第7話「爆弾」
登場人物
蓮実凛/売れない作曲家
長瀬結衣/家出お嬢様
成金拓也/結衣の見合い相手
「な、成金さん……」
突然声をかけてきた男を見て、長瀬結衣が一瞬で青ざめた。
「お知り合い?」
「その……お見合い相手です……」
「ああ……え?」
高級そうなスーツに身を包んではいるものの、下品な薄ら笑いを浮かべるこの男が?
確か、両親が選んだ相手って言ってたけど、趣味悪すぎだろ。
そもそも成金ってなんだ、いかにも性悪野郎な名前じゃないか。
「いや~~、本当にこのボロアパートで暮らしてるとはな」
ああ間違いない、性悪野郎だ。
相手にするのも面倒だな。
「妻さん、さっさと運ぼう。部屋に“ハエ”でも入るといけないからな」
小刻みに震えるタンスから、長瀬結衣の動揺が伝わってくる。
角をしっかり持ち直すと、丁寧に歩みを進めた。
玄関を上がり、廊下にゆっくりタンスを降ろす。
「事情はよくわからないけど」
憔悴しきった長瀬結衣に、つとめて冷静に声をかけた。
「妻さんの居所は、誰にも知らせてないんだよな?」
コクリ……と頷く。
「じゃあ一体どうやって……」
「GPSだよ、じー・ぴー・えす」
声に振り向くと、成金がニヤつきながら背後に立っていた。
「結衣の、ガキ臭い犬のぬいぐるみ。あれに超小型のGPSを埋め込んである」
「それ、犯罪じゃないのか……?」
ブルブルブル……!
後ろで、震えが大きくなったのがわかる。
ぬいぐるみってまさか、ポニちゃんか?
「ったく、せっかく俺様が見合いしてやったのに、断るなんて本当失礼なやつだよ。顔に気持ち悪い傷あるくせに」
気持ち悪い、だと……?
長瀬結衣の方を振り返ろうとしたが、やめた。
悲しみで、空気さえも震えているのがわかったからだ。
「こっそりGPSを付ける方がよっぽど気持ち悪いけどな」
「あ? そもそもお前はなんだよ? さっき結衣のこと、妻とか言ってたよな?」
「夫ですが」
辺りが一瞬、静まり返る。そして……
「夫!? ぶはははは、お前こいつと結婚したのか!? こりゃ傑作だ、わざわざここまで来た甲斐があったぜ!」
成金が、今までで一番下品な笑い声をあげた。
「お楽しみいただけて何より。そういうことですのでもう、お引き取りください」
「GPSを追ってみたら、行き先はこのボロアパート。笑い飛ばしてやろうと思ってきたら、まさか貧乏人と結婚までしてたとはな!」
「ダメだ、ハエには言葉が通じない」
「ハエじゃない! 俺は成金拓也、成金フィナンシャルの跡取り息子だ!」
「名前も家業も胡散臭すぎる」
「黙れ貧乏人! お前は誰だ!」
「蓮実凛。作曲家だな、一応」
「へえ……」
スマホを取り出し、何やら検索を始めた。
フリックをするたびに、薄汚い口元の歪みが増していく。
「作曲家さーーん。このところ全っっっっっ然、お仕事ないみたいですが、本当にプロなんですか~~?」
「過去作品の印税は今でも入ってくる」
「うわ、かっこいい~~! 夢の印税生活! ただし住まいはボロアパート!」
「……」
「車もボロ! 家具もボロ! ぎゃはははは!」
「古いな~~」
「何が!?」
「価値観が古い、古すぎるって言ってんだよ。金のあるなしで幸福度を測るなんて、時代遅れもいいところだ」
「は! 貧乏人の強がりだねそんなのは。胡散臭いとか馬鹿にしやがったが、金貸しはいつの時代も勝ち組なんだよ!」
成金の顔から薄ら笑いが消え、息を切らしながら捲し立てる。
「逆に、お前みたいな底辺クリエイターなんてのは典型的な負け組だ!」
「じゃあ、なんで妻さんは俺を選んだんだ?」
「世間知らずの馬鹿だからだよ!」
「は?」
「俺は金貸しの家に育った。汚いところも含め、世の中の仕組みは嫌というほど知ってる。けど結衣はどうだ? 過保護に育てられ、生きていくには何が必要か、何が大事か、まるでわかっちゃいない」
まあ、それは間違ってないんだけどな。
「それでも、妻さんはお前を拒否した。それは俺が貧乏なこととは何も関係ない」
「……」
「見合いの時、胸ばかり見ていたそうだな」
「ぐっ……」
「金のことはわかっても、女性との接し方はご存知ないようだ」
「うるせえ! お前だってロリコンだろうが!」
「なに?」
「さっき、作品履歴を調べた時に見つけたんだよな。『シャイニー☆エモーションズ!』とかいうアニメの曲」
「それがどうした」
「あんなガキ向け番組の曲書いて、恥ずかしくねえのかよ!」
「世間知らずはどっちだ。シャニエモは世界に誇るコンテンツだぞ」
「知らねえよ。それになんだよ『シャニエモ』って、オタクかよ」
「何とでも言え」
「さらにもう一つ、お前がロリコンっていう決定的な証拠がある」
「はあ?」
「お前、今年で31だってな。結衣より10コも上じゃねえか!」
「あ、そうなの? 初耳だね」
いや、これは本当に初めて知った。
年下だとは思ってたけど、長瀬結衣は21歳だったのか。
「ロリコン曲の歌詞もやばいね。『たった一言 「お疲れ様」って ぎゅ……ってしたあと 伝えられたら』だって! え、オッサンがこの歌詞書いたの? キモ、キモ、キモーー!」
いよいよ、子供のような罵声を飛ばし始めた。
本人は攻撃してるつもりかもしれないが……申し訳ない、こちらは全くもってノーダメージだ。
これでも、コアなファンやアンチも多い人気アーティストやアイドル達に多数、楽曲提供してきた身だ。
曲が発売されるたびにSNSや掲示板で「クソ曲!」と散々叩かれてきた俺にとって、「ロリコン」だの「キモい」だのなんてのは「おはよう」「こんにちは」と同等レベル。
なのでこのまま気が済むまで吠えさせて、弾切れまで待ってもいいが、これ以上長瀬結衣に嫌な思いもさせたくない。
面倒だがそろそろ、本格的に反撃を始めようとした、その時――
「このあんごうがーー!!!!!!」
突然、俺の背後からバズーカのような怒声が発せられた。
その迫力に思わず尻餅をついてしまった俺と成金は、二人して情けなく、地べたから声の主を見上げる。
「うちの傷を気持ち悪い言うなぁええ。でも、夫さんの曲を馬鹿にしなんな!」
「……」
「おどりゃあ、さっきから黙って聞いとれば、ようなぁ好き勝手抜かしやがって! 夫さんがロリコン? んなわけなかろうが! どこに目ぇつけとんじゃ!」
いつもの「ヒイイ!」「はう……」「~~ですう……」はどこへやら。
八の字に垂れがちな眉は吊り上がり、丸まりがちな背中はシャキッと伸びて。
恐らく岡山弁と思われる謎言語を繰り出し、成金を圧倒するその姿は、いつもの長瀬結衣とはまるで別人だった。
あまりの迫力に、「妻さん、落ち着いて……」と声をかけることも忘れ、ただただ『覚醒』したその勇姿を、ぽかんと眺めることしかできなかった。
それはきっと、成金拓也も。
「そもそも『結衣』って気安う呼び捨てにせんでくれる!? うちゃ夫さんの妻なんじゃ。アンタの顔なんか二度と見とうねぇ! とっとと岡山へいね(帰れ)! 駅前の桃太郎さんによろしゅうな!」
シッ! シッ! と、何か汚いものでも追い払うかのように手を振りながら、成金の元へと歩み寄る。
「聞こえなんだのかおめぇ! はよいね!!」
これが現実なのかどうかを理解できていないような、ひどく戸惑った表情を浮かべながら、地べたから身を起こすとそのまま、成金拓也はどこかへと去っていった。
その姿をぼーっと見守り、ゆっくりと視線を戻すと、長瀬結衣は腰に手を当てまだブツブツ何か言いながら、玄関の外を睨みつけている。
……
……
……
「はっっっっ!!!!」
あ、眉毛が八の字に戻った。
顔が真っ赤になった。
ドタドタドタ!!!
我に返った長瀬結衣は、慌てて室内へと駆け込む。
ガサガサガサ!!
今度は何かを探しているらしい。
ここでようやく、俺の顔にも笑みが戻ってきた。
おいおい妻さんてば、結局自分で撃退しちゃったじゃん。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「……」
部屋に戻るとそこには、黒い目出し帽を被った強盗が、神妙に正座していた。
その正面に、胡坐をかいて俺も座る。
「えーっと、強盗さん」
「……」
「なんというか、かっこ良かったよ」
「……!」
「さっきのは岡山弁?」
(コクコクと頷く)
「なるほどね、キレると岡山弁になるんだ」
(ガックリとうなだれる)
「さっきの見合い相手、親が選んだって前に言ってたけど。なかなかにイメージと違ったなあ」
「それは……」
強盗、もとい長瀬結衣はその後、成金拓也との出会いから今までを、とつとつと語りだした。
成金は最初、先程のような下品な感じではなく言葉遣いも丁寧で、第一印象も良かったらしい。
たが見合いの途中、休憩から戻ると、電話で誰かにこう話しているのを聞いてしまった。
「顔に気持ち悪い傷はあるけど、いい体してるぜ」 と。
そして長瀬結衣は、婚約を断った。
ポニちゃんは、当日カバンの中に入れていったところを成金に見つかり、『可愛いから抱かせてくれ』と言ってきたので、つい渡してしまったとか。
その時に恐らく、GPSを埋め込まれたのだろう。
「なるほど。でも婚約断って正解じゃない? さっきの暴言の数々を聞くと」
「そうですね……」
「妻さんの私物にGPSつけて、笑い者にしにくるのもやばいよ」
「はい……」
「でももしかしたら向こうも、さっきの妻さんの迫力を見て思ったかもよ。『こいつと結婚しなくて良かった』って」
「はう……。 はっ! まさか夫さんも!?」
「そうだね、危険を感じた!」
「ぐはっ」
「ウソウソ。まあちょっとはビックリしたけど、嬉しかった」
「え……」
ゆっくりと、目出し帽の裾に手をかける。
「もしかしたら妻さん、成金が俺の曲を馬鹿にしたことに、怒ってくれたんじゃないかって」
「それは……」
「ありがとう」
次第にあらわになる白い肌。潤む、琥珀色の瞳。
「今日の妻さんを見て思ったんだ。誰だって、自分の中に沢山の面を持ってるんだと」
「……」
「普段見せてる面なんて、ほんの一部でしかない」
「……」
「それは一緒に暮らす相手もそう。そういう意味では、結婚て人生最大の『ガチャ』なんじゃないかな。相手がもしかしたら、とてつもない爆弾を抱えているかもしれないんだから」
「爆弾……危険です!」
「そう、実は誰かと一緒に暮らすこと自体、とても危険なことなんだ。それこそ、不幸にだってなる。でも相手によっては、知らない面を知ってもそれでも、一緒にいたいって思えるのかもしれないね」
目出し帽を脱いだ素顔の長瀬結衣をそっと抱きしめ、
「よく、頑張ったな」
「……ふええええええ!!!!」
溢れる涙を、背中をさすりながら受け止めた。
そのまま、涙枯れるまで。
諦めモードの俺の人生。
罵倒されようが、惨めな思いをしようが、慣れさえすれば、どうってことない。
だけどそんな俺のために、長瀬結衣は怒ってくれた。
初めて味わう感情だった。
だって俺は――
使い棄てられることばかりだったから。
「とりあえずさ、妻さん」
「……はい、夫さん」
「昼ご飯、一緒に作ろうか」
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