表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/11

棄憶 第2話「亀裂」

登場人物

蓮実凛/作曲家の卵

葛城沙織/メジャーデビューを目指すシンガーソングライター

「ねえねえ凛! 今日チケット10枚売れたんだけど!」


「え、すごいじゃん! てことは……」


「そう、残り100枚切った!」


 自然と、車内でハイタッチが起こる。


 今日のインストアライブは盛況だった。


 この辺りで最大級のショッピングモール、しかも大型連休中。条件は最高だった。


「帰ったら祝杯! 決まり!」


「おいおい、明日も朝から仕事じゃなかったか?」


「いいの。凛の家からなら駅も近いし」


「すっかり自分の家にしちゃってるな、俺の家を」


「ふふ……嫌じゃないくせに」


 信号待ちで停まると、静かに唇を重ねた。


 いつしか俺たちは、自然とそうなっていた。


 初めは沙織の家まで送っていたのが、俺の家で打ち上げをするようになり、そのまま泊まり始めて、気づけば同棲していた。

 

 普段は朝から晩までバイトする沙織。


 夢のため、野望のために働く姿に敬意すら覚えた。


 だからこそ。


 ブオオオオーー……!


「あ~~気持ちいい! 凛に髪乾かしてもらうの好きなんだ~~」


「あはは、今日もお疲れ様」


 ドライヤーの風で、艶やかな黒髪がさらりと揺れる。


「本当に助かる。髪乾かすのってマジで面倒なんだよね」


「長いと色々大変そうだよな」


「そう、だけど乾かしてくれるから楽! 凛が彼氏で良かった!」


「どういたしまして」


 座ったまま俺の顔を見上げ、ニカッと笑う沙織。すると、


 ピリリリリ!


 メールの着信音が響く。


 あの音は、俺が所属する作家事務所のものだ。


「ちょっと待ってて、すぐ戻る」


 スマホの待機画面で見ると、メールタイトルは『進捗のお知らせ』。


 本文を開くと、


『おめでとうございます! お預かりの楽曲が、人気アイドル『〇〇』のシングル表題曲で進行しています』


 と、書かれていた。


 進行?


 これってもしかして……!


「さ、沙織……」


「ん? どしたの?」


「俺、採用、取れたかもしれない……!」


「……えーー!!??」


 沙織が駆け寄ってくる。


 思わずスマホを見せようとしたが……すぐに引っ込めた。


「え、なになに、私には見せてくれないの?」


「ごめん、守秘義務があるんだ。リリース日までは誰にも話しちゃいけないって事務所から言われてる」


「えー、もう家族みたいなもんだし、別にいいじゃん~」


「家族にさえも言っちゃいけないんだ、ごめん」


「仕方ないな……でもおめでとう! すごいよ凛!」


「ありがとう。でもまだ現実なのか、信じられないな……」


 メジャーアーティストのリリース楽曲は「コンペ」といって、多数の楽曲を集めてその中から決めることが多い。

 

 有名アーティストやアイドルともなれば何百曲と集まる激戦を、俺が応募した曲がどうやら、勝ち抜いたらしい。


「進行」とは単なるリリース候補ではなく、もうその曲で制作作業が進んでいるという意味だった。


「いつかさ、私はアーティストで、凛は作曲で。オリコン1位争いしちゃうかも~~!」


「あはは、そうなったらすごいな!」


「私も頑張らないと。マジで今回のライブ、絶対に成功させる……!」


「ああ、俺も全力で手伝う」


「あと100枚、いけるよね?」


「いける。絶対にだ」


 そう、この時に語り合った夢は確かに煌めいていた。


 沙織のワンマンライブが満員になり、大成功を収めるまでは。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



「は!!?? 買い取り!?」


 ランチタイムのファミレスに、沙織の怒声が響く。


 原口さんはタバコをつけようとするが、禁煙席なことを思い出したのか、舌打ちして引っ込めた。


「いや俺もさ、色々と掛け合ったんだけどな。向こうは買い取りの一点張りで、一歩も譲る気なさそうなんだ」


「……でも、ライブ満員にしたらメジャーだって言ったの、原口さんじゃん……!」


「まあ、買い取りでもメジャーはメジャーよ。ちゃんとホームページにも載るし、CDショップにも並ぶ」


 沙織に提示されたのは「買い取り」といって、どちらかと言えば自費出版に近い形の契約だった。


 音楽番組への出演などの各種バックアップは一切なし。


 単に、メジャーレコード会社からCDを出す、それだけだ。

 

 しかも、自分で何千枚も買い取って。


「買い取りって……枚数どれくらいですか?」


 ヒートアップした二人をなだめるように、落ち着いたトーンで聞いてみたが。


 返ってきた答えは、余計に事態を悪化させるものだった。


「一万」


「え」


「一万枚だってさ」


 俺も、言葉が出なかった。


 何千どころか、一万枚?


 それ、何百万円だ……?


「ローンも組めるし、メジャーっていう箔がつく……」


 バンッッッ!!


 テーブルを叩いて沙織が立ち上がった。


 バッグから乱暴に財布を抜き出し、千円札を一枚置いて立ち去る。


「……」


 頬をかきながら、やれやれといった顔の原口さんが、俺を見てニヤリと笑う。


「すいません、失礼します……!」


 沙織にならい千円札を置いて、ファミレスを出た。


 入り口近くに停めた車の横で、膝に顔を埋めてうずくまる沙織。


「ひとまず、帰ろう……」


 一言も発さない沙織をなんとか助手席に乗せ、家路へと向かう。


 満員のワンマンライブ終了後。


 二人で抱き合って泣いた時に思ったんだ、こいつの人生はこれで決まった、と。


 だが原口さんが突きつけた現実は、俺たちが胸に抱いた無限の未来を、いとも簡単に打ち砕いた。


 さらに。


 ポツリ、ポツリと降ってきた雨。


 ワイパーのレバーに手をかけると、沙織はこう呟いた。


「私、原口さんと寝たの。メジャー関係者呼んでもらうために」


 動けなかった。


 フロントガラスが、雨でぼやけていく。


「それだけじゃない、ライブのチケット売り上げも全部原口さんに渡した。そういう契約だったから」


「なんだそれ……」


「何の実績もない私がホールでワンマンライブやって、そこにメジャー関係者呼ぶなんて、リスクでしかないんだって。だから、“保証”と“見返り”が必要だって……」


 怒りと混乱の中で、一つの筋が通った気もした。


『原口さん、葛城さんに結構力入れてますね。そういうの珍しい気がします』


 あの時、俺が聞いたことは実は、確信を突いていたんだ。


 原口さんは沙織と、取引をしていた……。


『ラブホテルなんかに連れ込むなよ』


 くそ、どっちがだ……!


 デビュー曲はどうするか、ツアーはどこを回るか、会場はどこにするか。


 ファミレスに着く前の、色とりどりの夢が溢れた行きの車内が嘘だったかのように、俺たちは一切の音を失った。


 その沈黙を破ったのは、やはり沙織だった。


「一万枚買い取りって、いくらかな?」


「は? マジで言ってんの......?」


「買い取りでも籍さえ置ければ、レコード会社の人に見つかるかもしれない。そしたらそこから……」


「わかってるだろ、買い取りって言われた時点でもう……」


「じゃあどうすんの!? 私はどんな手を使ってもメジャーに行きたいの! そうしないと東京に出てきた意味がない!」


 以前は止まるたびにキスをした信号待ちで、沙織は牙を剥いた。


「このまま何も成功できずに田舎に帰って、惨めに過ごすなんて絶対イヤ!」


「お前、そんな気持ちで音楽を……」


「凛にはわからないよ! 苦労知らずの凛には!」


「苦労知らずは言い過ぎだろ。俺だって散々、辛酸舐めてきた」


 こちらの言うことに片っ端から噛み付いてくる攻撃的な物言いは、初めてだった。


 だがこれまでも些細な喧嘩はあったし、その度に修復できた。


 降りしきる窓の外の雨も、いつかは止むように。


 今回も、きっと元に戻る。


 俺たちならきっと……。


「ねえ、凛」


「なんだ?」


 その時、沙織の目に俺はどう映っていたのだろう。


 彼氏? それとも、利用価値のある道具?


 そんな目をしていた。




「私も、作曲ならいけるんじゃないかな?」


お読みいただきありがとうございます!


次回もどうぞよろしくお願いします♪


(毎日20時更新・完結保証・ハッピーエンド保証)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ