第二章 一日だけの王子妃
婚礼そのものは盛大だった。
王家とスチュアート伯爵家の結びつきを国内外へ示す式典でもある。
王都の大貴族はほぼ全員が招待され、外国の使節まで列席した。
白い婚礼衣装をまとったソフィアはよく目立った。
もともと顔立ちは整っている。
飛び抜けた美少女というほどではないが、背が高く、姿勢がいい。
大勢の前に立つと不思議なほど映える少女だった。
一方、夫となったダニエルは、この婚姻を喜んでいなかった。
王都で育った彼にとって、スチュアート領は遥か彼方の田舎である。
そこからやってきた十四歳の娘を父王から妻として与えられた。
しかも理由は政治である。
ダニエルには以前から親しくしている女性がいた。
スミス侯爵家長女ローラ。
十七歳。
王都社交界でも知られた美しい令嬢だった。
ソフィアは、そのことを知らなかった。
婚礼を終えた夜。
新たにソフィア・モリアとなった少女は、自分の寝室へ向かった。
緊張はしていた。
しかし、逃げる気はなかった。
政略結婚から始まったとしても、夫婦になる以上、少しずつ関係を築けばいい。
そんなことを考えながら扉を開けた。
そして、中を見た。
夫がいた。
もう一人、女性がいた。
ローラ・スミスだった。
説明を必要としない状況だった。
ソフィアは扉のところで立ち止まった。
ダニエルが何かを言った。
ローラも何かを言った。
だが、ソフィアはすぐには答えなかった。
怒るより先に、状況を整理していた。
ここは王子妃の寝室である。
今日は婚礼の日。
自分は正式にダニエルの妻となった。
その寝室に、未婚の侯爵令嬢がいる。
しかも、到底言い逃れのできない状態で。
この国では、未婚の貴族令嬢が婚姻前に男性と関係を持っていたと知られれば、本人だけの問題では済まない。
今後の婚姻はほぼ不可能になる。
さらに姉妹の縁談まで傷つける。
だからこそ、貴族社会では何より慎重に扱われる問題だった。
それを、王子妃の寝室でやった。
しかも婚礼当日に。
「なるほど」
ソフィアはそう言った。
部屋にあった装飾用の壺を手に取った。
ローラが悲鳴を上げた。
ソフィアは国境で剣を習っている。
人間の身体のどこが危険で、どこなら致命傷を避けられるかも教えられている。
だから加減した。
殺すつもりはなかった。
だが、無傷で済ませるつもりもなかった。
壺が割れた。
ローラが倒れた。
ダニエルが青ざめた。
「何をする!」
「私の寝室です」
ソフィアは静かに答えた。
「そして、あなたは私の夫です」
怒鳴らなかった。
泣かなかった。
それがかえってダニエルを怯ませた。
ソフィアは廊下にいた侍女を呼んだ。
「この部屋を閉鎖してください。誰も出さないように」
「ソフィア!」
「それから国王陛下にお知らせを。スチュアート伯爵家にも使者を」
そこでダニエルも、ようやく顔色を変えた。
「待て」
ソフィアは振り返った。
「何をでしょう?」
「これは……その……」
「王家とスチュアート家の間で取り決めた婚姻ですよね?」
その一言で、ダニエルは黙った。
これは夫婦喧嘩ではない。
そのことに、ようやく気づいたのである。




