第3話「魔境」
登場人物
蓮実凛/売れない作曲家
長瀬結衣/家出お嬢様
シチューの美味しさに緩んでいた口元が、真一文字に引き締まる。
「き、来ましたね、夜の生活が……!(ゴクリ)」
「ああ、俺そういうの興味ないから大丈夫。安心安全」
「そうなんですか?」
「男が全員、ケダモノって訳じゃないよ」
「なるほど……」
「なんなら俺がソファーで寝てもいいし」
「それは申し訳ないです! 今からでも寝床を調達します!」
そう言うとスマホを取り出し、せっせとフリックを繰り返す。
通販で買う気か? さすがに即日配達は難しいだろ。
「あのさ、だったら買いに行かないか?」
「ベッドを、ですか?」
「ベッドじゃなくて、布団を」
「いいですね、お布団! おばあちゃん家みたいです!」
「はは、おばあちゃんか」
「さあ、布団を買いに行きましょう! 一体どこへ?」
「ファッションセンターしまくらだよ」
「ふぁ?」
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
アパートを出て『しまくら』へと向かう、薄暮れ時の散歩道。
小川に沿ったコースを歩いていると......
「ヒッ……」
通りすがりの人たちから、時折小さな悲鳴が聞こえる。
なにせ外出時も変わらず、黒い目出し帽装着。
辺りが暗くなってきたせいもあり、
さぞかし不気味に見えているだろう。
「なあ、なんで目出し帽なんて被ってるんだ?」
「淑女の嗜みです」
「どんな嗜みだよ」
よくわからないけど、きっとこれも何か理由があるんだろう。
常人には理解し難いが......。
「ところで夫さん」
「なんでしょう妻さん」
「しまくらって確か、服屋さんではないのですか?」
「そうだね、確かに服を売っているお店だ。だが、服だけを売っている訳じゃない」
「??」
「ま、実際行ってみりゃわかるよ」
「なるほど、未知の世界、武者震いしますね……!」
「その風貌に震えるのは店員の方だろ」
そうこうしているうちに、外装ガラスに安売りセールのチラシがびっしり貼られた、しまくらの店頭へと辿り着いた。
「白地に映える真っ赤な店名。ただならぬ気配を感じます……!」
「お、タオルが7枚で1000円だって。買っとこうかな」
貼られたチラシを軽くチェックし、店内に入ろうとしたが、長瀬結衣はまだチラシを見ている。
「何か気になるものでもあった?」
「……安すぎます! すごいです! パーカーが税込770円です!」
「ふふふ、驚くのはまだ早い。さ、入ってみよう」
「お邪魔いたします……!」
従業員の警戒目線を浴びながら入店すると、まずは靴売り場に反応を示した。
「え、靴です! しかも一足2000円です!」
「さすがしまくら安心価格」
「パンプスから長靴まであります! わ、こっちにはアクセサリー、傘もあります!」
「最近はメンズの日傘も結構あるな。しかも晴雨兼用なら使いやすい」
「すごい、服だけじゃなく生活用品も沢山売ってるんですね!」
すっかりしまくらの魅力にとりつかれたらしい。
店内の物を見ては値札に驚きつつ、楽しんでいるようだ。
「こっちに来てください! 数珠まで売ってます!」
「本当だ、喪服にバッグやネックレスも売ってる。超高齢化社会だからな、急に必要になることも多くなってるのかもな」
「なるほど……」
「でも、いざとなったらしまくらに駆け込めばいいわけだ」
「頼もしいです!」
「うん、心強いよ。そういえば、着替えって持ってきてる?」
「……いえ、一張羅です」
「ずいぶん急な家出だったんだな。下着も?」
「はい……」
「じゃあ下着も買ったら? あ、3枚で1000円だって、あれいいじゃん」
“広告の品”と値札に書かれた、青・ピンク・グレーのボーダー柄ショーツ3枚セットを指差す。
「きき、ききききき……!」
「?」
「危険です! やはり男の人は危険です!!」
「なんで!?」
「じょじょじょ、女性の下着を一緒に選ぶなど! そんなことされたら……もうお嫁にいけません!」
「もう嫁に来てますが」
「ととととにかく、い、いけません……!」
「おかしいかな? だって俺たち夫婦なんでしょ? 下着くらい一緒に選んでもおかしくないって」
「あう……そういうものですか……」
「恥ずかしいならいいよ、俺メンズコーナー見てるから。気にせずに選んでよ」
「そうですね、今日のところはそれでご勘弁いただけると……」
「こっちこそいきなりだったね、ごめんごめん」
俺はそそくさとその場を退散した。
確かに、ちょっと配慮なさすぎたかもな。
反省しつつ、メンズコーナーでセールワゴンの激安靴下を物色していると、買い物かごにあれこれ詰め込んだ長瀬結衣がやってきた。
「お待たせしました」
「あ、パーカーも買うんだ。部屋着?」
「そうですね、着替えも兼ねて」
「折角だから普通の服も買ったらどう?」
「私は世を忍ぶ身、これくらいが相応です」
「ならいいけどさ。さて本題の布団は、っと」
キッズコーナーを通り過ぎ、寝具売り場に向かうとこれまた、しまくらの圧倒的ポテンシャルを見せつけられる。
「敷布団と掛け布団のセットがセールで4000円か、さすがだな」
「これが、ポリエステル100%の為せる業……!」
「そう聞くとなんかインチキ臭いぞ。お、パジャマとかも色々あるな~~」
あーだこーだ言いながら、漫画やアニメのキャラクターがプリントされた枕を眺めていた時だ。
「あ……」(×2)
二人同時に声が出た。
「エモスマイル……」
長瀬結衣が手に取った枕には、
ピンクの髪の美少女戦士がプリントされていた。
それはかつて放映されていたアニメ、『シャイニー・エモーションズ!』のメインキャラクター。
そう、俺がエンディング曲を作詞作曲した番組だ。
「喜怒哀楽がエネルギーになる世界に、無感情王アレキシ率いるサイミア帝国が攻めてくる話だったな」
「はい。人々が抱く感情や夢こそが争いの原因だと、そう言って」
ずいぶん前の作品だが人気があったせいか、今でもたまにグッズを見かける。
「生まれた環境じゃなく、出会った人によって運命は変わる。思えば、大人でも学ぶことの多いアニメだった」
「今なら、あのアニメで伝えたかったことが少し、わかりそうな気がします」
プリントされたエモスマイルをじっと見つめ、
やがて枕をぎゅっと抱きしめた。
目出し帽越しでも、笑っているのがわかる。
……あ、可愛い。
不覚にも、そんなことを思ってしまったその時だ。
「はっ! いけません!」
「何が!?」
急に真顔になり、慌てて枕を売り場に戻した。
「この歳で、こんな子供っぽい柄の寝具なんて……」
「全く問題ない」
「じゃ、じゃあ私、このエモスマイルの枕で寝ても……?」
「いいに決まってるだろ。ついでに布団カバーもシャニエモ(シャイニー・エモーションズの略)にしたらどうだ?」
「えっえっえっ、それは危険です!」
「え」
「トキメキすぎて寝れなくなってしまうかも……!」
「検証してみないとわからないぞ」
俺は長瀬結衣が戻した枕に加え、
シャニエモ柄の布団カバーも一緒に、買い物カゴに入れた。
すると、
「ダメですー!」
そう言ってカゴからカバーだけを戻し、
「こっちの方がいいです!」
エモスマイル単独のものを渡してきた。
「はは、ノリノリじゃん。なるほど、エモスマイルで統一するんだな」
「そうです! あの……」
「はいはい、パジャマも欲しいんだろ?」
「……はい♡」
こうして、布団セットとその他諸々を買って1万円以内で、長瀬結衣の寝床は確保されたのだった。
案の定、レジで店員さんに怯えられはしたが。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「どうだった、しまくらは」
大きな荷物を抱えながらの帰り道、興奮冷めやらない様子の長瀬結衣に尋ねてみた。
「そうですね、安くて魅力的なものがいっぱいあって、沢山お買い物してしまいそうで......まるで魔境でした!」
「魔境か。でも、おかげで色々安く手に入るな」
「はい! こんな魔境なら大歓迎です!」
お嬢様、庶民の暮らしもなかなか悪くないだろ?
買い物袋を笑顔で抱える姿を見て、
ふと、そんなことを思った。
そういえば、長瀬結衣の両親はどうして、
シャニエモを『危険』と判断したんだろうか?
ただの女児向けアニメだったはずだけどな。
その答えを、
俺はそう遠くないうちに知ることになるのだが......。
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