魔王城の暁
「私の部下が……やられた……」
「そんな……」
第三幕は魔王城のシーンから始まる。
「ここに攻め込まれるまで時間の問題だな」
魔王は観客側に背を向けて窓の外を見上げた。
「サタニエル様は、どうして私を連れ出して下さったのですか?」
「……私はな」
彼は上体を僅かにイーリスの方へと向ける。
「私は幼い頃からこの戦争を見て来て、皆が何の為に戦っているのか、ずっと疑問に思っていた」
そこでイーリスははっと息を飲む。今の自分も、全く同じ事を考えていたからだ。
「大人に戦いの理由を尋ねると、人は敵だからと言い、何故敵なのかと問えば奴等は悪なのだと教えられた」
サタニエルはイーリスの方へと振り返る。
「父が死んで私が即位した時、初めに言われたのはこれだ。父の遺志を継ぎ、必ずやこの戦争に勝ってくれ、とな。可笑しな話だろう? 事の発端は父であって、私が……我々の世代が人に何かされた訳でもあるまい」
それは、人の国でも言える事だった、とイーリスは気付く。
「それで和平を……」
「ああ、だが王は応えなかった。父が人を殺し過ぎたのだ。だから、お前を人質にして停戦だけでも、と思ったが……」
「……そんなやり方では……」
サタニエルは再び窓枠にもたれかかった。
「ああ、結局私のした事は父と何ら変わらない……争いしか生まなかった」
イーリスは暫く俯いたままだった。
「貴方はとても……不器用な人ですね」
「……」
「でも、とても優しい心の持ち主です」
「イーリス……」
サタニエルが何か言いかけたその刹那、魔王城に破壊音が響き渡った。
「来たか……」
彼が振り返るのとほぼ同時に、舞台の袖からクオン演じる勇者イスルギが姿を表した。
「貴様が魔王か」
「そう言うお前は、勇者で相違ないな?」
「如何にも」
勇者は、二本の刀を抜いて構えをとる。
「まあ待て、私にお前と戦う意思はない。どうかここは剣を引いてはくれまいか?」
しかし勇者は剣を収めるどころか、構えを解く気配すら見せなかった。
「私とて無益な争いは避けたい処だが……帰らねばならない場所がある」
勇者の両手に握られた刀が赤く染まる。
「……ッ。イーリス、お前は退いていろ」
イーリスは言われた通り、舞台の裾へ退場し、替わりにジオスがまた別の衣装を纏い、レイの槍を持って来る。さしずめ、魔王の部下その二といったところだろうか。
レイは槍を受け取り、ジオスが退場したのを見届けると、自らも構えをとる。
ここから先は死合いになると、覚悟を決めながら。
「ゆくぞ魔王、いざ参る!」
動き出したのは、ほぼ同時だった。
雷鳴が轟き、赤い花びらが舞ったかと思えば、そこから先は目にも止まらぬ高速の殺陣が繰り広げられていた。
光の速さで駆ける魔王と、翻弄される事なくそれを迎え撃つ勇者。槍と刀の撃ち合う金属音が舞台上の至る所で響き渡った。矢継ぎ早に斬り結ばれる剣戟から赤と青の粒子が飛散し、舞台上をきらびやかに彩る。
瞬く間に観客はその光景に釘付けになる。それは、最早演技などではなく真剣勝負だった。
火花が散る程の鍔迫り合いの後に両者が突き放し、僅かな静寂を挟んで魔王の方が先に動いた。
『貫け……』
天に掲げた彼の左手に、青白い光が収束し、一本の槍を型どっていく……
『光の槍よ!』
光の槍を投げた直後、やり過ぎた、とレイは焦った。
勝負に夢中になるあまり、攻撃魔術にまで手が伸びてしまっていた。このまま光の槍がクオンの身を貫けば大怪我を負わせるか、最悪の場合命を奪ってしまう。
彼の脳裏を掠めた不吉な予想はしかし、クオンの前では杞憂に終わった。彼女は両手の刀を逆手に持つと、腕ごと交差して槍を真正面から受け止めたのだ。
クオンは大きく後退し、舞台には彼女の足跡が二本、くっきりと残っていた。
「今のは効いたぞ……レイ……」
クオンもつい演技を忘れ、レイの名を口にしていた。
舞台の裾、観客からは見えない所からベルリッツが、『そこまで』と殴り書きした画用紙を掲げた。こちらも流石に潮時だろうと思っていたところだ。そこでレイは次のシーンの演技に取り掛かる。
「勇者よ、お前が戦うのは元の世界に帰る為か?」
「其れがどうした」
「私を倒したところで、帰れる保証はあるのか?」
「何?」
魔王の言葉に一瞬、勇者の構えが乱れる。
「異界の扉を開いたのは誰だ? お前はいい駒として利用されているだけではないのか?」
「っ……しかし……」
「サタニエル様の言っている事は本当です!」
セシリア演じるイーリスが、急ぎ足で再び舞台に登場する。
「何者だ」
「私は人の国の王女、イーリスです」
「人の王女が何故此処にいる?」
「やはり、父は言っていませんでしたか……」
それは、二重の意味を成していた。一つは自分の存在、もう一つは……
「あの国には異界から勇者を召喚する方法があると聞いていますが、召喚した勇者を元の世界に帰す方法があるとは、聞いた事がありません……」
「何……だと……」
勇者の手から二本の刀が滑り落ちた。
「それに父は……人の王は、娘が魔物の国にいるのを知りながら、その国を滅ぼそうとする……そう言う男です……」
勇者は絶望にうちひしがれて膝を突いた。自分はもう、帰れないのだと知ってしまった。
激闘の幕切れは、あまり後味のいいものではなかった。
次の瞬間、物語は急展開を迎える。
突然、魔王城が小刻みに震え、崩落を始めたのだ。
因みに舞台裏ではジオスと復帰したフェーゴが必死に背景を揺らし、ベルリッツとイーノが小石や砂をばら撒いていた。
「いかん、戦いの衝撃で城が崩れる!」
それから魔王は暫し考えると、何かを決意したように顔を上げた。
「イーリス、お前は勇者と共に私の転移魔術で脱出しろ!」
イーリスはすぐには首を縦に振らなかった。サタニエルの面立ちに違和感を感じたからだ。
「貴方は……サタニエル様も、行きますよね?」
しかし彼は、首を縦には振らずに目を逸らした。
「私は……父ほど優秀ではなくてね、今の魔力では二人が限界だ……私はここに残る」
イーリスは絶句した。
彼は自分の命より、出会ったばかりの敵国の姫と先程まで戦っていた勇者を助けようと言うのだ。
「和平は……戦いを終わらせるのではなかったのですか!?」
「それはお前に託す事はできまいか? どうやら私が魔物の王を治めていては、その日は来ないようだ」
「私には……荷が重すぎます!」
城がより一層大きく揺れる。
「いや、お前なら出来る。私と同じ理想を抱いたお前だからこそ……」
サタニエルの真横に瓦礫が落下する。もはや一刻の猶予も残されていなかった。
「時間がない」
「サタニエル様っ!」
一瞬の雷光が閃き、イーリスの姿が消える。実際には転移させたのではなく、レイが光速移動でセシリアを運び、また同じ位置に戻って来ただけなのだが。
「さて……後は、お前だ」
サタニエルは未だ膝を突いたままの勇者に歩み寄る。
レイは実際にクオンとの戦いで疲弊しているが、それがかえって満身創痍の魔王を演出するのに一役買っていた。
「これ位しかしてやれなくて済まない」
勇者の肩に手を置き、彼が言うと、再び雷光が閃く。
そして、勇者も無事転移を完了した。
「さらばだ、イーリス……」
柱にもたれかかり、やや満足げに微笑んだ彼の頭上に巨大な瓦礫が見えた所で、幕は降りた。




