第一章 祭祀
「ねえ、裕也。もしよければなんだけど……夏休みに私たちの故郷に来ない?」
「沙耶香たちの?」
「うん。毎年八月の初めに大きなオマツリがあるの。だから裕也くんをそこに招待したいなって思って」
七月。梅雨も明け、本格的な夏が始まろうとしていた頃、俺ーー鹿島裕也は彼女の菊田沙耶香からお祭りに誘われた。聞けば、彼女の故郷は秋田の山奥にあるらしく、近くに大きな滝もあるので、避暑にもなるという。
特にサークルに所属しているわけでもない俺は、もともと大学生特有の長い夏休みを持て余し気味だったし、日程的には全く問題ない。
いや、変に取り繕うのはやめよう。自分の彼女に、しかも故郷に誘われたというのに断れる男がいるだろうか。少なくとも俺には出来ない!
「行く行く。ずっと沙耶香たちの故郷に行ってみたかったんだ。……でも、ご両親と会うのはちょっと緊張するかも」
「ふふっ、二人とも優しいから大丈夫だよ。よくある『娘はお前なんぞに渡さーん!』って感じでもないし」
「沙耶香がそれをしても可愛いだけだよ?」
「んっ? もしかして私ナチュラルに揶揄われてる? でも可愛いって言ってくれたから許す!」
沙耶香がそう言った途端、その場にいたもう一人の人物が盛大なため息をつく。俺たちが驚いて視線を向けると、ため息の主である沙耶香の友人ーー来栖香菜が呆れた様子で吐き捨てた。
「全くあんたたちは……ただでさえ普段サークルで毎回毎回バカップルを見せられてるっていうのに……。あんたたちまでバカップルにならないでよね! あたし、砂糖が入ったコーヒーは苦手なの」
香菜はどこのサークルにも所属していない俺たちとは違い、放送サークルに所属している。どうやらそこに我が安城大学で一、二を争うくらい有名なバカップルが在籍しているのだとか。
「浅井先輩と伊勢先輩だっけ? この前伊勢先輩を教室で見かけたけど、かっこいい女の人って感じだったけどなぁ」
「私も浅井先輩と同じ授業になったことあるけど、冷静そうな人だったよ?」
「あの人たちは、基本的にお互い以外には関わりを持とうとしないから……って、そんなことはどうでもいいのよ!」
まるで相方にツッコむお笑い芸人のように叫んだ香菜は、一度コーヒーを飲んでから真剣な表情で沙耶香を見つめた。
「沙耶香、本当にこいつを連れていくの?」
「うん、本当はすっごく嫌だけど……あの人たちには逆らえないもの」
「……分かった。沙耶香がそう決めたのなら何も言わない」
香菜はそう言うと、顎に手を当てて何かを考え始めた。
沙耶香と香菜は同じ村の出身であり、小学校から大学まで全て同じ学校に在学していた生粋の腐れ縁らしい。同郷として何か思うところがあるのだろうか。
例えばその村は非常に排他的で、余所者を良く思わないから、部外者である俺を連れていくことを心配している……とか。
「それで日程なんだけど……いつも通りの日程で帰って、裕也くんにはついてきてもらう形で大丈夫?」
「大丈夫だと思うわ。あなたもそれでいいかしら」
「い、いいも何も……まず、いつも通りの日程って何だ? 最初にそれを教えてくれないと答えようがないだろう」
「ああ、それは……」
どうやら、いつも通りの日程というのは、お祭りの一週間前に帰れる日程という意味らしい。沙耶香によると、お祭りがあるのが毎年八月八日らしく、二人はいつもちょうど一週間前に帰ることにしているのだとか。
「私たちの村は電波が通ってないからメールとか使えないし、そっちの方が分かりやすいんだよね」
「手紙を送るにしてもお金がかかるし、だったらオマツリの一週間前に帰るって言っとけば、向こうも準備できるじゃない」
「なるほど。よく考えられている」
毎年同じ日にお祭りが行われるというのなら、その日を基準にしておけば手紙を送る必要もなくなるし、向こうも準備がしやすい。
この時代に電波が使えないというのは非常に珍しいが、そういう環境で長年暮らしてきたからこその、生活の知恵というやつだろうか。
「八月八日の一週間前だと……日曜日か。めっちゃ混んでそうだな」
「ええ。早いうちに新幹線を取っておかないと。夏休みの、しかも日曜日なんて早い時期に売り切れるわよ」
「確かに。私ってば、すっかり忘れてた。香菜ってば本当に頼りになるー」
「褒められている気がしないのはなぜなのかしら……」
その後、俺たちは新幹線の予約をして、当日の動きを大まかにだがシミレーションした。どうやら山奥という言葉に偽りはないようで、新幹線を降りた後も、バスで二時間ほど移動しなければならないらしい。
両親が好きではないため、あまり長旅をしたことがない俺にとっては、香菜が顔を歪めるような旅路でもどこかワクワクしてくる。
そして、その日を迎えた。




