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長瀬結衣はポンコツお嬢様である。○か×か。  作者: 仙道エイジ


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第0話 中編

登場人物

長瀬結衣/箱入りお嬢様

結衣の母

「……どうぞ、お母様」


 変に追い返せば、怪しまれます……。


 リュックを机の下に隠し、お母様を招き入れました。


 ガチャ……


 静かにドアが開きました。


 暗闇にうっすらと浮かび上がる、長いプラチナブロンドの髪。


 絵画のように美しいお母様。


 その麗しい口元が開き……



「結衣ちゃん、何しょん?」



 ああ、お母様。


 その完璧な岡山弁も麗しい……。



「どこ行くん?」


 その目は、全てお見通しのように見えました。


 だからもう、正直に答えたのです。


「……東京、です」


 私が言うのもなんですがお母様は、


 普段はポン……いえ、その、お茶目な方で……。


 ですが時々、こちらの考えていることを見抜いてしまう、


 不思議に鋭いところがあります。


「お見合いの時、何かあったんじゃろう」


 やっぱり、お見通しです。


「結衣ちゃん最近、ちいと悲しそうじゃったけぇな」


「……お母様!」


 ああ、やっぱり私は愚かです。


 こんなに近くに、自分のことをわかってくれている人がいたのに。


 お母様にしがみつくと、涙が溢れ出しました。


 そして私は、成金さんに抱いた疑念も蓮実さんに会いたい気持ちも、全てお話ししました。


 お母様は、じっと真剣に聞いてくださいました。


 私の話が終わると、ぽん、と優しく、頭に手を置いて。


「結衣ちゃんがこっそり荷物をまとめとるの、気づいとったで」


「ええ!?」


「じゃけぇこれ、持っていきねぇ」


「きびだんご……」


 パッケージの可愛い鬼の絵に、ふと心が和みました。


「お腹が空いたら食べられぇ」


「ありがとうございます……!」


「征ちゃんにゃあ、うちから説明しとく」


「お母様、何から何まで……」


「結衣ちゃんが自分から旅に出ると決めたんじゃ、親なら信じて見守ろう、ってな」


「お母様……」


 再び、涙がこぼれそうです。


「その代わり、うちには毎日連絡しんさいよ。無事かどうかだけでええけぇ」


「はい!」


 もう一度、お母様を強く抱きしめて、私は家を抜け出しました。


 手を振るお母様に、心の中で、


 『いってきます!』と叫びながら。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 岡山駅西口から乗った、初めての夜行バス。


 お値段を知った時はびっくりしました。


 新幹線の数分の一です、しかも、寝ていたら着くのです。


 移動と宿泊を兼ねて、一石二鳥です。


 ですがお父様は夜行バスのことを、生半可な素人には危険な乗り物だと以前、仰っていました。


 当時は大袈裟だと思っていましたが、発車からわずか10分後、


 私はその意味を理解し始めます。


 座席がちょっと狭いのはまだいいとして……。



 ぐいいーーー



 前の方がいきなり、座席を思い切り倒してきました。


 潰されそうな圧迫感に、思わず「ヒィッ」と、


 小さく悲鳴を上げてしまいました。


 さらに、しばらく走っていると……



 ぶごぉぉぉ……


 ずごごごご……



 後ろの席から、モンスターさんの唸り声のようないびきが……。


 お唸りが猛々しすぎて、ちっとも寝付けません……。


 しかしお隣の席の、サラリーマン風の方はぐっすりお休みのようです。


 ああ!


 アイマスクと耳栓を装備されている!


 すごいです、た、達人です……!


 これは確かに、素人には厳しい環境です……。


 特に私のように、両親に守られ育ってきた身には……。


 隣にはお父様もお母様も、九条さんもいません。


 私は今、本当にひとりなのです。


 窓の外を眺めたくても、カーテンで何も見えません。


 生まれ育った岡山の家はどんどん遠ざかっていきます。


 そう思ったら胸の奥が、きゅうっと締め付けられました。


 寂しいです。


 泣きそうです……。


 私はリュックからポニちゃんをそっと取り出し、ぎゅっと抱きしめました。


 そして小さく、『おかえり』を口ずさみました。


 こうすれば、いつものベッドと同じです。



〽︎ 

 夕焼けに伸びる影法師


 過ぎ去ってゆくの 昨日と変わらず



 不思議です。


 この歌を口ずさむと心の中に、小さな灯りがともる気がするのです。


 どんなにひとりでも、『おかえりなさい』と言ってもらえる気がするのです。


 大丈夫、これで我慢できそう。


 いつかは夜が明け、東京に着きます。


 その後、どれくらい経ったでしょう。


 時折「んごっ」と響くモンスターさんの咆哮に怯え、


 どこからか漂ってくる靴下の匂いにじっと耐えていると、


 バスはやがて、サービスエリアに停まりました。


 15分ほどの休憩だそうです。運転手様、お疲れ様です。


 気分転換に、私もお手洗いに向かうことにしました。


 真っ暗で窮屈だった車内から外へ出た瞬間、


 ひんやりとした夜風が頬を撫でました。


 そして、この目に飛び込んできたのは――



「わぁ……」



 お空に浮かぶ、見事なお月様。


 まんまるです。


 思わず立ち止まって見惚れてしまいました。


 そしてふと思ったのです。


 蓮実さんもどこか見知らぬ地、だけど同じ月の下にいるのだと。


 もちろん、岡山のお父様たちも。


 そう考えたら遠く離れていても、繋がっているような気持ちになりました。


 ふふ。


 私がこっそり家出してるなんてつゆ知らず、


 お父様は今頃、すやすや眠っていらっしゃるのですね。


 そう思ったら急にワクワク感が込み上げてきて――


 寂しさが少し、和らぎました。


 そうです、私は今、悪いことをしているのです。


 悪いことって、ワクワクするものなんですね……!


 調子に乗った私は飲み物でも買おうと、自販機に向かいました。


 よおし、どれにするか~~と意気込みましたが――


「ぎゃっ!」


 こここ、コーヒーです!


 お父様から禁止されている、魔性の飲み物!


 しかも自販機まるまるひとつ、コーヒーだらけです!


 そのコーヒーが、自販機まるごと占拠するなんて……


 ああ!


 よく見たら隣の自販機もそうです! コーヒーだらけ!


 なんて恐ろしい……!


 浮き立っていた心が瞬時に冷えた私は、


 お手洗いのあと、すごすごとバスに戻りました。 


 しかし、外の空気を吸って気分はだいぶリフレッシュ。


 席に戻りつつ、薄暗い車内を改めて見回すと、


 スーツ姿の男性、


 首に枕をつけて眠る女性、


 スマホを操作する学生さん。


 様々な方がいらっしゃいます。


 皆様それぞれの予定や目的で、東京に向かっているのですね。


 お仕事かもしれないし、家族や友達が待っているかもしれないし、


 観光やイベントを楽しまれるのかもしれない。


 もしかしたら、人生を左右する勝負をする方も……。


 誰もが皆、生きているんです。


 それぞれの人生を、精一杯。


 私ももしかしたら今、


 その一員になれているのかもしれない。


 ドジで弱虫で、世間知らずのポンコツだけど。


 そんなことを考えていた時です。


「ちょっとすいません」


 え……?


 お隣の席のサラリーマンさんが、私の前の席の方に声を掛けました。


「座席、倒しすぎじゃないですか?」


「あー、すいません」


 なんと、私の代わりに座席のことを指摘してくださったのです。


 前の方は倒していた座席を、すんなりと戻してくださいました。


「あ、ありがとうございます……!」


「いえいえ」


 お礼を言うと、サラリーマンさんは再びアイマスクを装備し、


 お休みになられました。


 か、かっこいいです……!


 見ず知らずの私のことを、名乗りもせずに助けてくださるなんて……!


 ジーンときました……。


 おかげさまでバスの環境にも慣れてきて、


 私も若干ですが、眠ることができたのです。


 その後も何度か休憩を挟みながら、


 バスは夜の高速道路を走り続け、


 そして――。



「まもなく、新宿バスターミナルに到着いたします」



 東京、です。


 カーテンを少し開け、外をちらりと眺めると、


 高いビルがいくつも聳え立っています。


 いよいよついに、来てしまいました……。


 胸が急に高鳴り始めます。


 もし、蓮実さんに会えなかったら。


 もし、ご迷惑だと突き返されたら……。


 それでも――


 私はここまで来たのです。




『おかえり』を書いた、あなたに会いに。


お読みいただきありがとうございます!


次回もどうぞよろしくお願いします♪


(毎日20時更新・完結保証・ハッピーエンド保証)

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