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追憶 第1話「何者」

登場人物

蓮実凛/作曲家の卵

???

「すいません! 私のワンマンライブ、手伝ってくれませんか!?」


 知り合いに音響を頼まれた、ショッピングモールでのインストアライブの終了後。

 キミサーの前で一息ついていると、ふいに声をかけられた。


「えっと、葛城かつらぎ沙織さおりさんだったっけ? ギター弾き語りの」

「はい!」


 輝く笑顔と長く美しい黒髪に、目を奪われた。


 今日の出演者の一人、葛城沙織。

 思えば確かにライブ中、今度ワンマンライブをやると告知していた。


「手伝うって、何を?」

「音響です! 今日すっごい歌いやすかったし、ギターのリバーブも最高でした! 曲によって何か変えてました?」

「ああ、リバーブタイム(残響の長さ)は変えてたけど」

「そうだったんだ! 初めてなのに曲の世界観をわかってくれてる気がして、それも嬉しかったです!」

「独学だけどね」

「え!?」

「専門学校に行ったり、誰かに習ったわけでもない。スピーカーから聞こえる音を自分なりに整えてるだけ」

「天才ですね!」

「大袈裟だな」

「ちょっと、違う席で話しませんか?」

「いいけど、飲み物だけ買ってきてもいいかな?」

「了解です! フードコートのテーブルに移動してますね!」


 ギターケースを背負った後ろ姿を見送り、自販機に向かう。

 迷った末にジンジャーエールにすると、誰かにポンと肩を叩かれた。


「凛君、今日はありがとね~~。音響良かったよ」

「あ、原口さん。お疲れ様です」


 声をかけてきたのは今日の主催者である、イベンターの原口さんだった。


 人手が足りないらしく、時々俺にバイトで音響を頼んでくる。

 いつもタバコ臭いし、人使いも少々荒いが、

 大物アーティストの地方巡業も手がけるやり手のイベンターでもある。


 つながっておいて損はないし、まだ音楽であまり稼げない今は、バイト代も割とありがたい。 


「沙織ちゃんに声かけられてたじゃん」

「ああ、ワンマンで音響やってくれないかって。困りました」

「ははは、ずいぶん気に入られたもんだ」

「彼女のワンマンも原口さんの仕切りですよね? 会場どこですか?」

「市民文化センター」

「うわ、そこそこ大きいですね。もちろん音響いますよね?」

「そりゃそうだよ。音響から照明から全部、もう手配してある」

「ですよね。じゃあ適当に断っておきます」

「ちょい待ち」


 立ち去ろうとした俺を、原口さんが引き止める。


「本番はさておき、インストアライブの音響を手伝ってやってくれないか?」

「え?」

「実は今度のワンマン、メジャー関係者も見に来る」

「すごいじゃないですか……!」

「そう、沙織ちゃんにとっちゃ大勝負なわけよ。だが、チケットの売れ行きが良くない」


 市民文化センターの収容人数キャパは確か、300人前後だった気がする。


 どれくらいファンがついてるかはわからないが、一人で300枚のチケットを捌くのは結構大変だ。


「ガラガラじゃ格好つかないだろ? だから今日みたいなインストアにバンバン入れてやりたいんだが、ウチも人手不足でな」

「なるほど」

「だから凛君が音響やって、沙織ちゃんと一緒にあちこち周ってくれたら助かるわけよ」

「となると、手伝いは音響だけじゃないですよね?」

「お、よくわかってるね~~! そう、スピーカーやアンプとかの機材も運んでほしいんだよね」

「はは、ですよね……」

「つまり音響が出来るプラス、車も持ってて機材も運べる人が必要なわけ。凛君なら適任も適任、沙織ちゃんも心強いよ~~」


 ここでふと、疑問が湧いた。


「原口さん、葛城さんに結構力入れてますね。そういうの珍しい気がします」

「まあ、地方から出てきて一旗上げようって心意気はなんつーか、心打たれるよね。俺も地方出身だから、余計にな」

「なるほど。じゃあ少し話を聞いてみます」

「頼むよ~~」


 ニヤケた顔で手を振る原口さんの元を離れ、家族連れで賑わうフードコートへ向かう。


 メジャーデビューを懸けたワンマンライブ、か。

 出演者としての道を断念し、曲制作の専門にまわった俺にとっては、どこか羨ましい話でもある。


 作曲家としてはまだまだ芽が出ず、今日みたいな小銭稼ぎを続ける日々。

 葛城沙織の勢いが、やけに眩しく感じた。


 笑顔で手を振る彼女のテーブルに、

 ジンジャーエールを片手に座る。


「お待たせ。原口さんにつかまっちゃって」

「いえいえ! 話長いですよね、原口さん」

「でもおかげで色々事情聞けたよ。ワンマン、成功させたいね」

「あ、聞きました? メジャー関係者のこと」

「そうそう。すごいチャンスだ」

「じゃあ、手伝ってくれますか……!?」


 ぐっとこちらに身を乗り出し、不敵に笑う。


 清楚な見た目と相反する野心。


 原口さんからバイト代ももらえるし、何より、

 俺が彼女自身に惹かれつつあるのを、

 止めることができなかった。


「ああ、手伝うよ」

「え、本当ですか!!??」


 突然の大きな声に、周りの客が驚いてこちらを見る。


「しっ! 声がデカいって!」

「……すいません。でも、本当に手伝ってくれるんですか……!?」

「本当だよ。自分が関わった人がメジャーデビューしたら嬉しいしね」

「やったーー!!」

「だから、声が大きいって」


 子供のような反応に、思わず苦笑した。


 午後の柔らかな光が、葛城沙織の笑顔を包む。


 無邪気に笑うその姿が眩しく、

 愛らしく見えた。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 今日、会場で使った音響機材一式をそのまま借りることになり、

 原口さんを加えた三人で、後部座席を倒した俺の軽自動車に積み込む。


「じゃあよろしくな、凛君。ラブホテルなんかに連れ込むなよ」

「原口さんじゃあるまいし。ちゃんと送りますよ」


 軽く会釈したあとアクセルを踏み、ショッピングモールを後にした。


「ふーー、やっと解放された」

「あはは、お疲れ様でした!」


 夕暮れの帰り道は、渋滞の赤ランプが群れをなす。

 だがそれがむしろ、音楽活動談義に花が咲く車内には都合良かった。


「弾き語りだと一人で大変でしょ」

「はい。でもバンドだと長続きしなくて。やりたい方向性がメンバーと合わなかったり」

「わかる。モチベーションも違うしね」

「そうなんです! ノルマのチケットも全然売らないし、練習してこないし!」

「いるいる。なのにやたら偉そうだったり、口だけは一丁前だったり」

「『俺は世界を目指してるぜ!』、みたいな!」


 二人で、声をあげて笑った。


 その後もしばらく『バンド活動あるある』だったり、好きなアーティストだったりを語り合う中で、

 いつしか旧知の仲のような雰囲気ができつつあった。


「凛さんはもう、ステージには立たないんですか?」

「うーん、曲作る方が向いてるかなって。あんまり人前に出るのも好きじゃないしね」

「イケメンなのに?」

おだてても何も出ないぞ。ところでさ」

「何ですか?」

「葛城さんて、なんで音楽活動始めたの?」

「何者か、ってやつになりたいからです!」

「え?」

「田舎に生まれて、このままずっとここにいるのかって思うたび、気が狂いそうだった。だから東京に出てきて、絶対成功してやろうって」

「なるほどね」

「私、曲もすぐに作れるし、路上ライブやればどんどん人集まるし。これ、いけそうだなって思ったんです」

「そうだな、誰にでもできることじゃない」

「なんというか、音楽って簡単だなって」


 簡単?


 強烈な違和感が、高揚した心に突き刺さる。


『若いな』、なんて思って流したが、

 この時、気づくべきだったんだ。



 彼女が、音楽を愛していないことに。


お読みいただきありがとうございます!


次回もどうぞよろしくお願いします♪


(毎日20時更新・完結保証・ハッピーエンド保証)

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― 新着の感想 ―
そういや日常会話でリバーブなんて使わないなーなんて思いました! それより…音楽を愛してない…だと…!?
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