待ち合わせ
ミレーナとの約束の日の朝、レイが目を覚まして寝ぼけ眼を擦りながら時計を見ると、時計の針が約束の時間を指し示そうとしていた。
「しまった、寝坊した!」
レイは大慌てで髪を梳かして寝癖を誤魔化し、着替えた後は朝食も摂らずに寮を飛び出した。
待ち合わせ場所に向かうさなかレイは、今日は休日なのにクオンが起こしに来なかった事に気が付いた。今日は元よりクオンは部活に、レイはミレーナと食事に行くと決まっていたのだが、クオンとはここ最近はほぼ毎日顔を合わせていたため、こうして全くの別行動となる事には何となく珍しさを感じた。
レイが急ぎ足で待ち合わせ場所の近くまで来ると、顔の右半分を包帯で覆った人物が待ち人来ずといった様子でベンチに座っているのが見え、既にミレーナが到着している事が分かった。
「デュランさん、遅れてごめん!」
「いえ、私もちょうど今来たところですから」
ミレーナは遅れて来たレイを咎める事はしなかった。今来たところだというのもきっと彼女なりに気を遣った嘘なのだろう。
レイはそこにミレーナの育ちの良さを垣間見たような気がして、ますます自分の締まりのなさを恥じ入った。
「ではヴェナブルズさん、行きましょうか」
「あ、そうだ……」
店に向かおうとするミレーナをレイは呼び止める。
「これから俺のことは、レイって呼んでくれないかな。ヴェナブルズは俺がいた孤児院の院長の苗字だから、どうも自分が呼ばれてる気がしなくて……」
決して、育ての親であるヘレナ・ヴェナブルズを家族と思っていない訳ではない。
だがそれでも血の繋がった親の姓ではない以上、ヴェナブルズ姓は便宜上付けられた記号のようなものに感じてしまい、ファーストネーム以外で呼ばれるのはどうも違和感があった。
「分かりました、レイさん。では私の事もミレーナと」
「ああいいよ。ミレーナさん」
気を取り直して今度こそ二人は昼食へと向かった。
一方その頃……
「こちらベルリッツ、目標その一が目標その二と接触。オーバー」
「近くにいんだからオーバーはいらねぇだろ……」
ベルリッツをはじめとする治安維持部員たちは、レイ達の待ち合わせ場所から少し離れた位置の茂みに隠れて彼らの様子を伺っていた。
ベルリッツが今日の活動内容を変更した目的は、こうして全員でレイを尾行する事にあった。
「追跡を続行するわ。オーバー」
「気に入ったんですかそれ……」
すっかり上機嫌で、まるで遠くと連絡を取り合っているかのような口調のベルリッツに、他の部員たちは呆れ気味にかぶりを振った。
「若いねぇ……」
いつの間にか着いて来ていた顧問のゼプターは、そんな部員たちの様子を懐かしげな表情で眺めていた。
「ミレーナさん、ここはヤバい」
「どうかしましたか?」
ミレーナに連れられて辿り着いたレストランの外観を見て、レイは一歩後ずさる。
窓は全てステンドグラスになっており、一目で見て金をかけている事がわかる上品な装飾がそこかしこに見て取れる。
その荘厳な店構えに、場慣れしていないレイはつい気後れしてしまった。
「ここ、明らかに上流階級の人が来るところだよ。ミレーナさんならともかく、俺みたいなのが来ていい場所じゃないって」
「そうでしょうか、気にする事ではないとは思いますが……」
強張った表情のレイとは対照的に、ミレーナは涼しい顔で言い放つ。そんな彼女に急かされるかのようにレイは腹をくくって入店した。
「お店に入っていったわね。オーバー」
「もうツッコまないぞ……」
あくまでその口調を続けるベルリッツを止める術はないとジオスが悟り、諦観の籠った溜息を吐く。そんないつも通りのやり取りを繰り広げながら、部員たちは尚もレイの尾行を続けていた。
「ここからじゃ店内の様子は見えないわね。移動しましょうか」
ベルリッツが潜伏場所を変えようとしたその時、それまでなし崩し的に同行していたクオンが突如として踵を返した。
「……興が乗らん。私は帰る」
「あ、イスルギさん……行っちゃいましたね……」
引き留めるセシリアの声も聞かず、クオンは足早に去って行く。
背を向けていたためその表情を窺い知る事は出来なかったが、その声色は実に不満げだった。
「面白くなってきたわ」
戸惑う部員たちをよそにベルリッツはまた悪戯な笑みをこぼした。
「いやぁ、若いねぇ」
「先生、いたんですか……」
立ち去るクオンの背中を見送りながらしみじみと呟くゼプターにイーノが気付いた事で、ようやく部員たちはゼプターが同行していた事を知った。
部員たちが自分を尾行しているとは露知らず、レイはミレーナと共に食事を摂り、朝食を抜いた事もあってかあっという間に完食していた。現在は食後に出された紅茶を口にしている。
「お料理の方は如何でしたか?」
「うん、凄く美味しかったよ。ありがとう」
注文してから料理にありつけるようになるまでにはかなりの時間がかかった。だが運ばれて来た料理は店の外観に恥じず素材がいい上に手が込んでおり、味も絶品だった。しかも価格は思ったよりも手頃で、待たされただけの価値は十分にあったと言えよう。
ミレーナに教えられなければ知る機会もなかったし、入ろうとも思わなかったであろう店だが、学校を卒業して稼ぐようになったらまた来たいと思えるような発見が出来た事をレイはミレーナに感謝した。
二人ともそろそろ紅茶を飲み終える頃合いなので、一休みしたら店を出ようかとレイが思っていたところで、ミレーナがレイに話を切り出した。
「レイさん、その……」
「どうしたの?」
彼女はやや話しづらそうに目を逸らすが、やがて決心したようにレイの目を真っ直ぐに見据えた。
「実は私には……貴方に一つ謝らなくてはならない事があるのです」




