倒した。
「一人は耐えられない……。」
「龍華さん……。」
「一人にしないで……。」
悲しみの涙に濡れる中、二人の影は重なり合った。
数日後。
「明鈴!手が止まってるよ!」
「はい!」
私は相変わらず厨房で走り回っていた。変わったことといえば、龍華さんに呼び出されなくなったこと。
(病気は治ったみたいだけど、相変わらず大奥様付きだし、大丈夫かな……。)
「明鈴!これ大奥様のとこ!」
「は、はい!いたっ!」
大奥様のところへお盆とお菓子を持っていこうとすると、何かにぶつかった。
「や、明鈴さん。」
「龍華さん……。」
気さくに手をひらひらさせる龍華さん。気のせいか、以前より表情が明るい。
「ちょっといいですかね?」
断る理由はなかった。
「考えてみれば、私もまだまだ若いですからね。運のいいことに顔もいいので相手に困りませんし、いい加減身を固めようかと。」
「宦官なのに?」
「何か言いましたか?」
「い、いえ、何も……。」
この人本当に龍華さん?なんだか声が明るい。痩せ我慢でも無さそうな……。
「でも……。」
ざあっと吹いた風は、さらさらと輝く長い髪を流し、初夏の日差しが白い肌を際立たせる。
「当分はあなたで遊ばせてもらおうかなと。」
「なっ……!」
にこり、と笑いかける龍華さん。
な、なんにも変わってない!
「本当に意地悪!」
「今更でしょう?」
「そんなこと言ってると……烏瓜の漬物あげませんからね! 」
「おや、それは少しいただきましょうか。」
「……大奥様にあげるんですか?」
「いいえ、変なものが王蘭様の口に入ったら困るでしょう。」
「もう、またそんな言い方!」
「ははは。」
初夏の暑い日差しが降り注ぐ中、私たちは笑いあった。
もう、私たちはひとりじゃない。
完




