表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第7話「爆弾」

登場人物

蓮実凛/売れない作曲家

長瀬結衣/家出お嬢様

成金拓也/結衣の見合い相手

「な、成金なりかねさん……」


 突然声をかけてきた男を見て、長瀬結衣が一瞬で青ざめた。


「お知り合い?」


「その……お見合い相手です……」


「ああ……え?」


 高級そうなスーツに身を包んではいるものの、下品な薄ら笑いを浮かべるこの男が?


 確か、両親が選んだ相手って言ってたけど、趣味悪すぎだろ。


 そもそも成金なりかねってなんだ、いかにも性悪野郎な名前じゃないか。


「いや~~、本当にこのボロアパートで暮らしてるとはな」


 ああ間違いない、性悪野郎だ。


 相手にするのも面倒だな。


「妻さん、さっさと運ぼう。部屋に“ハエ”でも入るといけないからな」


 小刻みに震えるタンスから、長瀬結衣の動揺が伝わってくる。


 角をしっかり持ち直すと、丁寧に歩みを進めた。


 玄関を上がり、廊下にゆっくりタンスを降ろす。


「事情はよくわからないけど」


 憔悴しきった長瀬結衣に、つとめて冷静に声をかけた。


「妻さんの居所は、誰にも知らせてないんだよな?」


 コクリ……と頷く。


「じゃあ一体どうやって……」


「GPSだよ、じー・ぴー・えす」


 声に振り向くと、成金がニヤつきながら背後に立っていた。


「結衣の、ガキ臭い犬のぬいぐるみ。あれに超小型のGPSを埋め込んである」


「それ、犯罪じゃないのか……?」


 ブルブルブル……!


 後ろで、震えが大きくなったのがわかる。


 ぬいぐるみってまさか、ポニちゃんか?


「ったく、せっかく俺様が見合いしてやったのに、断るなんて本当失礼なやつだよ。顔に気持ち悪い傷あるくせに」


 気持ち悪い、だと……?


 長瀬結衣の方を振り返ろうとしたが、やめた。


 悲しみで、空気さえも震えているのがわかったからだ。


「こっそりGPSを付ける方がよっぽど気持ち悪いけどな」


「あ? そもそもお前はなんだよ? さっき結衣のこと、妻とか言ってたよな?」


「夫ですが」


 辺りが一瞬、静まり返る。そして……


「夫!? ぶはははは、お前こいつと結婚したのか!? こりゃ傑作だ、わざわざここまで来た甲斐があったぜ!」


 成金が、今までで一番下品な笑い声をあげた。


「お楽しみいただけて何より。そういうことですのでもう、お引き取りください」


「GPSを追ってみたら、行き先はこのボロアパート。笑い飛ばしてやろうと思ってきたら、まさか貧乏人と結婚までしてたとはな!」


「ダメだ、ハエには言葉が通じない」


「ハエじゃない! 俺は成金なりかね拓也たくや成金なりかねフィナンシャルの跡取り息子だ!」


「名前も家業も胡散臭すぎる」


「黙れ貧乏人! お前は誰だ!」


「蓮実凛。作曲家だな、一応」


「へえ……」


 スマホを取り出し、何やら検索を始めた。


 フリックをするたびに、薄汚い口元の歪みが増していく。


「作曲家さーーん。このところ全っっっっっ然、お仕事ないみたいですが、本当にプロなんですか~~?」


「過去作品の印税は今でも入ってくる」


「うわ、かっこいい~~! 夢の印税生活! ただし住まいはボロアパート!」


「……」


「車もボロ! 家具もボロ! ぎゃはははは!」


「古いな~~」


「何が!?」


「価値観が古い、古すぎるって言ってんだよ。金のあるなしで幸福度を測るなんて、時代遅れもいいところだ」


「は! 貧乏人の強がりだねそんなのは。胡散臭いとか馬鹿にしやがったが、金貸しはいつの時代も勝ち組なんだよ!」


 成金の顔から薄ら笑いが消え、息を切らしながら捲し立てる。


「逆に、お前みたいな底辺クリエイターなんてのは典型的な負け組だ!」


「じゃあ、なんで妻さんは俺を選んだんだ?」


「世間知らずの馬鹿だからだよ!」


「は?」


「俺は金貸しの家に育った。汚いところも含め、世の中の仕組みは嫌というほど知ってる。けど結衣はどうだ? 過保護に育てられ、生きていくには何が必要か、何が大事か、まるでわかっちゃいない」


 まあ、それは間違ってないんだけどな。


「それでも、妻さんはお前を拒否した。それは俺が貧乏なこととは何も関係ない」


「……」


「見合いの時、胸ばかり見ていたそうだな」


「ぐっ……」


「金のことはわかっても、女性との接し方はご存知ないようだ」


「うるせえ! お前だってロリコンだろうが!」


「なに?」


「さっき、作品履歴を調べた時に見つけたんだよな。『シャイニー☆エモーションズ!』とかいうアニメの曲」


「それがどうした」


「あんなガキ向け番組の曲書いて、恥ずかしくねえのかよ!」


「世間知らずはどっちだ。シャニエモは世界に誇るコンテンツだぞ」


「知らねえよ。それになんだよ『シャニエモ』って、オタクかよ」


「何とでも言え」


「さらにもう一つ、お前がロリコンっていう決定的な証拠がある」


「はあ?」


「お前、今年で31だってな。結衣より10コも上じゃねえか!」


「あ、そうなの? 初耳だね」


 いや、これは本当に初めて知った。


 年下だとは思ってたけど、長瀬結衣は21歳だったのか。


「ロリコン曲の歌詞もやばいね。『たった一言 「お疲れ様」って ぎゅ……ってしたあと 伝えられたら』だって! え、オッサンがこの歌詞書いたの? キモ、キモ、キモーー!」


 いよいよ、子供のような罵声を飛ばし始めた。


 本人は攻撃してるつもりかもしれないが……申し訳ない、こちらは全くもってノーダメージだ。


 これでも、コアなファンやアンチも多い人気アーティストやアイドル達に多数、楽曲提供してきた身だ。


 曲が発売されるたびにSNSや掲示板で「クソ曲!」と散々叩かれてきた俺にとって、「ロリコン」だの「キモい」だのなんてのは「おはよう」「こんにちは」と同等レベル。


 なのでこのまま気が済むまで吠えさせて、弾切れまで待ってもいいが、これ以上長瀬結衣に嫌な思いもさせたくない。 

 

 面倒だがそろそろ、本格的に反撃を始めようとした、その時――



「この()()()()がーー!!!!!!」



 突然、俺の背後からバズーカのような怒声が発せられた。


 その迫力に思わず尻餅をついてしまった俺と成金は、二人して情けなく、地べたから声の主を見上げる。


「うちの傷を気持ち悪い言うなぁええ。でも、夫さんの曲を馬鹿にしなんな!」


「……」


「おどりゃあ、さっきから黙って聞いとれば、ようなぁ好き勝手抜かしやがって! 夫さんがロリコン? んなわけなかろうが! どこに目ぇつけとんじゃ!」


 いつもの「ヒイイ!」「はう……」「~~ですう……」はどこへやら。


 八の字に垂れがちな眉は吊り上がり、丸まりがちな背中はシャキッと伸びて。


 恐らく岡山弁と思われる謎言語を繰り出し、成金を圧倒するその姿は、いつもの長瀬結衣とはまるで別人だった。


 あまりの迫力に、「妻さん、落ち着いて……」と声をかけることも忘れ、ただただ『覚醒』したその勇姿を、ぽかんと眺めることしかできなかった。


 それはきっと、成金拓也も。


「そもそも『結衣』って気安う呼び捨てにせんでくれる!? うちゃ夫さんの妻なんじゃ。アンタの顔なんか二度と見とうねぇ! とっとと岡山へいね(帰れ)! 駅前の桃太郎さんによろしゅうな!」


 シッ! シッ! と、何か汚いものでも追い払うかのように手を振りながら、成金の元へと歩み寄る。


「聞こえなんだのかおめぇ! はよいね!!」


 これが現実なのかどうかを理解できていないような、ひどく戸惑った表情を浮かべながら、地べたから身を起こすとそのまま、成金拓也はどこかへと去っていった。


 その姿をぼーっと見守り、ゆっくりと視線を戻すと、長瀬結衣は腰に手を当てまだブツブツ何か言いながら、玄関の外を睨みつけている。


 ……


 ……


 ……


「はっっっっ!!!!」


 あ、眉毛が八の字に戻った。

 顔が真っ赤になった。


 ドタドタドタ!!!


 我に返った長瀬結衣は、慌てて室内へと駆け込む。


 ガサガサガサ!!


 今度は何かを探しているらしい。

 ここでようやく、俺の顔にも笑みが戻ってきた。


 おいおい妻さんてば、結局自分で撃退しちゃったじゃん。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



「……」


 部屋に戻るとそこには、黒い目出し帽を被った強盗が、神妙に正座していた。

 

 その正面に、胡坐あぐらをかいて俺も座る。


「えーっと、強盗さん」


「……」


「なんというか、かっこ良かったよ」


「……!」


「さっきのは岡山弁?」


 (コクコクと頷く)


「なるほどね、キレると岡山弁になるんだ」


 (ガックリとうなだれる)


「さっきの見合い相手、親が選んだって前に言ってたけど。なかなかにイメージと違ったなあ」


「それは……」


 強盗、もとい長瀬結衣はその後、成金拓也との出会いから今までを、とつとつと語りだした。


 成金は最初、先程のような下品な感じではなく言葉遣いも丁寧で、第一印象も良かったらしい。


 たが見合いの途中、休憩から戻ると、電話で誰かにこう話しているのを聞いてしまった。


「顔に気持ち悪い傷はあるけど、いい体してるぜ」 と。


 そして長瀬結衣は、婚約を断った。


 ポニちゃんは、当日カバンの中に入れていったところを成金に見つかり、『可愛いから抱かせてくれ』と言ってきたので、つい渡してしまったとか。


 その時に恐らく、GPSを埋め込まれたのだろう。


「なるほど。でも婚約断って正解じゃない? さっきの暴言の数々を聞くと」


「そうですね……」


「妻さんの私物にGPSつけて、笑い者にしにくるのもやばいよ」


「はい……」


「でももしかしたら向こうも、さっきの妻さんの迫力を見て思ったかもよ。『こいつと結婚しなくて良かった』って」


「はう……。 はっ! まさか夫さんも!?」


「そうだね、危険を感じた!」


「ぐはっ」


「ウソウソ。まあちょっとはビックリしたけど、嬉しかった」


「え……」


 ゆっくりと、目出し帽の裾に手をかける。


「もしかしたら妻さん、成金が俺の曲を馬鹿にしたことに、怒ってくれたんじゃないかって」


「それは……」


「ありがとう」


 次第にあらわになる白い肌。潤む、琥珀色の瞳。


「今日の妻さんを見て思ったんだ。誰だって、自分の中に沢山の面を持ってるんだと」


「……」


「普段見せてる面なんて、ほんの一部でしかない」


「……」


「それは一緒に暮らす相手もそう。そういう意味では、結婚て人生最大の『ガチャ』なんじゃないかな。相手がもしかしたら、とてつもない爆弾を抱えているかもしれないんだから」


「爆弾……危険です!」


「そう、実は誰かと一緒に暮らすこと自体、とても危険なことなんだ。それこそ、不幸にだってなる。でも相手によっては、知らない面を知ってもそれでも、一緒にいたいって思えるのかもしれないね」


 目出し帽を脱いだ素顔の長瀬結衣をそっと抱きしめ、


「よく、頑張ったな」


「……ふええええええ!!!!」


 溢れる涙を、背中をさすりながら受け止めた。


 そのまま、涙枯れるまで。



 諦めモードの俺の人生。


 罵倒されようが、惨めな思いをしようが、慣れさえすれば、どうってことない。


 だけどそんな俺のために、長瀬結衣は怒ってくれた。


 初めて味わう感情だった。


 だって俺は――


 使いてられることばかりだったから。


「とりあえずさ、妻さん」


「……はい、夫さん」




「昼ご飯、一緒に作ろうか」


お読みいただきありがとうございます!


次回もどうぞよろしくお願いします♪


(毎日20時更新・完結保証・ハッピーエンド保証)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ