第5話「地獄」
登場人物
蓮実凛/売れない作曲家
長瀬結衣/家出お嬢様
消え入りそうな長瀬結衣の声は、どこか申し訳なさげだった。
「色々あったもんな」
「はい……」
「布団の生地が合わないとか?」
「いえ、パジャマもお布団もバッチリです! バッチリなんですが……」
「寝つけない、と」
「はいぃ……」
「……ドライブでもするか」
「……はぇ!?」
俺の言葉が予想外すぎたのか、
すっとんきょうな声が響く。
「こういう時はすぐには寝れないだろ、いいとこ連れてってやるよ」
「ま、まさか、夜の山に捨てる気ですか……!?」
「まあ、そんなとこかな。ふふふ」
「ヒイィ! 一貫の終わりです!」
「冗談だよ、でも夜だからな、ちょっと怖いかもな」
「ご愁傷様です……」
「それ俺が言うセリフ。じゃあ支度して出発しよう」
「南無阿弥陀……」
明かりをつけ、パジャマから黒パーカーに着替えた俺たちは、
玄関を出て駐車場へと向かった。
「お車、お持ちだったんですね」
「ああ、軽だけどな」
「軽……!」
「そう、軽自動車」
「けけけ、けい!」
「そうそう」
顔を引き攣らせて立ち止まる。
「どうした?」
「しょ、衝突安全性が……皆無ッ!!」
「ひどい言われようだ」
「追突されたらオシマイです!」
「そんなの、どんな車でも無傷じゃ済まないよ」
「地獄への特急券、一枚お願いします……」
「怖がる割にノリはいいな。さ、乗った乗った」
駐車場に止まった愛車、10年以上乗っている四菱bkワゴンに乗り込み、シートベルトをするが……。
長瀬結衣はドアの外に立ったまま、コンコンとノックしてくる。
何事かと、もう一度車外に出た。
「あの……ドアが開きません」
「そりゃ自分で開けないと。ほらこうやって」
ガチャッ
「なるほど! すみません、自動車のドアを自分で開けたことがなくて」
「ほほう。では姫、ボロ馬車ですがどうぞ」
仕方なく、ドアマンになってやる。
さすがにシートベルトの締め方はわかるよな?
「お邪魔します……わ、意外と広いんですね!」
「そうそう、軽って天井高くて、割と車内空間広いんだよね」
エンジンをかけパーキングブレーキを下ろし、“地獄”へのドライブは出発した。
ここから目的地までは大体40分くらいか。
「もし眠くなったら寝ていいからね」
「いけません! 運転してくださってるのに助手席で惰眠を貪るなど!」
「は、はあ……」
「車外の危険は私が察知し、即、報告します!」
「た、頼もしいです……」
そう言って背筋を伸ばし、窓の外をじっと睨んでいたものの……
「……zzz」
わずか1分後、長瀬結衣は熟睡を始めた。
なんだ、これじゃ連れ出した意味ないな。
苦笑いしつつ、それでも折角だからとそのまま車を走らせる。
ブオオオーー
タワマンが立ち並ぶ街を過ぎ、住宅街の曲がりくねった道を抜け、徐々に家も灯りも少なくなっていく。
最後は緩やかな坂を上り、右手にある駐車場でゴール。
夜で交通量が少なかったせいか、30分ほどで辿り着いた。
長瀬結衣は首をわずかに傾け、すやすやと寝息を立てている。
「妻さん、着いたよ」
軽く揺すって起こす。
「う……ん……もう着いたんですか、地獄って割と近いんですね」
「ああ、結構ご近所だったらしい。しかしよく寝てたね」
「……はっ!!」
寝ぼけ眼がカッと見開かれた。
「私としたことが、何たる無礼!!」
「全然、ノープロブレム」
「すみません、この自動車の微妙な揺れがなんだか心地よくて、つい……」
「はは、1/fゆらぎってやつだな。起きれる?」
「はい、寝たので元気いっぱいです!」
「それは良かった。ちょっとそのまま座っててくれる?」
「はい」
運転席を出て、バックドアを開けて中から、
ケースに入った黒くて長い“あるもの”を取り出し、背負う。
助手席のドアを開けてやると、
長瀬結衣は恐る恐る、車外へと足を踏み出した。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「夜、です……」
「夜だな」
「暗いです……」
「暗いな。でもトイレの灯りはついてるぞ」
「あ、あちらの煌びやかな建物はなんでしょう? もしかしてあそこに?」
「あれはラブホ。ラブホテル」
「ほ……」
暗闇の中でも、顔が赤くなったのがなんとなくわかる。
「残念ながら行き先はあそこじゃないよ。ついてきて」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうしたどうした」
「なんですかその、背中に背負ったブツは!? まさか……狩り!?」
「どこがスナイパーライフルだ。もっと平和なシロモノだよ」
「そうですか、平和が一番です……」
駐車場を出て、小道を並んで歩いていく。
昼に来ればただの公園みたいな場所だけど、
夜だと暗闇の中に立つ木々が、異様な不気味さを醸し出している。
「ひええ、真っ暗です! まさに地獄への入り口です!」
「確かに暗いな、懐中電灯あった方が良かったかもな」
「あの、こうしても宜しいでしょうか……?」
俺がOKを出す前に、腕にがっしりとしがみついてきた。
「ああ、暗いもんな。怖い?」
「怖いです……」
「じゃあ目を瞑ってたら? 俺は道がわかるから、安心してよ」
「はいぃ……!」
ちょうど、右手にあるフェンスの向こうに“それ”がちらちら見えてきた。
が、長瀬結衣はひたすらブルブル震え、必死にしがみつきながら歩いている。
そのままフェンス越しに歩くこと数分。
視界が一気に開け、足元はアスファルトからタイルへと変わった。
そろそろいいかな?
「よし、目を開けてみて」
「わあ……!」
長くまっすぐ伸びる堤防の右手には、
月光煌めく湖面が広がっていた。
「湖、です……! 綺麗です……!」
雲が流れる、蒼い夜空。
散りばめられた星たち。
夜風に髪をなびかせながら、目の前に広がる雄大な湖を眺める長瀬結衣。
その瞳はすっかり輝いていた。
「ね、いいとこでしょ?」
「はい! あ、反対側には夜景が!」
堤防の左手には、まばらに家々の灯りが煌めく。
派手な夜景ではないけれど、人々の営みが作り出す、温かな輝きだ。
しばらく歩くと、ベンチが3つほど並んでいた。
背負ってきた荷物を下ろし、真ん中のベンチに二人で座る。
さて、と……。
「妻さん」
「なんでしょう夫さん」
「ここへは、ただ湖を眺めに来たんじゃない」
「?」
「子守唄を作りに来たんだ」
「子守唄、ですか?」
「ああ。寝れない妻さんのために、作りかけのメロディーに詞をつけようって」
「え……」
「ここに来ると、創作のインスピレーションが湧くんだ」
「なるほど、それでドライブを!」
「そろそろ背負ってきたブツの出番かな」
「ヒェッ! 私は鹿さんじゃありません!」
傍においた荷物のジッパーを下ろし、中からそれを取り出す。
「あ……ギター!」
「あはは、俺も平和が好きなんだ」
そう、背負ってきたのはアコースティックギター。
安物でボロボロだけど、いつも車に積んでいる相棒だ。
軽くチューニングして、分散和音を爪弾く。
「ギターの生音を聞くの、初めてです……! いい音です……」
「このギター、リサイクルショップで3000円だったんだ」
「えええ! そんなに安いんですか!」
「掘り出し物を運良くゲットした。さて、寝れない妻さんと夜空か……」
しばらくアルペジオを繰り返しながら、心の中で言葉を紡ぐ。
不眠。夜。星。
子守唄。
浮かぶキーワードを拾い集め、メロディーに当てはめていく。
夜風に流れる雲。
長瀬結衣に感じた、悲しみの欠片。
……
……
……
よし、歌ってみるか。
ひとつ、咳払いをして……
〽︎
眠れない街を出て 夜空に涙、溶かせば
聞こえてくるだろう 星たちの、おやすみ
流れる雲が導く
星たちの、おやすみ
「……こんな感じかな。どう?」
なかなかの出来につい、顔を綻ばせながら隣を見ると……
「え、寝てる?」
なんと、長瀬結衣は目を閉じていた。
いや、子守唄としては成功、なのかもしれないけど。
思わず苦笑いし、その後も何度か歌を口ずさむ。
「鹿さんです……」
「ん? 寝言か?」
何か言ったような気がしたが、気のせいか。
「妻さん、そろそろ帰ろうか?」
「はい……」
声をかけると意外にあっさりと起きた。
ギターをケースにしまって背負い、
長瀬結衣がベンチから立ち上がるのを待つ。
帰りは目を瞑らなくても、俺にしがみつかなくても大丈夫そうだな。
と思っていると、無言で腕を絡めてきた。
寒いのか?
「夫さん」
「はいはい妻さん」
「地獄はなかなか怖かったです。なので」
「なので?」
「帰ったらもう一度、子守唄聞きたいです……♡」
お読みいただきありがとうございます!
次回もどうぞよろしくお願いします♪
(毎日20時更新・完結保証・ハッピーエンド保証)




