演説の後で
先程まで微かに沸き立っていた会場が、しんと静まり返った。
ミレーナは、自身を生徒会長たりうる人物であると売り込む為の場で“自分は強い人間ではない”と言い放ったのだ。
「デュランさん、何を……」
レイもまた唖然としながらそう呟いた。ミレーナの低姿勢な性格が、ここに来て卑屈と言う名の短所となって表に出てしまったのでは、という不安が頭をよぎる。
「私が副会長とクラス委員長の役割を兼任してこられたのも、全ては人の力に頼ってきたからこそ……私一人の力では、何もできません」
生徒たちがどよめく中、ミレーナは構わず演説を続ける。
「ですがそれは、逆に言えば力を貸して下さる方が多ければ多い程、より多くの事に取り組み、成し遂げられるという事です。ほんの少しでも構いません。皆さんのお力を少しでも貸して頂ければ、私はそれを正しく使い、より快適な学校生活と言う形でお返しする事を約束します」
ここまで聞いたレイは、先程抱いた不安は杞憂であったと悟った。壇上で訴えかけるミレーナの姿は、自身で言うような一人では何も出来ない弱い人間には到底思えなかった。寧ろ、その飾らない毅然とした態度に胸を打たれる者が必ずいるとさえ確信できる。
「私一人が持つ力は吹けば飛ぶ羽根のようなものですが、そこに皆さんのお力が加わる事で、いつしかそれはこの学校をより良い方向へと導く翼になると信じています。故にどうか、よろしくお願い致します……!」
姿勢を正したミレーナは深々と一礼して降壇し、舞台袖へと去る。
ほどなくしてまばらな拍手が起こり、徐々に大きくなったそれは会場中に響き渡るほど盛大になり、演説を終えた彼女を見送った。
舞台袖のレイの元へ歩み寄ったミレーナの第一声は、これでもかというほど真に迫った平謝りだった。
「申し訳ありませんでした! 私からヴェナブルズさんに推薦責任者を頼んでおきながらあんな事を……」
確かに、ミレーナの長所をひたすら褒め称えたレイの推薦演説は全否定される形になったが、結果として多数の支持は得られそうだったので、彼は少しも悪い気はしていなかった。
「いや、気にする事ないよ。支持は十分集まりそうだったし、俺の推薦演説の方こそ必要ないくらいだったよ」
「そのような事は……」
本当に大丈夫だ、とレイが言ってもミレーナが引き下がる気配は一切なかった。一度低姿勢になると決してそれを崩さないのが彼女と言う人間だ。
「ならせめて、今回のお礼をさせて下さい。お詫びも兼ねて」
レイ本人としてはミレーナに対して貸しを作るような事をした覚えはないのだが、それでは彼女が納得しない事もわかっていた。それ故にどう返答したものかと悩んだが、ふと、以前財布を無くした時に、彼女が拾ってくれた上に昼食まで作らせてしまった事を思い出した。
「いや、前に俺の財布を拾ってくれたし、オムライスも作ってくれたでしょ。それで貸し借りなしっていうのはどうかな」
「それは、言われてみれば確かに……」
ミレーナが渋々ながらも納得する素振りを見せたので、ではそういう事で、とレイが去ろうとするが、その背中をミレーナが思い出したように引き留める。
「お待ちくださいヴェナブルズさん」
「まだ何か……」
ミレーナがここまで貸し借りに拘るとは、と一瞬思ったが、どうもそうではないらしい。
「これはあくまでクラスメイトとしてのお話ですが……」
「うん……」
ミレーナがいつにもまして畏まった態度をとるので、レイも身が強張った。
「城下町に私のおすすめのレストランがあるのですが、次の休日に昼食をご一緒しませんか? もちろん、食事代は私が持ちますので」
「え、いいの?」
思わぬ誘いにレイはついきょとんとした顔で質問を返してしまった。平たく言えば、次の休日に昼食を奢ってくれるとミレーナは言っているのだ。
「ええ、そちらも何かご予定はありませんか?」
次の休日は部活はあるが、休むなり早退するなりして問題はない筈だ。
唐突な話で驚いたが、人の奢りで普段行った事のない店の味を知れるという有難い申し出には食いつかずにはいられなかった。
「ああ、次の休日なら大丈夫だよ」
にこやかに即答したレイにはもはや部活を欠席する事への負い目など一切なく、頭の中はまだ見ぬ料理への期待で溢れかえっていた。




