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水曜日、雨が降ったら  作者: 天王洲アイス


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18/24

第18話:予期せぬ断線

病院の白い個室。デスクの上に置かれたノートPCの画面には、Jアリーナの仮設コントロールルームに繋がる安定したVPN回線のステータスが表示されていた。

入院してから3日。脳の精密検査(CTおよびMRI)の結果は「異常なし」。頭部の器質的疾患や出血はなく、診断結果はあくまで「極度の過労による脳貧血と自律神経の乱れ」だった。

担当医からは「あと2日、このままベッドの上でおとなしく点滴を受けていれば、正式に退院の許可を出しましょう」と言い渡されていた。

(あと2日……。だが、ゲネプロ本番までは残り3日しかない。退院を待っていたら、すべてが手遅れになる……!)

焦燥感に駆られていた矢先、手元のスマートフォンが激しいバイブ音とともに鳴り響いた。画面には、アリーナの仮設コントロールルームにいる三島さんの名前が表示されている。

俺はすぐに電話に出た。だが、聞こえてきたのは先ほどまでの達成感に満ちた声ではなく、血の気の引いた三島さんの悲鳴のような絶叫だった。

「五代さんっ……! 大変です! 現場で……取り返しのつかない事故が起きました!」

「なんだって……!? 一体何があったんだ、落ち着いて話せ!」

「アリーナ地下のケーブルラックを通っていたメインのトランク回線(光ファイバー)が……仮設設営に入っていたクレーン車の足回りに引っかかり、根こそぎ引きちぎられて物理的に完全に破断しました!」

頭の血管が、再び激しくドクドクと脈打った。

「ばっ……馬鹿な……! メインの光ファイバーが物理破断しただと……!?」

「はい……! すぐに自動で予備回線バックアップへ切り替えようとしたんですが、突貫工事で組んだバックアップ側のマルチプレクサ基盤が、急激なトラフィックの過負荷と熱暴走でショートし、そちらも完全にリンクダウンしました! メインもバックアップも、同時にロストしたんです!」

SFP28による25G物理拡張や、QoSによる最優先キュー制御、PTPクロックの超高精度同期――それらすべてをどれほど完璧にソフトウェア層(L2/L3)で組み上げようとも、大元を繋ぐ「物理的な光ケーブル(L1)」が引きちぎられていれば、すべてのデータは一瞬で闇に消える。

「くそっ……! ソフトウェアのどれだけ高度な防壁も、物理的な断線には勝てないというのか……!」

「このままでは、3日後のゲネプロ本番どころか、アリーナ全体のネットワークが完全に沈黙します! 五代さん、どうすればいいんですか……! 私ひとりでは、破断した光ファイバーの再敷設と融着スプライス作業なんて、到底手が回りません……!」

画面越しに伝わってくる絶望的な状況に、俺は歯を食いしばった。

頭痛と過労のめまいが視界を白く染める。医者からは「絶対にベッドから降りるな」と釘を刺されている。だが、ここで俺が動かない限り、藍奈さんの命を懸けたステージは永遠に失われてしまう。

(俺が……現場に戻るしかない……!)



リハーサルスタジオでの手応えは確実だった。

五代さんの組んだシステムによって私の歌声は信じられないほどの輝きを放ち、スタッフたちも「これなら世界に通用する」と息巻いていた。

いよいよ3日後は、すべての関係者とメディアが集まる最終ゲネプロだ。

私は控室の鏡の前で、次の発声練習をしようとマイクを取った。その時、マネージャーのスマートフォンがけたたましく鳴り響いた。

受話器を取ったマネージャーの顔色が一気に青ざめ、その場に崩れ落ちるように言葉を失っていく。

「え……? アリーナのメイン回線が重機事故で物理的に引きちぎられた……? 予備も壊れて、完全にネットが沈黙したって……!?」

その言葉を聞いた瞬間、私の手からマイクが滑り落ち、床に鈍い音を立てて転がった。

(回線が……断線した……?)

せっかく五代さんが命を削って守り抜いてくれた音の通り道が、物理的な事故によって再び引き裂かれようとしている。

神宮寺専務の冷酷な笑みが脳裏をよぎり、胸の奥が冷たい恐怖で締め付けられた。

だが、それ以上に私の心を苛んだのは、「あの満身創痍の五代さんが、今この絶望的な報せを病院のベッドでどう受け止めようとしているか」という強い不安だった。

(五代さん……あなたはいま、どうしているの……?)

外の雨足はさらに強くなり、スタジオの窓ガラスを激しく叩きつけていた。

ゲネプロまで残り3日。絶体絶命のピンチの中で、五代さんは再びあの戦場へと戻ってくることができるのか。私たちのステージは、本当に迎えることができるのか――。

『水曜日、雨が降ったら』をお読みいただき、ありがとうございます。

雨の日の喫茶店で出会った中年エンジニアの五代と、孤独を抱える歌姫の藍奈。

華やかな舞台の裏側で誠実に「音」を創るプロのプライドと、互いを思いやる不器用な二人の絆レゾナンスを描いた物語です。

日々仕事や人間関係で戦う皆様の心に、雨の日の温かいコーヒーのような癒やしとなっていれば幸いです。

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