2-7
「……澪。茶はもういい。こっちを見ろ。」
低く、押し殺した声だった。
逃がさない──そんな意志が、そのまま叩きつけられる。
澪は弾かれたように顔を上げる。その瞳には、まだ水底の濁った残像が張り付いていた。ガルドはその目を見て、確信する。
(やっぱりだ。このままだと──こいつは、自分で自分を殺す。)
「あの乱戦の時……お前、自分が何をしたか分かってねえだろ。」
「……え?」
「あの光だ。全員を包み込んで、何もかもを弾いたあの結界。……あれを放ったのは、お前だ。」
心臓を直に掴まれたような衝撃が走る。
結界。
あの、視界が白に塗り潰された祈りの残滓。
「……そんな、はず……私に、そんな力……」
「嘘を吐くな。お前が祈った瞬間に光は溢れた。おれも、あいつも、この目で見た。」
逃げ場を失った思考を、言葉が追い詰める。
だが、その声に賞賛はない。あるのは、鋭い懸念だけだ。
「だがな、嬢ちゃん。お前の力は──お前自身だけを護らなかった。」
「……」
「他の誰も傷つかなかったあの場で、お前だけが毒を浴びて、沈んだんだ。」
言葉が、深く突き刺さる。
「それだけじゃない。お前は自分の身を顧みず、白陽花を摘んでいたな。……それは、ただの善意じゃねえ。」
ガルドの視線が、容赦なく踏み込んでくる。
「……お前、終わらせたいのか? 自分自身を。」
その瞬間、視界が白く染まった。
(──ああ、そうだった。)
胸の奥に沈んでいたものが、形を持つ。
私は──終わりたかったんだ。
水の檻。嘲笑。息の詰まる暗闇。
あそこから逃げるには、それしかなかった。
皆を護れと願えば、光は応える。
何も寄せ付けない壁となって。
けれど──
光は、あまりにも正確だった。
皆を守り、いらないと捨てた自分だけを、置き去りにして。
「……っ」
喉が焼ける。
「いいか。死にたがってる奴を護り抜くほど、難しいことはねえ。」
ガルドの声が、わずかに熱を帯びる。
「……おれは、あいつに、もう二度とあんな顔をさせたくねえんだよ。」
その言葉に、レオンハルトの姿が浮かぶ。
あの時の、狂おしいほどの熱。
震える手で、自分を抱きしめた温もり。
──ああ、私は。
あの人のそばにいたいと、思ってしまった。
だが、その想いは、すぐに押し潰される。
(……そんなの、許されるわけがない。)
こんな自分が。死にたがっている自分が。
「……守る側はな、お前が思ってる以上に見てる。……お前が自分をどう扱ってるかもな。」
「……全部、見てるってことだ。」
(──全部……?)
血の気が引く。
「生きたくない」と願う弱さも。
胸の奥に抱いた、どうしようもない想いも。
一番知られたくなかったものが、すべて晒されている。
(……耐えられない……!)
肺が焼けるような羞恥。
あの腕の中で、自分はすべて透かされていたのか。
「……っ」
澪は深く俯く。
その胸の奥で、何かが弾けた。
絶望ではない。
──拒絶。
このまま何も持たず、すべてを見透かされたまま、あの人の隣にいるなんて。
そんなことは、許せない。
(このままじゃ、嫌だ。)
何も持たないまま、あの人のそばにいるなんて──
許せない。
喉の奥が熱くなる。
初めて、自分自身に向ける怒り。
その震えを見て、ガルドはわずかに目を細めた。
「……少しは、その気になったか。」
その時だった。
夜の静寂が、外からの光によって塗り潰された。
「なっ……なんだ、ありゃ!?」
ガルドが窓へ向かう。
城の奥から、溢れ出す白。
それは、すべてを覆い尽くすような──圧倒的な癒しの光だった。
澪は息を呑む。
自分の光とは違う。それは、あまりにも完成されていた。
迷いも、歪みも、何もかもを許さず──ただ塗り潰す白。
(……ああ。)
その光を見た瞬間、理解してしまう。
(これが、正解なんだ。)
自分のような曖昧なものではない。
すべてを上書きする、絶対の光。
その白は、容赦なく部屋を満たし、澪の中の何かを静かに焼いていく。
まるで──自分という「間違い」を、消し去るかのように。




