第4話「刻印」
登場人物
蓮実凛/売れない作曲家
長瀬結衣/家出お嬢様
「ふ~~、やっと着いたな」
「まさに三千里の道のりでした……」
「いや1キロもなかったが」
とはいえ、重い荷物を抱えての帰宅はなかなか骨が折れた。
寝室に荷物をドサっと置き、二人してふーーっと息を吐く。
「さてどうする、先に風呂入っちゃう?」
「こ、混浴ですか……!?」
「そう聞くと温泉みたいだな。いやいや、別々だよもちろん」
「せ、セーフです……」
「じゃあ軽く掃除してお湯張るから、買ってきた商品の値札とか切っといてもらえる?」
「ラジャーです!」
敬礼のポーズをしてきたので、こちらも敬礼で返した。
値札を切るためのハサミを渡した後、浴槽をざっと洗って給湯器のスイッチを押し、リビングに戻る。
「いまお湯張ってるからもう少し待ってね」
「ありがとうございます……」
返事する声はどこか、ぼんやりしていた。
よく見ると、正座をしたままこっくりこっくり船を漕いでいる。
「……眠い?」
「い、いえ。大丈夫です……」
そう言いつつ、再びこっくりこっくり。
瞼が重力に完全に負けている。本当に大丈夫か……?
心配していると、風呂が沸いたことを知らせるチャイムが聞こえてきた。
「タオルは出しておいたのを使って。まあ、ゆっくり温まってきてよ」
「ありがとうございます。お先に失礼します……」
ぺこりと頭を下げ、長瀬結衣はふらふらと浴室へ向かっていった。
本当に大丈夫かな?
不安を抱えつつ、買ってきた布団を畳んだりしているとやがて、シャワーの音が聞こえてきた。
ひとまず安心し、ソファに腰を下ろす。
「……ふう」
今日一日、というかたった数時間でなんだか色々ありすぎた。
目出し帽。婚約。そして、『検証結婚』。
向こうの気が済めば解消される、仮初めの関係だ。
ふと、エモスマイルの枕を抱きしめる笑顔が脳裏に浮かぶ。
いやいや、目出し帽被ってるんだぞ?
冷静に振り返ってみると、可愛いとか思った自分がなんだか情けない。
それでも、まあ……。
楽しかった……かな?
――カチャ……
色々と思考を巡らせていると、浴室の扉が開く音がした。
良かった、風呂で寝ることはなかったみたいだ。
ブオオオー……
スマホを取り出し、ネットニュースに目を通していると、ドライヤーの音が聞こえてくる。
リラックスしながらスマホをいじっていると、ふいにドライヤーの音が止んだ。
そして、
――ドサッ……
鈍い音が、浴室から聞こえてきた。
……なんだ?
もしかして、何かあったのか?
スマホを放り出し、急いで脱衣所へと駆け込む。
「どうした、大丈夫か?」
ノックをしてみたものの、返事はない。
風呂上がりという状況に一瞬ためらったが、この際、迷ってはいられない。
脱衣所のドアに手をかけ、ゆっくりとスライドさせる。
まず目に飛び込んできたのは、足元に転がるドライヤー。
そして……
「……っ!」
言葉を失った。
倒れていたのはバスタオル一枚を体に巻いた、ショートヘアの少女。
ただ、床に広がる髪の色は、満月の月明かりのような、美しい白金色だった。
「……」
外国人? いや、ハーフ……?
白く美しい肌、整った顔立ち。
そしてふと気づいた。
右目の下に――
薄い、小さな十字傷があることに。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「星……?」
そう、俺にはそれは傷ではなく、まるで夜空に輝く一粒の星のように見えた。
「う……ん……」
観察していると、長瀬結衣の瞼がゆっくりと開く。
そして、視線が交わった瞬間、
「びょええええええ!!!」
その美しい容姿には全くもって似つかわしくない雄叫びが、鼓膜を直撃した。
俺の手を振り払い、脱衣所の隅に飛びのいて、両手で顔を覆って叫ぶ。
「嫌だ! 見ないでください!」
「なんで」
「いやです、いやだ、いや……! こんな気持ち悪い傷、見ないで……!」
「どこが気持ち悪いんだ」
「え……」
僅かに開いた指の隙間から、チラリとこちらを見た。
「なんか、俺には星みたいに見えたんだ、その傷」
「ほ……し……?」
「ああ、星だ」
「……」
ゆっくりと警戒をとき、こちらに向き直る。
改めて、目出し帽のない長瀬結衣をそこに見た。
白金色のショートヘア。
琥珀色の瞳と、右目の下の十字傷、いや星。
もしかして、目出し帽を被っていた本当の理由って……。
いや、今は聞くべきじゃない。
本人が語りたくなったら、その時に聞けばいい話だ。
それよりも。
「妻さん、提案なんだが」
「なんでしょう……」
「目出し帽、もし良かったら脱がないか?」
「え……」
「あ、もちろん妻さんが嫌だったらそのままでもいいんだけどさ。俺は妻さんの素顔を見ていたいって、そう思うんだ」
「……」
「音楽やってるとさ、見た目が奇抜な人なんてうじゃうじゃいるよ。だから俺にとって、顔に傷があるくらいなんともない。傷も含めて、そのままでいい」
「……」
「それになんていうか、得だなって」
「とく?」
「うん。妻の顔で星を見れる夫なんて、得だって思った」
呆気にとられる長瀬結衣。
マズイ、変なこと言ったかも……。
「へん……です」
「だよね……」
「星なんて言った人、初めてです……」
「ごめんごめん、取り消すよ」
「いえ……変だけど、ちょっと嬉しい……です」
そう言うと、ほんの少しだけ微笑む。
「え、じゃあ……目出し帽、脱いでくれるのか?」
コク……
上目遣いでこちらを見ながら、小さく頷いた。
「ありがとう」
「いえ、夫さんがそれでいいなら……」
「そういえば、倒れてたけど大丈夫?」
「すみません、お湯に浸かり過ぎてしまったみたいで……」
「ああ、のぼせたのか」
「はい......」
「じゃあ目出し帽脱いでくれるお礼も兼ねて、髪、乾かそうか?」
「髪を? 夫さんが?」
「ああ。立つのもしんどいだろ、そのまま座ってていいよ」
ドライヤーのスイッチを入れ、白金色の髪に指を通す。
綺麗で滑らかで、染めたわけじゃなさそうだ。
本当に外国人、もしくはハーフなのか。
顔の傷を見られた時の、異常なまでに怯える姿がなんだか、頭から離れない。
しかし、頭皮を通して伝わってくる体温がやけに温かいな。
風邪ひいてないといいけど。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「どう、ですか……?」
エモスマイル柄のパジャマに着替えた長瀬結衣が、恥ずかしげに俯く。
「やっぱりこんなの、子供っぽくて変ですよね……」
「可愛いじゃん。似合ってるよ」
「はう……」
頬をさらに赤らめて俯く。
いや、普通に可愛いし何より、目出し帽を脱いだことでちゃんと「女の子」だと認識できる。
「布団も敷こうか」
「はい!」
長瀬結衣の布団敷きを手伝いながら、俺も自分のマットレスを隣に敷く。
ほどなくして、エモスマイル柄のポップな布団の横に殺風景な無地の布団が並ぶという、コントラストの強い寝床ができあがった。
「まあこんなもんか」
「……」
「ん? どうした?」
「並んで寝るの……まだちょっと恥ずかしいです……」
「あ、なるほど……じゃあ、枕の位置を逆にしようか? 俺がこっちに枕を持っていって……」
というわけで、布団は並ぶが枕の位置は逆という、これまた違和感強い配置に仕上がった。
「これでどう?」
「はい、これなら大丈夫そうです……!」
「それは良かった」
「あの、もう一ついいですか?」
「いいよ」
長瀬結衣は持ってきたリュックに駆け寄ると、中からぬいぐるみを取り出した。
犬、見た感じトイプードルのぬいぐるみだ。
「これがないと、眠れなくて……」
「なるほど。可愛いね、名前とかあるの?」
「ポニちゃんです」
「ほう。由来は?」
「午年に買ってもらったので」
「犬なのに、馬……ごめん」
笑いをこらえるため、顔を背け口元を抑える。
「ああ! 笑いましたね!」
「ごめん、ネーミングセンスが秀逸すぎて……」
「ひどいです~~! ポニちゃんあっての私なのに!」
プンプンと頬を膨らませるがおかげで、少しぎこちなかった空気がほぐれた気がする。
ほどなくして、それぞれ真逆の方向から布団に入った。
「じゃあ、電気消すよ」
「はい!」
「おやすみ」
「おやすみなさい……!」
室内灯を消し、暗闇が二人を包む。
「夫さん」
「ん?」
「気持ちよかったです」
「は!?」
だ、脱衣所で介抱した時、どこか触ったりとかしてないよな?
胸、とか……。
必死で記憶を辿る。
「髪を乾かしてもらっている時」
「なんだ、びっくりした……」
「ありがとうございました」
「いえいえ。今度こそ寝よう、おやすみ」
「はい、おやすみなさい……」
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
「夫さん」
「ん……?」
「寝れません……」
お読みいただきありがとうございます!
次回もどうぞよろしくお願いします♪
(毎日20時更新・完結保証・ハッピーエンド保証)




