第14話「欠陥」
登場人物
蓮実凛/売れない作曲家
長瀬征一/結衣の父
九条/征一の秘書
ガッ……! ドゴッ……!
「くっ……」
「どうした、何もできぬのか」
追い詰められた画面端で、相手の猛攻がひたすらに続く。
ただガードすることしかできないが、上へ下へと攻撃箇所を揺さぶられ、ガードをミスすればコンボに繋げられる。
これまでの九戦とは明らかに違う戦い方だ。
「わざわざ君の間合いに入ってやってるのに、ただガードするだけとはな」
長瀬征一の強さの秘訣。
それは強気な言動と裏腹に、「守備力」にあると思っていた。
無闇に攻めず、相手の行動に対し完璧に対処する。
ジャンプをすれば対空技で迎撃され、歩み寄れば飛び道具でじわじわ削られる。
特に俺が使う、相手に近寄る必要がある投げ主体のキャラの場合、はっきり言って詰んでいた。
しかしこの最終戦は全く逆で、向こうからガンガン攻めてくる。
これはチャンスのはず、だが……。
相手の猛攻が苛烈すぎる。
「あと一発か二発で、終わりだな」
俺の残り体力はわずか二割、相手は無傷。
このままでは、一撃も入れられない「パーフェクトKO」を許してしまう。
『手を抜いていた』は嘘ではないと思ったが、立ち回りをガラッと変えてくるとは予想外だった。
しかし。
俺にも、これまで残していた「カード」がある。
少しずつ前後に動き間合いを調整しながら、まずは“ジャブ”を打ってみた。
「なぜ、このタイミングでウチに来たんですか?」
「なんのことだ?」
「成金拓也から居場所を聞いて、なぜすぐに駆けつけなかったのか」
「お前には関係ない話だ」
「動画を見たんじゃないですか?」
バシッ!!
足払いが決まり、相手を転ばせることに成功した。
ようやく入れられた一撃。
俺が切った「カード」で動揺したのだ、相手が――
対等な条件で、と言ってくれた九条には少々申し訳ないが、俺も一度くらい、心理的揺さぶりを使わせてもらってもいいだろう。
さて、形勢が変わった場面、飛びかかって一気に攻めたいところだが……そうすれば対空技で撃ち落とされる。
ここは我慢だ。
「結衣さんがエモスマイル姿で踊る動画。かなり多くの方の目に入ったはずです」
「……」
「もしかすると、あなたにも」
ジワジワ動きつつ、お互いに攻撃するタイミングを計る。
「どうなんですか?」
「……ああ、見たさ。どれがどうした」
「わかってしまったんじゃないですか? あの笑顔を見て」
ほんの少しだけ、間合いを詰めた。
「黙れ」
「居場所もわかり、泳がせてたのに急遽、僕をここに呼んで試した。それって」
「黙れ!」
「気づいてしまったんじゃないですか? 結衣さんが『幸せ』だってことに」
「黙れええ!!」
ここで、その場で小さくジャンプを入れた。
相手に飛びかかりはしない。いわゆる「フェイク」だ。
すると、長瀬征一の対空技が誘発された。
いつもとは逆だ。
技は、虚しく空を切る。
「く……」
その瞬間がまるで、スローモーションのように感じられた。
千載一遇のチャンスだ。
「あなたこそ舐めてませんか? このキャラの逆転力を」
体力が僅か、かつ、専用ゲージが溜まった時にだけ出せる、一撃必殺の大技。
このゲームで一番難しいコマンドを冷静に、そして正確に入力する。
これだけは外さないよう、俺だって幾度となく練習してきたんだ。
ズガッッッッ!!! ズガッッッッ!!!
ドゴオオオオオオオッッッッッ……!!!!
通常の大技を三回連続で決める、ド派手な演出が起こり――
K. O. ……!!!
ほぼフル体力だった長瀬征一を、一発で沈めたのだった。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「ふー……」
ソファにもたれ、心臓の高鳴りをじっとこらえる。
「俺の勝ち、ですね」
「……試合中に、揺さぶってくるとはな」
長瀬征一はコントローラーを離さない。
ボタンを押したままの指先が、力みすぎて白くなっている。
「お互い様ですよ」
笑いかけるも、相手は憮然としたままだ。
だが、それでいい。勝ちは勝ちだ。
「九条」
「はい」
「結衣に伝えろ、もうすぐ行くとな」
九条は一瞬だけ俺の方を見てから、
「……かしこまりました」
いつもより少しだけ長く頭を下げた。
まるで、俺たちの健闘を讃えるように。
「さて」
ドアが閉まる音を確認してから、長瀬征一がこちらに向き直る。
「約束だったな、結衣を過剰に守る、もう一つの理由を話すと」
「はい」
一つ頷いた後、目線は俺ではなく、窓の外へ向けられた。
その横顔はどこか弱々しく、これまでの闘志あふれる姿とは別物だった。
「私たち夫婦にとって、結衣は『奇跡の子』なんだ」
「奇跡? 美しさや可愛らしさが、ですか?」
「そうではない。生まれたこと自体が奇跡なのだ。自分と妻にとってはな」
「なるほど……?」
返事はするものの、その意味を俺はまだ分かりかねていた。
「君はいくつだね?」
「31です」
「なるほど、まだまだ若い。だがこの話はまんざら、無縁な話でもないかもしれない」
窓の外へ向けられていた視線が、再び俺へと向かう。
「結衣はいわゆる『高齢出産』で生まれた子だ。結婚した時、私は40代、妻は30代半ばだった」
長瀬結衣が初めて家に来た時、
親が薦める結婚相手の条件に「同年代」を挙げていたことを、ふと思い出した。
「人は、30代半ばから妊娠出産の確率が大幅に下がる。結婚すれば誰でもすぐに子供ができると思っていたら大間違いなんだ。まあ、私自身も知らなかったのだがな」
「もしかして、奇跡って……」
「そう、妻が結衣を身篭り出産したこと自体が、私たちにとっては奇跡なのだ。その頃は今ほど不妊治療も発達しておらず、子作りは難航した。そしてそれは単に、歳をとっていただけではない」
その時、急に胸がざわついた。
「会社経営のプレッシャーから当時、私は勃起不全、つまり『ED』を患っていた」
は?
混乱で目の前が一瞬、真っ暗になった。
なぜなら――
自分がずっと隠していた「欠陥」を、目の前の相手が突然告白したからだ。
走馬灯のように、棄てたはずの記憶が蘇る。
沙織と出会い、沙織の夢を二人で追って、夢に破れて――
今思えばそのあとは、自分の中の何かがすり減っていくばかりだった、あの日々のことを。
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