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デイブレイクス〜Daybreaks〜  作者: 煙の物干し竿
第七章 熱い闘志を燃やせ
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堕神の墓

 ネロの後に続いて小さな階段を下って行くと、急に差し込んだ眩い光に目が眩む。程なくして彼らはそれが日の光である事を理解する。掌で目を庇いながら上を見上げると、自分たちの真上には丸く切り取った青空がその姿を覗かせていた。どうやらこの空間は吹き抜けのように外と繋がっているらしい。

そして眩しいのはそれだけではなかった。その辺り一面の水が光を反射して煌めき、美しくも幻想的な光景を創り出していた。


「これは池……いや、地底湖かな。それにあれは……」


ネロが早速何かを見つける。それは、湖の中心に佇む巨大な石碑だった。レイ達の居る位置からも歩いて辿り着けるよう、その石碑までは石畳の通路が橋となって伸びている。

途端に目の色を変えて真っ先に駆け出したネロを筆頭に、三人は湖を渡って行った。






 石碑には無数の蔦が絡まり、永い時の流れを感じさせたが、蔦の間から見える石はよく磨かれた上質なものである事が伺える。

ネロが少し蔦を退けると、そこには古代語と思わしき文字で短い文章が刻まれていた。


「何て書いてあんだ?」


「解読するよ……友よ、安らかに眠れ……誰かの墓のようだね……」


ネロは更に解読を進めると、最後の一行で突然目を見開いた。


「これは……! フェン……リス……!?」


フェンリス、その名前にはレイ達も聞き覚えがあった。


「フェンリスって、堕神伝説の?」


「ああ、堕神に立ち向かった英雄だ」


伝承によれば堕神は最後、地上人の英雄によって討ち滅ぼされたと言われている。その英雄として時折名前が登場するのがフェンリスだ。


「やはりここが……」


ネロは一人そう呟くと、レイとフェーゴの方へと振り返る。その瞳の奥に秘められた何かを感じ、レイは思わず一歩後ずさった。


「実は、僕の家は先祖の代から堕神伝説について研究していて、実家には多くの資料が眠っていたんだ。その中で見つけた資料では、フェルヘイズのある場所に堕神の墓があると書かれていた」


堕神伝説は未だ解明されていない部分も多々あり、出回っている資料の多くは後世の人間が勝手に脚色を付け加えた物が殆どであるため、信憑性が高いとは言えない。

しかし、ネロが目にした資料が嘘だったとしたら、今ここにあるこの墓標は一体何なのか。

当の彼は興奮気味に話を続ける。


「その資料に書かれていた呪文で道は開けたし、記載されていた内容とこの風景は一致しすぎている。間違いなくここは堕神の墓、そして堕神伝説は本当だった……御伽噺なんかじゃなかったんだ!」


「ちょっと待ってくれ」


顔を上気させて語るネロをフェーゴが遮る。その面立ちはいつになく真剣だった。


「それが本当なら、英雄は何で堕神を友なんて呼ぶ? ダチだったなら何でそれを倒したりした?」


フェーゴは更にこう付け加えた、友の墓を何故こうして隠したがったのか、と。


「……それは、わからない……何しろ、先祖が残した資料には堕神の墓を建てた人物については記されていなかったからね。まさかここにフェンリスの名が刻まれているなんて、僕も予想出来なかった」


ネロはそれだけ言うと口元で握り拳を作り、考え込んだように何も言わなくなった。それは彼に限った事ではなく、レイやフェーゴなら尚更の事だった。

自分達はここへ学校の体育祭に向けての自主練習に来た訳であり、この様な重大すぎる発見に立ち会うなどとは考えてもみなかった。

ここ数ヶ月、想定外の出来事が多すぎて、些細な事では動じなくなっていたつもりだが、レイは今、おそらく彼の人生の中で最も激しく動揺していた。






「いや、まさか……」


沈黙を破ったのは、その空気を作った張本人であるネロだった。


「もしかすると、ヒドゥンマスは堕神伝説についてもっと詳しく知っているのかもしれない。どうして今まで疑問に思わなかったのか……」


ネロの口から出たのは思いがけない名前であると同時に、レイ達とも決して無関係ではない組織の名前であった。


「なんでそこでその名前が出るよ。確かに堕神を信仰しちゃいるが」


「考えてもごらんよ。普通、伝説上でここまで悪く言われている神を、どうして崇拝しようだなんて思えるんだい?」


確かに、堕神伝説に関する文献は数あるが、その全てにおいて堕神は侵略者として描かれ、この大陸において悪の象徴ともいえる存在となっている。

他の大陸では死や破壊の神を祀り上げている国もあると聞くが、その理由は大抵災いを避ける為か、そもそも死や破壊を悪い意味に捉えずに再生の始まりと考えているかだ。ヒドゥンマスはそのどちらでもなく、あくまで恩恵をもたらすものとして信仰しているように見える。

彼らは行動理念すら明らかになっていない狂気じみた組織ではあるが、レイが出会ったウィブロンやガグロアといった団員は、目が泳いでいた訳でも何かに取り憑かれていた訳でもなく、一人の人間として自分の言葉を発していた。良識があるとは言えなくとも、それだけの正常さを保っている人間が堕神を崇拝するのには、何か世には知られていない理由があるのかもしれない。


「ともかく、これは詳しく調べてみる必要がありそうだ」


ネロが再び探究者の貌に戻る。目を見開いてその秀麗な口元を大きく歪めた彼は更に語り出す。


「隠された堕神の墓に刻まれていたのは彼を友と呼ぶ英雄の名。ヒドゥンマスが堕神を信仰するのには何か理由があるのか……興味深い謎に心が躍るじゃないか!」


沸き立つ血の騒めき、それを体でも表現して見せるネロの姿にはさしものフェーゴも引いたらしく、顰めた顔をレイと見合わせた。

そしてレイは確信する。彼がネロから感じていた嫌悪感の正体は、その飽くなきまでの探求心だ。

ただ純粋に謎を突き詰め、好奇心を満たしたいという欲求が狂気にも近い形で彼を駆り立て、こうして奔走させているのだろう。

この青年は、探究の為なら親でも殺せてしまうのではないかとさえ思える。


「もっと話していたかったけど、そろそろ行かなくちゃ。またどこかで」


そう言って去ろうとするネロだったが、ふと何かを思い出した様に立ち止まった。


「そういえば、レイ君には昔、ここで会う以前にもどこかで会ったような気がするけど……」


「俺と?  多分ここで会ったのが初対面だと思いますけど」


「そうか、僕の思い過ごしかな。それじゃあ僕は一度国に帰るよ。地の国アルスガルズ……太古のロマンに溢れたいい国だ。一度は来てみるといい」


言い終えるか終えないかの内に、今度こそネロは颯爽と立ち去って行った。






 本気で体育祭に打ち込んでいる者には悪いが、つい先程まで体育祭の心配ばかりしていた自分達がとても滑稽に思える。それだけ、今日知ってしまったものは、目の前にそびえる墓標のような重さと、巨大なスケールを誇っていた。


「なあ、ああいうの、歴史オタクっていうのか?」


「いや、わからないけど……」


「まあとにかくだ」


不意にフェーゴが肩を組むようにレイに腕を回す。


「俺は今の話を聞いて、二人三脚の練習を真面目にやる事にした」


彼の唐突な宣言にレイの目が点になる。


「えっと……もう一度言って貰えるかな?」


「だから、俺は今の話を聞いて……」


「二人三脚を頑張るのはわかったけど、そこまでに至った経緯を詳しく」


途端に神妙な顔つきになったフェーゴはレイの肩から手を外すと、今度は自分の腕を組んだ。


「あの英雄……フェンリスだっけ? ネロさんが読んだ通りで、伝説通りなら、ダチを殺しちまったんだろ? 俺はどんな理由があってもダチを裏切るような事はあっちゃならねぇと思うからよ……だから、少なくとも俺からは裏切らねぇ為にも、なるべく裏切られない為にも、普段からもっとダチを大事にするって決めたんだ」


再びフェーゴはレイと肩を組む。今度は少し強引に、そして先ほどより力強く。


「それが、二人三脚を真面目にやろうと思った理由?」


「おうよ!」


単純な理由だが、それはそれでフェーゴらしくていいかもしれないとレイは思う。これだけ近づくと、互いの心臓が刻む鼓動を感じ取る事ができ、固く煮詰まっていた心がほどけていくような感覚を覚える。

体育祭まで日はないが、フェーゴとならどんな戦いも打ち勝って行ける気がした。






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