第三章 国王が頭を下げる日
モリア国王は三十九歳だった。
三人の王子と二人の王女がいる。
第一王子ダニエルは十九歳。
多少軽薄なところはあるが、いずれ落ち着くだろう。
そう考えていた。
その認識が甘かったことを、婚礼当日の深夜に思い知らされた。
国王が最初に確認したのは、何が起こったかではない。
「証人は?」
「王子妃付きの侍女数名が確認しております」
「部屋は?」
「ソフィア様の指示で、そのまま保存されています」
「スミス侯爵令嬢は?」
「治療中です。命に別状はありません」
国王は目を閉じた。
逃げ道がない。
息子が愛人を作った。
それだけなら王家内部の醜聞として処理できたかもしれない。
だが今回は違う。
相手が悪すぎた。
スチュアート家は国土の五分の一を支配する。
しかも、もともとは隣国側の領主だった。
その家が臣従の証として娘を王家へ差し出した。
王家はそれを受け取った。
そして婚礼当日、その娘を第一王子が公然と侮辱した。
もしウィリアム・スチュアートが、
――我が家への侮辱である。
そう宣言したらどうなるか。
最悪の場合、王国が割れる。
勝てるかどうかという問題ではない。
そんな戦争を始めた時点でモリア王国は終わる。
国王は即座に決断した。
翌朝。
ソフィアは国王の私室へ呼ばれた。
十四歳の少女を前にして、国王は立ったまま深く頭を下げた。
「このたびのこと、王家の長として謝罪する」
ソフィアは驚いた。
まさか国王本人が頭を下げるとは思っていなかった。
さらに驚いたのは、その後だった。
ダニエルの王位継承権剥奪。
臣籍降下。
スミス侯爵家への養子入り。
男爵位のみを与え、王都への出入りを禁じる。
第二王子トーマスを新たな王太子に指名する。
処分は徹底していた。
そして王家からソフィアへの賠償。
王家直轄領の一部を割譲する。
中心となるのは港街プリストン。
周辺地域を含め、新たにロール領として独立させる。
ソフィアにはロール伯爵位を与える。
十四歳の少女が、一夜にして領地持ちの伯爵になった。
「陛下」
「足りぬと思っている」
国王は率直だった。
「だが、これ以上は王国そのものの均衡を崩す」
ソフィアにも分かった。
だから受け入れた。
その後、ダニエルとローラの前でも処分が伝えられた。
二人は、国王がソフィアへ頭を下げる姿を見た。
そこで初めて、本当の意味で理解した。
自分たちは十四歳の田舎娘を侮辱したのではない。
王国の五分の一を支配する家との関係を、婚礼当日に破壊しかけたのである。
そして、もう一人。
頭を抱えた男がいた。
スミス侯爵である。
娘ローラの将来はほぼ閉ざされた。
それだけではない。
未婚の妹たちまで影響を受ける。
さらに国王から、
「ダニエルの保護監督を命じる」
と言われた。
スミス侯爵は耳を疑った。
自分の娘を巻き込み、王家との関係まで危うくした元第一王子を、これから自分が面倒を見なければならない。
だが拒否できない。
侯爵は王都から遠く離れた領地の一つを二人に与えた。
そこで静かに暮らせ。
できれば二度と問題を起こすな。
それが侯爵にできる精一杯だった。
一方、ソフィアは名前を変えた。
ソフィア・モリアではなくなった。
実家へ戻るだけでもない。
ソフィア・スチュアート・ロール。
スチュアート伯爵家の娘でありながら、自らもロール伯爵となった。
結婚生活は一日も続かなかった。
代わりに港を一つ手に入れた。




