第12話「不幸」
登場人物
蓮実凛/売れない作曲家
長瀬征一/結衣の父
九条/征一の秘書
「『ゲーム』って、テレビゲームですか……?」
脳裏の片隅にもなかった単語だった。
「そうだ」
「はい、まあ一応……」
「そうか、それは良かった」
ゲーム? どういうことだ……?
理解が追いつかない。すると、
ガチャ……
ドアが開き、九条が再び入ってきた。
ゲーム機を携えて。
「このホテルのコンセプトは、『もうひとつの実家』なんだ」
本体をモニターに繋ぎ、コントローラーをセットする。
「客が要望を出せば、可能な限り用意してくれる。こんな風にね」
超高級ホテルのスイートルームに、家庭用ゲーム機がセットされた。
場違いなようだが、これが富裕層の過ごし方なのかもしれない。
「ソフトは、これでどうかな?」
示されたのは、有名対戦格闘ゲーム。
友人と昔、かなりやり込んだタイトルだ。
「構いません」
俺の返答に頷くと、長瀬征一はソフトを挿し本体の電源を入れた。
モニターにメーカーのロゴ、それからタイトル画面が映る。
「社長、後ほどまた伺います。私は結衣様のおそばに」
「ああ」
九条が一礼して、部屋を出た。
「さて」
コントローラーで対戦モード選択画面を操作し、
「なぜゲームなのかと、そう思っているかな」
「そう、ですね」
俺にも一つ、コントローラーを渡す。
「ゲームというのは単なる遊びのようで、実はなかなか、相手の人となりが見えるものだ」
「はあ……」
「普段は穏やかな人物が、ゲームだと攻撃的になったり。その逆も然り」
「確かに、ありますね」
「君についても、どういう人間なのかを見てみたい」
「すみません、一つ疑問なのですが」
「なんだね?」
コントローラーを膝に置いた。
「先ほど僕に、結衣さんとは別れてほしいと。なのになぜ、僕を試すようなことを?」
「単なる興味だよ」
「興味?」
「結衣がなぜ、君を選んだのか。親として興味が湧いた」
「……」
「あの子が自分から何かを選ぶなど、もう随分となかったことだ。それもいきなり、行き先も告げずに家出をして。しかもそれが男の元へ向かってたなんて知ったら、一体どんな相手かと気になるじゃないか」
「そういうことですか」
「君にとっては単に家出少女を保護しただけかもしれないが、結衣はそれ相応の覚悟を持ってやってきた、というわけだ」
「それはどうでしょう」
「どういう意味だ」
ジロリと、こちらを睨む。
「僕は、結衣さんを保護しただけではありません」
「ほう」
「はっきり言います。僕自身は、結衣さんと別れる気はありません。もし、結衣さんがそれを望むのであれば、ですが」
「……」
長瀬征一は画面に向き直ると、二人対戦モードにカーソルを合わせる。
「君がそう答えるのは薄々わかっていた。そこで、提案があるんだが」
「なんでしょう」
「今から十戦やって、一勝でもできれば君の勝ち。もしできなければ、私の勝ち」
「こちらに相当有利な条件に思いますが」
「構わん。もし君が勝てば、娘は自由にさせる。だが君が負けたら」
もう一度、こちらに目線を向けてきた。
「娘とは別れろ」
「……」
「なお、君が勝つにせよ負けるにせよ、迷惑料の一億円は支払う。どうだ、君は圧倒的有利な条件なうえ、決して損をすることはない」
「もし、僕がその勝負に乗らなかったら?」
「君の負けだ」
なるほど、乗るしかないということか。
「わかりました、お受けします」
「よろしい」
「ただし、僕からも一ついいですか?」
「なんだ?」
「僕が勝ったら、一億円はいりません。もし望むとすれば」
長瀬征一の目を、しっかりと見据えた。
「結衣さんがこの先、僕と暮らしたいのか、別れたいのか。それを彼女が選ぶ権利をください」
「もし娘が『別れたい』と言えば、君は金も結衣も、何一つ得られんぞ」
「構いません。欲しいのは自分の利益ではなく、結衣さんが未来を選択する権利です」
「ほう……」
「もちろん、一億円目当てに負けるなんてことはしませんよ。全力で勝ちに行きます」
「面白い」
不敵な笑みを浮かべ、長瀬征一は二人対戦モードを選択した。
「では、始めるとしよう」
各々キャラクターを選び、一戦目が始まった。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
一般的に、反射神経は年齢と共に如実に衰える。
素早い判断や操作を求められるゲームにおいて、その衰えは大きなハンデとなる。
だからこそ、年齢差と勝利条件を考えた時、この『勝負』はあまりにも俺に有利……のはずだった。
だがここまでの四戦、俺の敗北が続いていた。
「もう一戦だ」
長瀬征一は淡々と告げる。
彼が使うキャラクターはこのゲームにおける、いわゆる「最強キャラ」。
ずば抜けた性能を持ち、大会によっては禁止されるキャラクターだ。
対して俺は、クセも多いが一発逆転の大技を持つ、投げ主体のキャラ。
性能差は歴然としているが、それでも一回くらいは勝てると思っていた。
だが……。
「君は、攻め方が単調だね」
安易にジャンプしたところを逃さず撃ち落とされる。
こちらの動きが全て読まれているかのように。
五戦目も完敗した後、長瀬征一はコントローラーを一度置いた。
「君はなぜ、そのキャラを使う?」
「使っていて楽しいからです」
「勝てないのに?」
「はい」
「甘いな」
静かな声で、少しだけ笑った。
「君は最初こう思っただろう。相手は自分よりも遥かに年上で、操作もおぼつかなそうだ。一回くらいなら勝てるだろう、と」
図星だった。
「そして、権利とやらを勝ち取る。大金を捨ててまでね。そう、まるで物語の主人公のようなシナリオだ。だが」
その顔から笑顔が消える。
「現実では、思い描いたシナリオなどいとも簡単に崩れる。それどころか、思いもよらぬ障害が立ち塞がる。違うかね」
「……」
「だから私は勝てる可能性、成功する可能性が最も高いものを選ぶ。躊躇なくね」
モニターに映る最強キャラを指さした。
「このゲームが流行った時、私も夢中になったものだ。そして勝つために最強キャラを徹底的に研究し、練習した。コンボも、立ち回りも」
確かに、単に強キャラを選んだだけではなく、明らかに使い込んでいるのがわかる。
間合い、技を出すタイミング、複雑なコマンドの入力。全て正確で完璧だ。
だからこそ、年齢というハンデを飛び越して強い。
1勝すれば勝ちなんて、こちらに圧倒的有利だと思っていたけど……このゲームをやる限り、有利だったのは実は向こうの方だったということか。
いや、この分だとどのゲームを選んでも、長瀬征一は全て極めている。そんな気すらする……。
「私がゲームを通じて本当に見たいのは、相手の人間性ではない。『最適解』を選べるかどうか、だ」
「最適解……」
「私は自分の代で事業を立ち上げ、死ぬ思いで今の地位を築き上げた。だからこそ言える。社会という戦場は、人生という激動は、好きなことで乗り越えられるほど甘くはない」
「……」
「君はこの勝負に、娘との今後を賭けている。なのにだ」
憤りが、声に滲む。
「なぜ最強キャラで、最適解で挑んでこない?」
穏やかさは既に、表情からも消えていた。
「これだけ負けているのに、お気に入りのキャラを使い続ける。この戦いを文字通り『ゲーム』だと、舐めてはいないかね?」
「僕の中では、このキャラが一番使えるので」
「なるほど。それじゃあもう、君の負けは確定だな」
俺の顔から、画面へと視線を移す。
「ちなみにだが、もし君が私と同じキャラを選んでも全勝する自信があった。それなのに……」
その目は、一切の興味を無くしたようだった。
「君のようなぬるい生き方をする人間に、結衣は任せられない」
消化試合のようなテンションで、六戦目が始まる。
「私自身、全てにおいて勝ってきたわけではない。だがゲームにしろ社会にしろ人生にしろ、最適解を求め、勝率を上げる努力は誰にでもできる。そうして生まれた差がいつしか、如何ともし難い格差を生む」
「では、結衣さんにも最適解を施してきた、と?」
「そうだ」
「結衣さんには、本当に『最適』だったんでしょうか」
チラリと見た相手の眼差しに、再び闘志が宿る。
「あなたが用意したお見合い相手に、『気持ち悪い』と言われたんですよ」
「だから言っただろう、全てにおいて成功しているわけではないと。それでも、結衣の幸せのためにできることは全力を尽くす」
「あなたが思う幸せと、結衣さんが思う幸せって、イコールなんでしょうか?」
「なに?」
「結衣さんは『不幸になるか確かめたい』と言ってウチに来ました。あなたが考える幸せ、望んだ幸せに疑問を持ったからです。そして、あなたが危険だと教えたものをことごとく、結衣さんは楽しんでいました。その様子はなんだか、」
脳裏に思い描く。
甘々のコーヒー、味噌入りのシチュー。
安布団で寝て、中古の家具を買いに行って、俺の曲で踊って。
どれも些細なことで、くだらないことで。
この超高級ホテルの煌めきとは程遠いが、
それでも長瀬結衣は、
「幸せそうに見えたんですが」
ドガッ……!!
重い打撃音が、静まり返ったスイートルームに響き渡った。
画面が大きく揺れる。
僅かに生まれた隙を突き、六戦目にして初めて、相手の体力を半分ほど削る大技が決まった。
だが……。
今回も結局、倒すことはできなかった。
七戦目、八戦目、これまでより善戦はするものの、勝つことはできぬまま。
ここで、九条が様子を見に部屋にやってきた。
確かに、時間的にはもうかなり経っている。
「戦況はいかがでしょう」
「あと二戦だ」
「なるほど」
九条はメガネを直しながら、追い詰められつつある俺のことをチラリと見やった。
「次も、キャラは変えないのか?」
「はい」
「なるほど。私も変えぬ、情けをかける真似はしない」
「構いませんよ」
キャラクター選択画面、カーソルはお互い、同じキャラクターのまま。
しかし長瀬征一はキャラ選択の決定ボタンを押さない。
「どうしたんですか?」
「『不幸になるか確かめたい』、か」
「え?」
「君は先ほど、結衣が幸せそうに見えると言ったな」
「はい」
「可能なら、この先も一緒に暮らしたいと」
「そうですね、可能なら」
「君が既に、結衣を不幸にしていたとしても、同じように思うか?」
「……どういうことですか?」
「言葉のとおりだ。君はもう既に一度、
結衣を不幸にしている」
「だから、どういう……」
「結衣の顔に傷ができた原因は、君だ」
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