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オマツリの夢  作者: 銀雪
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第四章 日常

 デジタルデトックスという言葉がある。デジタル機器と意識的に距離を取り、心身の疲労やストレスを軽減しようという試みのことだが、この村はまさにデジタルデトックスをするために存在するような村だ。


 出発前に沙耶香たちが言っていた通り、この村は電波が通っていない。そのためスマホはただの小型オブジェクトになってしまう。テレビもパソコンもないし、もちろんゲームも家にはなかった。


 香菜によると村民は新聞と、村を訪れる人間との交流で情報を収集し、子供たちの娯楽はもっぱら隣町で売っている漫画などの読み物らしい。こんな環境で育った沙耶香や香菜が、よく東京での生活に順応できたものである。


「涼しい……」

「姉が東京に行って最初の頃は、暑くてたまらないとよく手紙に書かれていました。東京にずっと住んでいる人からすれば、逆に涼しいという評価になるんですね」


 しかし面白いことに、驚くほど不便なこの村にもそこそこ観光客が訪れるらしい。それは避暑地としてこの村が有名だからだ。


 村のことをよく知らなかった俺は周囲を山に囲まれているので暑いと思っていたのが、実際は標高が高い上に村の近くには滝がある。どうやら観光雑誌で定期的に紹介されるほど有名な滝らしく、そのおかげもあってか予想よりもはるかに涼しい。


 今の東京は蒸し焼きになってしまうのではないかと思うくらい暑いから、それを一週間でも避けられるだけで、長い時間と決して安くない交通費をかけてこの村に来た甲斐があったというものだ。


「圭人くんも東京に来たら驚くよ。ずっと東京に住んでいる俺ですら、外に出るのが嫌になるくらいなのに」

「いつか行ってみたいですね」

 

 村に来てから三日目。ちょうど村の滞在時期が折り返しを迎えようとしている頃に、俺と圭人くんは例の滝を見に来ていた。


 沙耶香たちはお祭りで行う儀式の打ち合わせ、練習などで忙しくしており、食事の時に少し話すくらいしかできていない。その代わりとして、村の滞在中は沙耶香の弟である圭人くんに村の中を案内してもらうことになったのだ。


「それにしても大きな音だな……。んっ、あれは何だ?」

「何でしょう? 僕にも分からないです」


 遠くからでも轟音を響かせる滝を目指して山道を移動していた俺たちは、少し開けた広場のような場所に到着した。その広場の中心付近に、小屋のようなものが建っている。


 まだ建てられて間もないのか、傷一つない白塗りの建物は緑色に囲まれるこの場にはあまりにも不釣り合いだ。しばらく怪しげな建物を観察していると、俺たちの背後から鋭い声が聞こえてきた。


「ちょっとそこの二人、何をしている!」

「ひっ、すみません!」

「この場所は子供たちが近づくようなところじゃ……って圭人じゃないか」


 なんと声の主は沙耶香や圭人くんの父親だった。初日の夕食のときに村の伝説を教えてくれたあの人である。父親は気まずそうな顔で頭を搔きながらこちらに向かってきた。


「大人げなく声を荒げてすまない。瑠璃からその建物の管理を頼まれているものでな」

「別にいいけど。この建物は何? 触れたらマズいの?」

「裕也くんが来た時に生贄の話をしただろ。建物に閉じ込めて火を放つと。その時に使う建物がそれだ」


 改めて足元を見てみると、建物の周囲だけ綺麗に草が取り除かれていた。儀式で燃やす際に燃え広がらないようにするためだろう。もう少し早く気づければよかったのだけど。


「なるほど、それは近づいたらいけませんね」

「理解してくれて助かる。瑠璃もこの儀式は絶対に成功させたいと意気込んでいるし、私もつい力が入ってしまった」

「毎日のように練習しているもんね」


 圭人くんが唇を尖らせる。せっかく久しぶりに姉に会えたのに、当の本人は香菜と一緒に練習漬けの毎日なのだ。彼氏である自分すら簡単に会えないくらいに頑張っているし、圭人くんも言い出せないのだろう。


――もっと姉と触れ合いたい、寂しいと。


 非常に大人びているように見えるが、彼はまだ高校一年生らしい。中学校を卒業したばかりだと考えると、まだまだ姉に甘えたい年頃なのではないだろうか。


「期待が物凄いからね。沙耶香は力が強いから」

「……力が強い?」


 思わず父親の言葉を反芻する。彼女として多くの時間を沙耶香と過ごしてきたが、力が強いと感じたことは一度もない。むしろ力に関しては弱々しいと言われた方がしっくりくる。


 俺と同じく首を傾げる圭人くんに対し、父親はしまったというような表情を浮かべた。やがて諦めたようにため息をついた次の瞬間――。


「今からの言葉は秘密だ。決して沙耶香たちに、特に瑠璃には話すな」

「は、はい」

「う、うん。約束する」


 急に顔を近づけ、俺たちを睨みつけてきた。表情も、声も、雰囲気も、すべてが重い。これが職場という魔境で生き抜いてきた大人の圧というやつなのだろうか。俺と圭人くんは首を縦に振るしかなかった。


「ならいい。実は北原家の巫女には夢を見せる力がある」

「夢?」

「ああ。私は北原の血を継いでいないから詳しいことは知らないがな。そして村の人たちは沙耶香に大きな期待をしている」


 確かに、村の人たちが沙耶香に期待を寄せているのはこの三日で嫌というほど伝わってきた。村を歩いているとお祭りの話、そして沙耶香の話が頻繁に聞こえてくる。


 だが、その理由が『夢を見せる力』という荒唐無稽なものだとは。圭人くんも眉をひそめている。


「瑠璃はこの力が少ないらしい。聞いたところによると彼女のお母さん、つまり沙耶香の祖母は力が強かったらしくてな。それもあって瑠璃は酷い扱いを受けていたらしい」


 だから瑠璃さんには言うなと念を押したのか。辛い記憶を思い出させることになりかねないから。


「ねえ、おばあちゃんの力が強かったらしいってどういうこと? 父さんも会ったことないの?」


 これまで黙っていた圭人くんが顔を上げ、真剣な目で父親を見据える。沙耶香たちの祖母はすでに亡くなっており、居間に仏壇が飾ってあった。


 初めて沙耶香の家にお邪魔させてもらったときに挨拶して、それ以降も夜ご飯の前に定期的に挨拶しているが、そんなに早く亡くなってしまったのか。


 父さんも、ということは圭人くんが物心ついた頃には既に亡くなっていたということだろうから。


「ああ。あの二人は瑠璃が大学生くらいのときに亡くなったらしくて。私と瑠璃が付き合い始めたのは社会人になってからだから」


 語ってくれた話では、瑠璃さんの両親は彼女が大学生のときに相次いで亡くなったらしい。二人とも非常に若い死だったようで、仏壇の若々しい写真は亡くなる一ヶ月前に撮られたものだという。


「あまりにも突然だったから、瑠璃が殺したんじゃないかって噂もあってね。折り合いも悪かったようだし、お母さんの方は……ちょっとあれだったようだから」


 父親は言葉を濁す。俺たちは詳細を尋ねたが彼は口を閉ざしたまま、最後まで答えることはなかった。


 それが愛する妻を守るためのものなのか、それとも別の理由があるのか、俺たちには分からなかった。

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