棄憶 第3話「足枷」
登場人物
蓮実凛/作曲家の卵
葛城沙織/メジャーデビューを目指すシンガーソングライター
沙織は、なぜ今まで気づかなかったと言わんばかりに捲し立てた。
「そうだよ、作曲もできるし何なら作詞だってできる!」
「いや作詞作曲ができてもアレンジ、つまりオケ(伴奏トラック)も作り込まないとコンペには……」
「凛が作ってくれればいいじゃん」
「え……」
「凛、前に言ったよね。『関わった人がメジャーデビューしたら嬉しい』って」
「それはそうだけど、あれは……」
「だったらアレンジも手伝ってよ」
「……」
「楽曲提供で実績積んで、そこからアーティストとして突破口を開く。そういう手もアリだよね、私天才だわ」
「あのさ」
「なに?」
「曲さえ作れば、誰でもコンペ通るわけじゃないよ」
「は?」
空気が凍りついた。
俺はただ、事実を言っただけなのだが、どうやら沙織のプライドに触ったらしい。
「えっと、どういうこと? 私の曲じゃ採用されないって言いたい感じ?」
「それはクライアントが決めることだ。ただ、シンガーソングライターと職業作家は別物で……」
「え、メジャーの曲なんて全然大したことないじゃん。サビはいっつも同じコード進行だし。あんなの私だって書けるよ。違うのはサウンドのクオリティだけ」
「……」
「ねえ凛、お願い。もう少しだけ、私の夢を手伝って」
「……仕方ないな、乗りかかった船だ」
「やったー! 凛、大好き!」
このままでは終われない。
そんな気持ちが、俺の中にもあった。
原口さんに喰いものにされた沙織の悔しさを、一緒に晴らしたいという気持ちも。
アレンジ作業はある程度、ルーティン化できている。
沙織の曲自体も、ごくありふれたポップス曲。多少無理すればなんとかなる、そんな風に思った。
俺も多分、若かったのだ。
――それから一か月。
沙織の曲は、まだ一度も採用されていなかった。
むしろ、曲をコンペに出せてもいなかった。
俺を担当してくれている作家事務所の上野さんから、OKが出ないからだ。
楽曲提供なんて踏み台。そう思っていた沙織は、そのスタート台にすら立てない日々が続いた。
苛立ちの矛先は、俺のアレンジへと向かう。
「ねえ、このドラムとシンセ、前と同じじゃん。マンネリ化してるって」
「音色使い回さないと、俺と沙織の曲の同時制作は無理だよ」
「え、全然わかってない。大事なのはサウンドなんだって」
「だったら自分でやれよ」
「私だって本気出せばアレンジくらいできる。でも、その時間がもったいないでしょ」
「……」
「こっちはさ、魂込めて一曲一曲作ってるわけ。それを、使い回しの音色でありきたりのアレンジするとか、有り得なくない?」
「……ちょっと、気分転換に洗い物するわ」
「応援してくれるならさ、気持ちだけじゃなく形で示してよ」
言葉の途中で席を立ち、台所に向かった。
流し台に散乱する皿やコップに、ザッと水をかける。
同棲を始めた頃からバイトずくめだった沙織は日中、ほとんど家にいなかった。
なので家事は必然的に、俺の担当になっていた。
それは、沙織が『音楽に賭ける』と言って、バイトを全てやめた今も続いている。
家事、自分の曲制作、そして沙織の曲のアレンジ作業。
キャパオーバーし始めていることに、どこか気づかないフリをしていた。
だが……。
――キーーーン!!
「……なんだ?」
突然、右耳に強い耳鳴りが響く。
落としそうになった泡だらけの皿をシンクに置き、思わず右耳を押さえた。
徐々に収まりはしたが、耳鳴りは完全には消えない。
なんだか最近、聴力が落ちている気がする。
真正面から音を聞いても、右側だけこもって聞こえるのだ。
増え続ける負担とストレスは、着実にこの身を蝕んでいた。
「凛」
洗い物が終わりワークデスクに戻る俺に、沙織が声をかけてきた。
「やっぱり私、納得いかない」
「なにが」
「私の曲の何がダメなのかって。上野さんと直接話させてくれない?」
「……」
「プロの人に言われたら納得する。凛を通してじゃ、わからないままだよ」
「わかった」
ここまで沙織の曲が跳ね返され続けるとは、正直思ってもみなかった。
理由を、俺も知りたかった。
着信履歴をたどり、上野さんの番号に発信する。
プルルルル……
プルルルル……
「はい、もしもし」
「あ、上野さん、お疲れ様です」
「凛くんお疲れ様。どうしたの?」
「実は、このところ曲を聞いてもらってる沙織さんが、上野さんと話したいそうなんです。いま隣にいるんですけど、大丈夫ですか?」
「あー、いいよ全然」
「すいません、それじゃ……」
沙織は奪うように俺のスマホを手にし、耳に当てる。そして、
「初めまして! お世話になってます沙織と申します~!」
先程までの低く不穏な声とは真逆の、高く溌剌としたトーンで話し始めた。
「はいはい、お世話になってます。で、話って?」
「いつも曲を聴いてもらってますよね、お忙しいところありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
「それで、無礼を承知でお聞きしたいんですが、私の曲、どこがダメなんでしょうか……?」
「……正直に言っていい?」
「はい、お願いします!」
「パクリだからだよ」
上野さんがその一言を放った瞬間。
ピシッ……と、部屋の空気がひび割れた気がした。
「……は?」
「君の曲、全部パクリなんだよ。どこかで聞いたメロばっかり、特にサビ」
「え、いや……」
「いい曲のパーツを寄せ集めて形にしてるだけで、ただの出来の悪いハリボテなんだよね。なんかね、『こういう曲作っとけばいいんでしょ』っていう魂胆が見え見えなんだよ。そもそもさ、」
「……」
「アレンジを人に任せる段階で、ちょっと舐めてるよね。もう今は、作曲者がアレンジまでできるのが当たり前の時代なんだよ? 作曲でプロになりたいなら、メロだけじゃなくイントロからアウトロまで、オケ含めたトータルで提案できないと」
沙織はもはや、スマホを耳から離していた。
「凛くんはね、今までずっとコンペに出し続けて、何十曲とボツになって、やっとこの前採用を取れたんだ。しかもいきなり大物のシングル表題を。ウチとしても、ぜひこれから頑張ってもらいたい人材なんだよ」
「……」
「君の曲のアレンジ作業ははっきり言って、凛くんにとって足枷でしかない」
「……」
上野さんの声は多分もう、届いていない。
「最後に聞きたいんだけどさ」
「……」
「君、なんで音楽やってるの?」
プツッ……
沙織は無言で、通話を切った。
あまりにも重苦しい空気。
重すぎて、窒息しそうだ。
「どうしよう」
「……?」
ゆっくりと、沙織がこちらを向く。
「人生最悪の気分なんだけど」
その目は、一切の光を失っていた。
「――責任、取ってくれる?」
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