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第九章 プリストン

 フラン王国には弱点があった。


 優れた鋼製品を作れる。


 職人もいる。


 商人もいる。


 だが、優良な大型港湾が少ない。


 そのため国外へ大量の商品を送り出すには、他国の港を経由する必要がある。


 プリストンは、その中でも非常に使い勝手が良かった。


 港が深い。


 大型船が入れる。


 倉庫も多い。


 街道も整っている。


 フラン王国の商人にとって、プリストンの利用条件は利益に直結する。


 そして、その港を所有しているのがソフィアだった。


 別室へ入ったマイケルは、もう先ほどの若い外交官ではなかった。


 手札がある。


 ならば戦える。


 最初に、シャーロットへ謝罪させなかった。


 これが最も重要だった。


 王女が感情的になったことは認める。


 だが、なぜそうなったのかを切り離さない。


 ジュリアが留学時代の個人的な事情を知りながら、それを利用して挑発した。


 しかもモリア王国主催の祭典で。


 友好国の大使令嬢として適切だったのか。


 マイケルはそこを問い続けた。


 フラン王国大使も簡単には引かない。


 娘の言葉に多少の配慮不足はあった。


 だが王女が先に激昂した。


 そこを譲れば、今度はフラン側の面目が潰れる。


 交渉は平行線になった。


 そこでマイケルは話を変えた。


「ところで、プリストン港についてですが」


 フラン大使が止まった。


 なぜ今、その話が出る。


「ロール伯爵より、今後の交易について外務省と協議して構わないとのお話をいただいております」


 嘘ではない。


 ソフィアは交易権を貸した。


「近年、入港船舶も増えております。港湾設備にも限りがありますから、利用国や優先順位について一度整理する必要があるのではないかと」


 脅してはいない。


 フラン船を締め出すとも言っていない。


 ただ、整理する。


 優先順位を考える。


 それだけで十分だった。


 フラン大使には意味が分かる。


 プリストンの利用条件が悪化すれば、フラン王国の鋼製品輸出に影響する。


 しかも以前とは違う。


 モリア王国自身が鋼製品を作り始めている。


 モリア側には、フラン製品を優遇し続けなければならない理由が少なくなっている。


 マイケルはさらに続けた。


「もちろん、両国は長年の友好国です」


 逃げ道も用意した。


「今回のような些細な行き違いが、交易関係へ影響することなど、私としても望んでおりません」


 些細な行き違い。


 そういうことにしてやる。


 ただし、そのためにはそちらも引け。


 フラン大使は理解した。


 そして娘を見た。


「ジュリア」


 声が変わっていた。


 ジュリアもようやく、自分が何を動かしてしまったのか理解した。


 王女との口喧嘩ではなくなっている。


 フラン王国の商人が使う港の話になっている。


 ジュリアはシャーロットへ謝罪した。


 留学時代の個人的な事情を持ち出したこと。


 婚約を使って挑発するような言動をしたこと。


 シャーロットもそれを受け入れた。


 そして自分も感情的になったことについて言葉を返した。


 ただし、謝罪の順番が重要だった。


 ジュリアが先。


 シャーロットは、それを受けた上での応答。


 モリア王国の王女が外国大使令嬢へ屈した形にはならない。


 マイケルは勝った。


 ソフィアは少し離れたところから、その一部始終を見ていた。


 見事だと思った。


 自分が渡したのは、プリストンというカード一枚だけ。


 マイケルはその価値を瞬時に理解した。


 相手が最も困る場所へ置いた。


 しかも、本当に交易を止めるところまでは踏み込まない。


 両国の関係を壊すことなく、相手から譲歩を引き出した。


 若い。


 だが優秀だ。


 外務大臣の息子というだけではない。


 自分で戦える。


 これで終われば完璧だった。


 だが、マイケル・ロッシという男は、完璧なところで止まれない男だった。

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