終幕
舞台の幕が再び上がる。
治安維持部の公演『魔王城の暁』にはまだ、最終幕が残されていたのだ。
そこは、崩れた魔王城を背景にした草原だった。
「イーリス様、第二区画の復旧が開始されました」
「ありがとうございます」
魔王の部下その二がイーリスに状況を報告していた。
あれからイーリスは魔王の代理としてサタニエルから託された理想の為に邁進すると共に、勇者との戦いで破壊された城と城下町の復興にも尽力していた。
「それと、人の国の王ですが……」
「はい」
「どうやら、勇者への謝罪と補償の件を承諾したようです」
「良かった……」
「それから……」
続いて、魔王の部下その二は新たな文書を取り出す。
その顔には堪え様のない笑顔に満ち溢れていた。
「我が国との停戦の件、あちらは受け入れの姿勢を示している、との事です」
「それは……」
イーリスが言おうとしたその言葉は、別の誰かが先に言う事になる。
「それは真か!」
声のした方、舞台の袖からは、魔王城の崩落に巻き込まれた筈の魔王が颯爽と姿を現した。
「貴方は……!」
「ま、魔王様、よくぞご無事で……」
部下その二はすぐさま踵を返して魔王の帰還を皆に知らせる。
「魔王様がお戻りになったぞー!」
ジオスが完全に退場すると、残ったレイとセシリアはラストシーンの演技に入る。
「随分と待たせてしまったな」
「はい、でも貴方がいない間にようやくここまで辿り着きました」
「感謝する。しかし、私の理想はもっと先にある」
サタニエルは一歩、イーリスに歩み寄る。
「どうかお前にはこの先も、私の理想を支えて貰いたい」
彼はイーリスに手を伸ばした。彼女はその手を取り、最後の台詞を口にする。
「はい……私はいつまでも、貴方と共にありましょう……」
崩落した魔王城の影から日が昇る。
これにて幕が降り、今度こそ『魔王城の暁』は終幕を迎えた。
治安維持部は舞台裏で劇の成功を祝う。腹痛から復帰したフェーゴも、戻って来た役者達を労った。
「みんな、お疲れ様」
「倒れちまって悪ぃな。でも、イスルギさんがやって正解だったな」
そこで、審議修了のアナウンスがかかった。
大賞や主演男優賞などは、観客の投票と生徒会本部の審議で決まる。いよいよその結果が発表される訳だ。彼らは期待に胸を躍らせて体育館へと移動した。
広いはずの体育館は、観客と各部の部員達で大変混雑していた。皆、結果発表を心待ちにしている。
『結果を発表します。大賞は……』
お決まりのドラムの音が鳴り響き、そこにいる全員の緊張感が高まる。
『演劇部』
肩透かしを食らったようなムードの中、一部の生徒が喚声を上げる。おそらく演劇部の生徒達だ。
反則と言えばそうなるが、他の部にそれを越えるものがなかったという事だろう。
『続いて、主演男優賞は、ワンダーフォーゲル部……』
「……あんまり、ウケなかったんでしょうか、僕の脚本」
イーノが肩を落とすが、あながちそういう訳でもなかった。
恐らくレイとクオンの戦いがあまりにも激しく、危うくクオンが怪我をするかもしれないような場面もあったため、学生の行事には不相応であると判断されたのだろう。
『助演男優賞は、治安維持部、ジオス・ノヴァ君』
今度は、わき上がる会場の中で一部の生徒……治安維持部だけが沈黙していた。
というより、予想外の展開に絶句したと言うべきなのかもしれない。
「おい聞いたかジオス。助演男優賞だよ!」
まず初めに、フェーゴが素直に仲間を祝福する。本番の前から今日にかけて奔走していたジオスの苦労が評価されたのだ。
「おめでとうございます!」
「でかしたわ、ジオス」
「あ、ああ……よかっ……た……」
皆が次々とジオスを祝福する中、彼はそれだけ言って仰向けに倒れ込んだ。
「ジオスが過労死した!?」
慌てふためくベルリッツを尻目に、クオンはジオスの手首を取り、脈を計る。
「いや、疲れて眠っているだけだ」
「思えば、この中で一番大変だったのはジオスだったのかな」
「文化祭、すげぇ楽しみにしてたもんな」
「そういえばこの間、夕方に河原で発声練習をしていたぞ」
彼は今回の劇を成功させる為に至る所で努力し、その役目を全うしたのかもしれない。
「安らかに眠って頂戴」
「いや……」
生きてますよ、とレイが言おうとした時、突然彼の視界が霞み始めた。恐らく、劇の最中に光速移動を多用した為、レイの体質が発現したのだろう。
「お、おい、レイまで倒れちまったぞ!」
レイの意識は、闇に閉ざされた。
目を覚ますとそこは、見慣れた保健室だった。
「気が付きましたか?」
「ん……セシリア?」
ベッドの傍らには、セシリアが座っていた。
「様子、見に来てくれたんだ」
「はい、さっきまではイスルギさんが様子を見てくれてたんですけど、今交代したところです」
「そうか、みんなは?」
気を失うのはいつもそれほど長い時間ではない。その為レイは現在の時刻より先に、他の部員達について尋ねた。
「ジオス先輩が目を覚ましたので、打ち上げの準備中です。先輩ももう行けますか?」
“問題ない”と言うのは、レイには少々難しかった。
体質による失神とは別に、クオンとの戦いの疲労がまだ残っていた。
「もう少しだけ、休んでもいいかな」
「わかりました」
レイは再び目を閉じ、それに伴ってセシリアもその場に残った。
「なあセシリア」
「どうしましたか?」
レイはふと気になったことをセシリアに訊く。
「もう一つの人格があるって、一体どんな感じなんだ?」
それは彼女の二重人格……解離性同一性障害の事だった。聞いた後に少々デリケートな質問だったかもしれないと軽く後悔したが、セシリアは気した様子もなく質問に答える。
「もう一つ……ネフィリムの事ですか?」
「名前があるのか?」
「はい、人格、と言うよりは……私の中にいる別の人って感じです。いつも私の代わりに戦ってくれて、とても感謝してます」
誤解されやすいが、多重人格とはただ性格が変わる事ではない。セシリアも言ったように、体を共有した別人と言った方が正しい。性格は勿論のこと、年齢はおろか性別すら違うという事もあるのだ。
「たまにお話したりもするんですよ。私よりちょっとお姉さんみたいなんですよ」
「会話出来るのか!?」
「はい、言葉じゃなくて意識を交換し合う形になりますけど」
自分には想像もつかない、と言った後レイは体を起こす。いつまでも他の部員を待たせておく訳にもいかない。
「もう大丈夫だよ。行こうか」
「はい」
今日レイは、セシリアの今まで知らなかった部分を知る事ができた。
彼女はこれから共に活動していく仲間だ。こうして彼女を知る事で親睦を深めていきたいと思う。それは、他の仲間についてもまた然りであった。
「色々あったけど、楽しかったな……」
校門の前で一人そう呟いたのはイーノ。
例によって例の如く、ベルリッツの“イーノ、買い出しよろしく”である。
「あんた、ちょっといいか?」
そのまま城下町へ向かおうとしたイーノを、誰かが横合いから呼び止めた。
「僕ですか?」
「あんたも治安維持部と一緒にいたよな?」
「はい、そうですが……」
言いかけたイーノの言葉は尻すぼみに終わった。
声の主は二十代前半から半ば程の銀髪の男、その顔を見た時、イーノは開いた口が塞がらなかった。
その顔は……
「セシリア・マクスウェルに、素晴らしい演技だったと伝えてくれ」
その顔は、あまりにもレイに似すぎていた。
第四章 開幕、文化祭 終




