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オマツリの夢  作者: 銀雪
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第八章  憤怒

 二十二時を回ったころ、火がつけられた建物は跡形もなく燃え尽きて灰になった。形式上、これで一年に一度のオマツリは完全に幕を下ろしたことになる。


「これで今年のオマツリは終了ね」


 完全に灰になった建物の前で、一人の女性が呟いた。月が雲に隠されているせいで顔がはっきりと見えないが、声からして沙耶香の母親、瑠璃さんだろう。


「ババア、見なさい! 無事終わらせたわ! 悔しいわよねぇ……能なしの娘に完璧にやられて。フフフ! アハハハ!」


 月明かりもない、暗い森の中で一人、空に向かって叫び散らすその姿はお世辞にも正気とはいえない。狂ったように嗤い続ける瑠璃さんに二人の人間が近づく。


「確かにおばあちゃんは悔しいと思うよ」

「だけど、それはあなたが思っているのとは違う理由でだけどね」


 二人はこの場にいるはずのない人間だった。瑠璃さんもすぐに気づいたようで、慌てたように背後を振り返る。


「沙耶香に香菜ちゃん⁉︎ どうしてここに! 二人は次の巫女とその補佐として身を清めている時間じゃない。こんなところに来ちゃダメ! すぐに戻りなさい!」


 焦ったような声で瑠璃さんは叫ぶ。彼女の言う通り、本来であれば沙耶香と香菜の二人はこの場に来るはずではなかった。二人は普通なら儀式の真っ最中だったのだから。


「別にいいのよ。あたしたちはオマツリを終わらせるつもりはないもの」

「完了させるつもりがない……? 何を言って……」

「頼まれても終わらせないよ。終わらせるわけない。だってお母さん……私の彼氏を燃やして殺したでしょう」


 だけど、そうも言っていられない理由が出来てしまった。瑠璃さんが娘に言えない罪を犯していたからだ。


「何を……」

「とぼけないで! 圭人から全部聞いたんだから!」

「今日やった『巫女成人の儀』では、その時だけは、アマキリノヒメのために本物の生贄を捧げるのでしょう」

 

 昔から『巫女成人の儀』が行われる年は、オマツリの最後に通常の人形ではなく、生きた人間を建物に閉じ込めて燃やすという習慣があったらしい。


 さらに言えば、その生きた人間を建物に閉じ込めて燃やすという役割を担ってきたのは現職の巫女だった。だから瑠璃さんも現職の巫女として生贄を捧げようとしたのである。


「最初は圭人を生贄に捧げるつもりだった。だけど私からの手紙を見て急遽変更したんでしょ?」

「圭人くんはあなたがお腹を痛めて産んだ子供だけど、裕也くんは赤の他人。殺しても胸は痛まないものね?」

「だから裕也をその建物に閉じ込めて火をつけた。それが神の意志に反するものとも知らずに」


 この村に来て最初の夜に見た夢の中で、龍は罪のない人が命を奪われることに憤りを感じると言っていたし、アマキリノヒメらしき着物の女性に至っては、人間は実に愚かなものだと言い切っている。


 そもそも、生贄という制度は信仰する対象である神に捧げる貢物の一つの形だが、この村の貢物は当の神から完全に拒絶されているのだから、救いようがない。


「あなたたち、さっきから何を言っているの?」

「私たちだけじゃないよ。おばあちゃんも私たちよりも早く、そのことに気づいていたんだから」


 沙耶香のおばあちゃんは、娘や親族にどれだけ嫌われても『巫女成人の儀式』は絶対にやるべきではないと主張し続けた。それは彼女も生贄という制度が何の意味も持たず、むしろ神の意に反しているということに気づいていたからだろう。


「自分の代で、どうにか食い止めようとしていたのよ。それも……あなたを守るためにね!」

「………」

「このまま儀式を続けていたら、いずれあなたも親になった時に儀式を行ってしまう。だからたとえ嫌われたって、煙たがられたって、生贄を辞めさせようとしたんでしょうね」


 香菜が瑠璃さんに人差し指を突き付ける。幼い頃に両親だけでなく親戚までも失い、天涯孤独になった彼女は母親の愛を二度と得ることができない。それを受け取れる環境にあったのに、無為にした瑠璃さんに対して彼女は酷く憤っていた。


「あなた、なぜ両親が若くして亡くなったか考えてないでしょう。父親が不審死して、母親がヒントまでくれたのに」


 大広間で沙耶香の祖父母の写真を初めて見たとき、瑠璃さんと同じくらいの年齢の写真だったことを思い出す。あれは若い頃の写真を遺影に使っているのではなく、本人が若くして亡くなっただけなのだ。


 そう、ちょうど今の瑠璃さんと同じくらいの年齢で沙耶香の祖父母は二人揃ってこの世を去っていた。沙耶香のお父さんに聞いた話では、あの写真は亡くなる一ヶ月前に撮影したものだ。


「だからあたしが教えてあげる。神罰よ。何の罪もない人間を殺しているのだから、当然よね」

「――同等の罰を与えても一向に収まらぬ。そう神様は言ってた」

「まず何の罪もない夫が巻き添えになって死ぬ。そうして自分も死ぬ。それが神を怒らせた代償よ」


 本人に罰を与えるのはもちろんのこと、本人より先に自分の愛したパートナーを殺す。もちろんパートナーは生贄に関わっていないのに殺されるわけで、これが神の言うところの同等の罰なのだろう。

 

「分かる⁉ 生贄を捧げることで自分だけでなく夫も巻き添えで殺される。つまり子供は両親をほぼ同時に失うことになるの! 親との折り合いが悪かったあなたは嬉しかったかもしれないけど、沙耶香はそうじゃないでしょ⁉」


 これが香菜が憤っていた最大の理由だ。両親を失った子供がどれだけ寂しいか、自分を通して瑠璃さんは知っていた。本人が感じなかったとしても、普通の子供は酷く寂しいものなのだと知るチャンスはあった。

 

 儀式によって自分だけでなく夫まで死ぬとは思っていなかったのだろうが、それだって母親が強固に主張していたし、丁寧に説明もされていたはず。真実に気づくチャンスはいくらでも転がっていたのに。


「あなたは、沙耶香から……私の親友から母親、父親、彼氏まで奪おうとした! 最初は圭人くんを生贄にするつもりだったみたいだから、弟も奪おうとしていたってことになるわね。あたしはそれが許せないの」


 香菜は厳しい声色で次々と瑠璃さんを責めたてる。これで意気消沈した瑠璃さんが罪を認め、反省してくれれば簡単だったのだが、当然ながらそうは問屋が卸さない。


「黙って聞いていれば、何も知らない小娘が偉そうに。大体その話が真実だという証拠はどこにあるのよ。あのババアとお父さんは病死よ! 病死! 神罰だなんて馬鹿馬鹿しい」


 年下の、しかも身内でもない赤の他人に罵倒されっぱなし、というわけにはいかなかったのだろう。瑠璃さんは余裕の表情を崩さずに吐き捨てる。


「悪いけど、私にはくだらない妄想に付き合っている時間はないの。本当にあのガキが死んだか確かめないと……」

「……裕也のこと?」

「え?」

「あのガキって、裕也のことなのかって聞いてるの」


 一瞬、誰の声だか分からなかった。それほどまでに沙耶香の声は冷たかった。近くにある滝すら凍り付いてしまうんじゃないかと思うほど、冷たい声で沙耶香は問いかける。


 娘の気迫に圧されたのか、瑠璃さんが一歩後ろに下がった。


「あの、えっと……」

「そうなんだね。私の彼氏をそんな風に……。もう我慢できない! 言おうか迷ってたけど言ってやる!」

「――沙耶香!」


 異変を感じた香菜が慌てて押し留めようとするものの、あまりにも遅かった。遅すぎた。


 怒りからか、あまりにも軽率に沙耶香は一線を越えてしまった。


「全て夢で見たんだよ。村のおばさんから教えてもらったけど、力の強い巫女は夢で神託を受けられるんでしょ? 私も夢で見たの。神様たちがお話されているのをね。お母さんと違って、私はここ最近の巫女では一番力が強いらしいの」


――夢を見せる力。


 次代の巫女である沙耶香だけでなく、俺や香菜も夢を見れたのは沙耶香の夢を見せる力が強いかららしい。それ自体は誇っても良いことなのだが、よりにもよって瑠璃さんの前で言ってしまったのはマズい。なぜなら、瑠璃さんは力が弱いことを理由に母親から虐げられていたからだ。


――つまり沙耶香の祖母は力が強かったらしくてな。それもあって瑠璃は酷い扱いを受けていたらしい。


 沙耶香の父親が俺と圭人くんに対して語ってくれた言葉だ。


 沙耶香のおばあちゃんも、沙耶香ほどではないものの力が強かったらしいのだが、残念ながら娘である瑠璃さんにはその能力は受け継がれなかった。するとおばあちゃんは瑠璃さんを「能なしの巫女」「妹が欲しい」「力を得ることができなかったのは、お前が愚かだからだ」などと日常的に激しく罵倒するようになったらしい。


――きっとお母さんは、おばあちゃんへの対抗心で……。


 最初の夢を見た翌日、扉を見るために宝物庫に向かう道中で沙耶香が発した言葉だ。これまでも自分の母親のことを一貫してババアと呼称している瑠璃さんだが、この話を聞くと納得である。


 能なしの娘に完璧にやられて悔しいだろう。そう叫んでいた辺り、オマツリを復活させたのも母親が止めさせた儀式を完璧にこなすことで、復讐しようとしていたのかもしれない。


「生贄制度が五百年ほど前に、弟に恨みを持った巫女がでっち上げた作り話だってことも。その巫女が劇の解釈まで変えたことも。本当はアマキリノヒメ様と龍神様は仲良しだったってことも、全部夢で見たよ。私だけじゃなくて香菜も、何なら裕也だって見てた」


 そんな瑠璃さんの心に、沙耶香は次々と言葉の刃を突き立てていく。他の人にも夢の内容、神託を見せることができるのは力が強大な巫女である証だと瑠璃さんは知っているはずだ。


 誰よりも強く。色濃く知っている。


「お母さんは確かめることなんて、できないだろうけどね!」

「あなた……」


 だからこそ、彼女も一線を越えてしまった。


「殺してやる! もういいわ、儀式なんてどうでもいい! どうせあんたがここにいる時点でオマツリも成立しないし! こんなおぞましい女、私の娘なんかじゃない! 死ね! 死ね! 消えてしまえええぇぇ!」


 瑠璃さんは勢いよく沙耶香に体当たりして転ばせると、彼女の上に馬乗りになって首を絞め始めたのだ。狂気じみた叫び声だけが暗い森の中に響き渡る。香菜も止めようと奮闘しているが、小柄な香菜では力不足。瑠璃さんに左手一つで引き剥がされてしまった。


 このままでは沙耶香が危ないと判断したのだろう。香菜は叫んだ。


「出てきて! ――裕也!」


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