第十一章 三度目は自分で選ぶ
望月祭から数日後。
外務大臣アラン・ロッシ伯爵は、ロール伯爵から面会を求められた。
断る理由はない。
プリストンの一件について礼を言う必要もあった。
息子マイケルが勝手に借りたような形になっているが、あの交易権がなければ事態はあれほど綺麗に収まらなかった。
アランはその話だと思っていた。
違った。
「ご子息をいただけませんか?」
アランは固まった。
「……何を?」
「マイケル・ロッシ男爵です」
「それは分かっております」
分からないのは、その先だった。
ソフィアは落ち着いて説明した。
「結婚を申し込みたいと思います」
「あなたが?」
「はい」
「息子に?」
「はい」
アランは黙った。
外交交渉なら慣れている。
何十年もやってきた。
だが、これは想定していなかった。
「失礼ですが、ロール伯爵」
「はい」
「息子の何をお気に召されたのでしょう」
「優秀です」
「それは……親としてはありがたい評価です」
「勇気もあります」
「はい」
「国への忠誠心も強い」
「それも間違いありません」
「そして危険です」
アランは答えなかった。
そこまで分かっているなら、なぜ欲しい。
「私は、あの方を面白いと思いました」
ソフィアは笑った。
「私は二度結婚しました」
「存じております」
「二度とも、相手は私が選んだ方ではありません」
王子との婚姻は家のため。
ミラー公爵家との婚姻は国のため。
どちらも必要だと思ったから受けた。
後悔しているわけではない。
結果としてプリストンを得た。
ルールも得た。
領主になった。
自分の人生は大きく変わった。
「ですから、三度目くらいは自分で選びたいのです」
アランは、しばらく考えた。
「息子は次男ではありません」
「存じています」
「ロッシ家を継ぐ可能性もありました」
「では、弟君にお願いします」
「簡単におっしゃいますな」
「私はロール家をなくすわけにはいきません」
そこは譲れない。
ソフィアは独立した伯爵である。
結婚してどこかの家へ入るのではなく、夫をロール家へ迎える。
マイケルが婿に入る形になる。
アランは頭を抱えた。
しかし、政治的には悪くない。
いや、悪くないどころではない。
スチュアート伯爵家の長女。
ロール伯爵。
プリストン。
ルール穀倉地域。
陸上警備団。
海上警備団。
それだけの基盤を持つ女性が、自分の息子を夫に望んでいる。
ロッシ家にとっては破格の話だった。
問題があるとすれば、息子本人くらいである。
そして話は国王のところまで届いた。
「本当にマイケルでよいのか?」
国王はソフィア本人へ確認した。
「はい」
「優秀ではある」
「存じています」
「外交官としても期待している」
「はい」
「だが、あれは時々、止まるべきところで止まらんぞ」
「そこも存じています」
国王は黙った。
ソフィアが何を考えているのか分からない。
「危険だぞ」
「だから良いのです」
「なぜだ」
「私が止めます」
国王はさらに黙った。
妙な説得力があった。
考えてみれば、十四歳で第一王子を失脚させた少女である。
十五歳で公爵家の跡取りまで消えた。
本人が狙ってやったわけではない。
だが、ソフィアを侮った男が二人続けて社交界から消えたのは事実だった。
マイケルくらいでちょうどいいのかもしれない。
国王はそう思うことにした。
そして最後に、本人同士の話となった。
マイケルは珍しく緊張していた。
外交交渉で外国大使を相手にする時より、よほど落ち着かない。
「なぜ私なのでしょう」
やはり最初にそれを聞いた。
「望月祭で気に入りました」
「どの辺りを?」
「全部です」
「全部」
「最初に立ったところから、最後に余計なことを言ったところまで」
マイケルは少し嫌そうな顔をした。
「やはり余計でしたか」
「ええ」
「私は必要だと思ったのですが」
「そこです」
「はい?」
ソフィアは笑った。
「そこが気に入りました」
マイケルには分からなかった。
ソフィアはもう少し説明した。
「あなたはモリア王国が好きなのでしょう?」
「もちろんです」
即答だった。
「だからシャーロット殿下に謝らせたくなかった」
「はい」
「我が国が友好を求めていることを、弱さだと思われたくなかった」
「その通りです」
「だから父上が動けなくても、自分で動いた」
マイケルは頷いた。
「私は、そういう方が好きです」
ソフィアにとっても同じだった。
スチュアート領が大切だった。
プリストンも大切になった。
ルールの領民も、今では自分が守るべきものだった。
自分の大切なものへ手を出されれば、ソフィアも黙ってはいない。
ダニエルの時もそうだった。
ポールの時もそうだった。
方法は違う。
だが根の部分では、マイケルと似ている。
守り過ぎるのである。
「ただし、一つ条件があります」
「何でしょう」
「私のものを勝手に外交戦争へ投入しないでください」
マイケルは困った顔をした。
「プリストンとか?」
「特にプリストンです」
「今回は伯爵が貸してくださったのですが」
「ですから今回は構いません」
「では次回も聞けば?」
「内容によります」
ソフィアは少し考えた。
「あなたは多分、止めても何かしますから」
「そのようなことは」
「します」
断言された。
マイケルは反論をやめた。
こうして婚姻が決まった。
三度目の婚礼は、過去二回とは少し違った。
王家が決めたわけではない。
実家が決めたわけでもない。
国益のために押し付けられた相手でもない。
ソフィア自身が選んだ。
マイケル・ロッシはロッシ伯爵家を離れ、ロール家へ入った。
ソフィアは名前を変えない。
ソフィア・ロール。
独立した伯爵であり、プリストンとルールを治める領主。
そこへ夫を迎えたのである。
婚礼の日。
父ウィリアムは娘の隣に立つ青年を見ていた。
温和な国境伯は、娘の過去二回の結婚を思い出していた。
第一王子。
公爵家長男。
どちらも家柄だけなら申し分なかった。
そして、どちらも一日も持たなかった。
今度の男は違う。
身分だけなら男爵。
外務大臣の息子ではあるが、王子でも公爵家の跡取りでもない。
その代わり、外交官として優秀だった。
若いのに外国大使と正面から渡り合う。
自分の国を守るためなら、父親より先に飛び出す。
そして勝った後に、余計な一撃を入れる。
ウィリアムは隣にいた国王へ小さく尋ねた。
「陛下」
「なんだ」
「あれは大丈夫なのでしょうか」
「私に聞くな」
国王は即答した。
「そなたの娘が選んだのだ」
「それが心配なのですが」
「奇遇だな。私もだ」
二人は黙った。
少し離れたところでは、ソフィアとマイケルが話していた。
ソフィアは十六歳になった。
十四歳の時には、父と王家が決めた相手へ嫁いだ。
十五歳の時には、国の事情を理解して公爵家へ嫁いだ。
その二つの結婚を経て、彼女は多くのものを得た。
望んだ形ではなかった。
それでも、得たものは自分のものとして守った。
プリストン。
ルール。
そこに暮らす人々。
陸と海の警備団。
交易。
そして、それらを背景にした政治的発言力。
今のソフィアは、王家でさえ無視できない。
だから三度目は、自分で選んだ。
自分と同じように、大切なものを守ることに躊躇しない男を。
ただしソフィアと違って、その男には少し困った性質があった。
敵を退ければ十分なのに、完全に勝とうとする。
完全に勝った後でも、まだ安心せず、もう一撃加える。
優秀である。
忠誠心も強い。
勇気もある。
交渉も上手い。
だからこそ危険だった。
だが、ソフィアはその危険性まで含めて選んだ。
「マイケル」
「はい」
「一つだけ覚えておいてください」
「何でしょう」
「勝ったと思ったら、一度こちらを見てください」
「なぜです?」
「もう十分かどうか、私が教えます」
マイケルは少し考えた。
「なるほど」
本当に理解したかは怪しかった。
ソフィアは笑った。
これから先、退屈することはなさそうだった。
国境の巨大伯爵家に生まれた少女は、二度の失敗した婚姻を経て、自ら一つの伯爵領を作り上げた。
港を持った。
穀倉地帯を持った。
兵を持った。
交易を握った。
国政に口を出せるだけの力も得た。
そして最後に、自分で選んだ夫を手に入れた。
優秀で。
忠実で。
勇敢で。
そして、少々危険な夫だった。
ソフィア・ロール、十六歳。
彼女の人生は、ようやく自分で選べるところまで来た。
そしてマイケル・ロールという男を迎えたことで、この若い女伯爵が持つ大きすぎる力には、それを国外へ向けて使うことのできる頭脳まで加わった。
二人はまだ知らない。
この組み合わせが、やがて一つの事件をきっかけに、周辺諸国まで巻き込むことになることを。
この時はまだ。
誰も知らなかった。




