第5.5話「獲物」
登場人物
長瀬結衣/家出お嬢様
時は少し遡り――
夫さんがバッグから取り出したのは、ギターでした。
良かったです、ライフルだったら私、
「妻さん、ちょっと獲物の鹿の代わりやってくれないかな」
なんて言われて、バキュンと撃たれていたかもしれません。
……いえ、わかっています。
出会ってまだ一日も経っていないけど、きっと夫さんはいい人です。
両親が用意してくれた、
間違いないはずだった『幸せ』で、
私は傷ついてしまった。
けどそれは、私がいけないんでしょうか。
「気持ち悪い」と言われたくらいで、傷ついた私が。
世の中には、日々を生きるだけで精一杯な人が沢山いる。
そうした方々に比べれば自分はとても恵まれている、それはわかっています。
だから少しくらい辛いことがあっても、我慢しないといけないのだろうと。
「気持ち悪い」と長年言われ続けても、もっと苦労している方からすれば、
「それくらいなんだ!」とお叱りを受けるのでしょう。
それでも――やっぱり悲しい。
苦しい。
辛いです。
そう思うのは、私がいけないんでしょうか。
色々考えていたら、
両親が言う幸せだとか不幸だとかも含めて、
何が正しいのかわからなくなって。
家を飛び出して、夫さんの元へ走りました。
夫さんが書いた「おかえり」が、いや夫さんが、
その答えをくれる気がしたから。
いきなり婚約だなんてこちらも色々と変かもしれませんが、
夫さんも結構変な人です。
今だってほとんど初対面なのに、夜の湖に連れてこられて。
でも……星だって。
私の傷を、星だって言ってくれて。
そのままでいいって言ってくれて。
本当、変な人です。
変な人だけど……
〽︎
眠れない街を出て
あ……。
話し声と全然違う、高い声。
その歌声を聞いた瞬間、目を閉じました。
危険!
本能がそう言ったのです。
でも塞ぐべきは耳だったんだと、後々気づきました。
〽︎
夜空に涙、溶かせば
聞こえてくるだろう 星たちの、おやすみ
流れる雲が導く
星たちの、おやすみ
ああ、マズイです。
被弾しました。心臓に。
だってあなたは、私が眠れなかっただけで、
こんな優しくて綺麗な曲を作ってしまうんですから。
『涙溶かせば』って、
一言も言ってないのに、一度も泣いてないのに、
どうして私が悲しんでるってわかったんですか。
やっぱり「おかえり」を書いた人なんですね、あなたは。
そんなあなたが、私だけのために聞かせてくれた歌。
どうしましょう。
私いま、多分、幸せです。
というか私、夫さんのこと……。
……。
油断しました。
やっぱりライフルだったんじゃないですか、そのギター。
これじゃまるで、撃ち抜かれた獲物です。
そう、これじゃ私が
「鹿さんです……」
お読みいただきありがとうございます!
次回もどうぞよろしくお願いします♪
(毎日20時更新・完結保証・ハッピーエンド保証)




