2-6
ガルドの自室に差し込む月明かりは、鋭く冷ややかだった。
城内では騒ぎを鎮める声が響いているはずなのに、この部屋だけは嘘のように静まり返っている。
椅子に腰かける澪の指先は、氷細工のように白く冷え切っていた。先ほどレオンハルトの腕の中で感じた熱は、もうどこにも残っていない。
ガルドは無言のまま棚から毛布を取り出し、その細い肩を包むように掛けた。さらに、湯気の立つ茶を差し出し、逃げるように震える指を無骨な手で包み込む。
揺らめく灯火の中、ふと過去が脳裏をよぎる。
かつて命を懸けて守ろうとした、あの背中。目の前の少女の危うさが、それとあまりにも似ていた。
「……あの聖女サマが言っていたこと、気にすんじゃねえぞ。穢れだなんだと、余計なことを……」
低く吐き捨てながら、胸の奥に苛立ちが燻る。
あの女の言葉も、廊下で無神経に過去を抉った自分の行いも、どちらも気に食わなかった。
だが、澪は伏せたまつ毛を震わせ、かすかに微笑む。
「……いいんです、ガルド様。お気遣い、ありがとうございます。……でも、大丈夫ですから……私は、本当に……」
その声は、どこか遠い。
彼女にとって、あの言葉は悪意ではなかった。ただ、逃れられないものとして、静かに受け入れているだけだ。
水の檻。嘲笑。
そして、濁った水底へ沈んでいったあの瞬間。なぜ自分だけが、あの冷たい闇に沈められたのか。
──その理由を、澪はもう理解してしまっていた。
ガルドは、手の中の指先が温まるどころか、むしろ冷えを増していくのを感じ、眉をひそめた。
問い詰めるべきか。
だが、何を、どう問えばいいのか分からない。
目の前の少女は、あまりにも静かすぎた。まるで、最初からここにいないかのような──空虚な気配。
「茶が冷める。さっさと飲め。」
「……はい。すみません。」
澪は小さく頷き、カップを口に運ぶ。その肩は、頼りなく震えていた。
レオンハルトは、なりふり構わずこの娘を抱きしめていた。だが──その腕の中に、収まっていない。
ガルドは、じっと澪を見据える。
この違和感の正体は、まだ掴めない。
だが、このままでは──取り返しがつかなくなる。
その確信だけが、胸の奥で重く沈んでいく。
……このまま放っておけば、こいつは──
そこまで考えて、ガルドは舌打ちした。
「……ちっ。」
迷っている時間はない。
ガルドは椅子を引き、澪の正面へと踏み込んだ。




