『愛』の正体
通りを歩いて私の家までたどり着くと、ヒカルくんは「明日はちゃんと約束だからね」と念を押して、俺に別れを告げた。
(こんなに社交的な人がいるなんて思ってもみなかったけど、なんだか……いや、彼ほどバカじゃないはず)
家に入ると、いつものようにアイリちゃんが飛び蹴りの準備をしている声が聞こえてきた。
「今回はダメだよ、アイリちゃん! 俺にも勝負根性があるんだから」
リュックを床に置き、空中で彼女を捕まえるべく両腕を上げて攻撃に備えた。
「今回は倒れないよ、アイリちゃん!」
アイリちゃんの小さくて力強い足が、俺が当たるほんの数秒前に視界に入ったが、今回は彼女を掴み、まるで大予算のアクション映画のように空中で止めた。そして肩に担ぎ上げ、ソファへ連れて行き、そこでくすぐり攻撃を仕掛けた。「妹にはいつも勝たせてあげる」とは言ったけれど、子供にとってはいつも勝たせるのは良くない。いつかは負けることも学ばなければならない。
「お兄ちゃん! ズルいよ……ハハハ 」
アイリちゃんは文句を言おうとしたが、笑いが止まらなかった。
「ついに……お兄ちゃん、ようやく1勝! アイリちゃん34勝!」
俺は満面の笑みを浮かべ、それからくすぐるのをやめた。
「うーん……それはズルだ……バカなお兄ちゃん!」
と、彼女はふくれっ面をした。
彼女が成長したらどうなるだろうかと、ふと考えた。前世では女性に対して不純な思いを抱いていた私だが、やはり限界はある。ようやくそのことに気づいた。『カイト』がエロ漫画なんか読んでいなくて、本当によかった。
「ところで、アイリちゃん、授業はどうだった?」
兄としてどう振る舞えばいいのかわからなかったけど、読んだ漫画では、兄たちはいつも弟や妹のことを気にかけていた。決まりきったキャラクターの真似はしたくないって言ったけど、妹の模範にならなきゃいけない時なんて、他のことはどうでもよくなるんだ。
「えっと……将来何になりたいかについて話してたの」
「へえ……君は将来何になりたいの?」
「うーん……テコンドーのトップ選手になりたいな。難しいけど、誰にもいじめられないように強くなりたいの!」
確か、テコンドーは日本でもかなり有名な武道だ。僕だってやりたかったけど、時間が足りなかった。どうしてもそのことを考えていたら、自分も習いたかった剣道のことも思い出した。
(ケンドウ……)
俺がいなくなった今、ケンドウくんはどんな人生を送っているのだろうかと考えると、少し懐かしくなった。
「素敵だね。まあ……でも、もちろん、他の選択肢も持っておくべきだよ」
「そうね……ヒロシちゃんと一緒に主婦になることも考えてたんだ」
「えっ? 」
俺はその状況を分析して、呆然としてしまった。
「その……今、言おうと思ったんだけど……クラスの男の子が好きで……すごく優しくしてくれて、本当にいい人なんだ……もし、彼に会ったら、きっと気に入ると思う」
アイリちゃんは照れくさそうに微笑んだ。
「ああ……そうか……そのガキ……いや、その子に会って、男同士でいろいろ話してみたいな」
俺の笑顔は、あの子を殺してやりたいという気持ちを物語っていた。
「その目つきを見てしまうと、あなたが彼を見た時に何が起こるのか、もう想像もつかない!」
こういうことは、自分が子供を持って、彼らが恋に落ちた時に、その相手を「ふさわしいか」と見極める時だけ起こるものだと思っていたけど、『カイト』の記憶のおかげで、もうわかったよ。
(クソガキなんか、絶対に俺のアイリちゃんに近づけさせないぞ!)
夜になり、3人でごく普通に夕食をとった。さっきは言いたくなかったけど…… でも、日ごとにハンクというより『カイト』のような気分になっていく。自分のことを考えるたびに、ただ人生のシステムの一員として生きるだけの惨めな人間だと感じていた。でも『カイト』は違った。彼は、その年齢の他の少年たちと同じように振る舞う、陽気な少年だった。遊んだり、おしゃべりしたり、ちょっと散歩したり、得意じゃないのに試験勉強をしたり…… そういったすべてが『カイト』を形作っているんだ。もしあの奇妙な家族に生まれていなかったらどうなっていたか、よく考える。たぶん普通の家庭に生まれ、みんなと同じように愛を体験できていたかもしれない……
……まるでありきたりな主人公みたいに……
「カイトちゃん、明日の予定はあるの?」
母が尋ねた。
「うん、友達のヒカルくんとデートに行くんだ。少なくとも夕暮れまでは戻らないと思う」
「デート? もう自分の性的指向が決まったの?」
「いや…違う…友達として遊びに行くってことだよ」
(俺のミスだ、もっとうまく言葉を選べばよかった)
「あら、それはよかった。お小遣いはまだ残ってるの?」
「あ、まだ4000円あるから、心配しないでママ。予算はちゃんと管理できるよ」
経済学を専攻していて、お金の概念を多少は理解していたおかげで、いつ予算を使うべきか判断するのは難しくはなかった。
もう目が開いていられなくなり、ベッドに入って寝ることにした。今日起きたことすべて、とりわけカカマダとの出来事で、本当に疲れ切っていた。
「まあ……少なくともこれは長期的な犠牲だ 」
50万円のことを思いながら、俺は心の中で笑った。
夜は暖かかった。まるで、以前の体で、翌日に授業がない時に自分のベッドで眠っていたあの夜のような感じだった。本当に初めて、この二度目のチャンスに値しないと感じた。
……そのとき……
目を開けたままでも、光が見えた。
そしてその光の中で…すぐに、以前死んだときと同じような感覚に襲われた。間違いなく、あの女神が俺を見つめていたあの暗い世界に再び現れたのだ。自分の体を見ると、まだパジャマを着ていた。
(たぶん、俺の夢の中に紛れ込んだのだろう)
「また会ったね、ハンク」
あれはあのクソ女神の声だ。今回はもう聞き流すつもりはなかった。
「どうでもいいよ、休ませてくれ。このクソみたいなゲームで、今まさに親友と遊びに出かけるところなんだ」
あの暗い空間で、眠り続けるための楽な体勢を探した。
「相変わらずわがままだわね。私が自ら生み出したキャラクターたちとの気まずい瞬間を避けようなんて、まだそんなことを考えているの?……ねえ?……話してるのよ、クソ人間!」
クソ女神は、俺が暗い空間の底のような場所に丸まって寝ている間も、話し続けていた。
「まあいいわ……もし私の存在を無視し続けるなら、あなたがそんなに知りたがっていることは教えないわよ……」
「黙れ、寝かせてくれ」
あの女神が飽きて、俺を放っておいてくれるまで、無視し続けるつもりだった。
「それじゃあ……次に何が起こるのか、知りたくないの?」
俺は飛び起きた。俺をここに連れてきて、次に何が起こるかを教えてくれるのが、あの女神本人だなんて奇妙に思えたが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ふふっ、やっぱりそこが気になるのね、やっぱりそれが君のやる気になっているのね」
「さっさと教えてよ」
女神はパチンと指を鳴らすと、金色の椅子を出現させ、その上に座りながら、不気味な笑みを浮かべて俺を見つめた。
「実はね、人間界に土壇場でいくつかの変更を加えたの。変更を行うには許可を得る必要があったわ……でも、人間界ではなく、この世界でのことよ……」
「つまり、ゲーム内のあらゆるものを自由に操作できるし、何よりいつでも俺を消し去ることができると公言しているわけだ、そうだろう?」
「理論上はそうね……でも今は違う……だから……」
「つまり、気が向いたらいつでも俺をゲームから消し去り、完全に殺すことができると断言しているわけだ。俺が平穏な生活を送れるようになるまで俺を弄び、俺がすべてを成し遂げたのを見て、俺と遊ぶのに飽きたら、俺を排除し、他の転生者たちも同様に処分する……それとも、俺の勘違いで、それとも、単に私が迷信深いだけなのだろうか……?」
「ちっ、すぐに話題を変えるなんて……結局、それが君の狙いだったんだろ?」
それは明らかだった。何かを説明し始めると、必然的にその『やり方』を語り始め、一見取るに足らないような細部まで語ってしまう。だが、すべてを細かく分析する者にとっては、何一つ見逃すことはない。
「さあ、女神様、話し続けて。聞いてるよ」
俺は狡猾な眼差しで彼女を見つめた。まるであの小娘をからかっているかのように。
「本題に入るわ。神崎モモの誘拐事件があり、その後、スポーツ大会が行われる。それを念頭に置いて、準備しておいてね、ハンク」
「一瞬、そうだろうと思ったよ。看護師が誘拐の話を持ち出したことで、イベントが始まる直前に彼女自身が口にしたあの台詞を思い出したんだ。それなら、すべては予定通りに進むだろうし、君が僕を監視していることも分かっているから、俺が『闇』一族から彼女を救うことになるよう、あらゆる手を尽くすだろう。どうだ……当たったか?」
メガミは会場全体を激しい炎に包み込んだ。彼女は怒りに燃え、ハート型の瞳が漆黒へと変わりつつあるのが見て取れた。彼女が放つ殺意に満ちたオーラは圧倒的で、今さら落ち着けと言っても無駄だった。
「お前……卑劣な人間め! お前は私が今まで出会った中で断トツで最悪だ」
あの雌狐は椅子から立ち上がり、両手で俺の首を怒りに任せて絞め上げようとした。
「知ってるだろうけど……いっそ一度に言っておくわ。もう気づいているだろうけど、この世界では、お前のあの忌々しい世界から何人かをこのゲームに転生させているの。地球でこのゲームをプレイしたことがあるか、何らかの形で知っている人間なら、誰でもこのゲームに参加できる。今のところ、お前を含めて4人の人間がこのゲームに転生しているし、もっと増やすつもりよ。そして…… もし誰かに飽きてしまったら……その者を排除して、魂を消してしまっても構わないわ」
彼女の癇癪の最中に、俺はほのかな笑みを浮かべた。俺がすでに疑っていた彼女の正体が露わになったにもかかわらず、俺は動じることなく、彼女の言葉が終わるまで、ただ笑っていた。
「女神を名乗っているくせに、いつ行動すべきか分かっていない。君が何らかの形で世界を操っているのは確信していたし、それだけじゃない……他の神々までも操っているんだ」
憎しみに満ちた彼女の顔を見つめた。その表情は、俺の推測が正しかったことを物語っていた。気まぐれな性格からして、彼女が何らかの形で天界を操っていることは間違いない。また、俺に対して理不尽な憎しみを抱いていることも推測できた。その理由は定かではないが、重要なのは、わずか数秒で、この誘拐事件をどう処理すべきか、すでに決めていたということだ。
「えっ……?……どうして私が神々を操れるって分かるの?」
「お前は馬鹿だ。愛の女神が人間を自分の馬鹿げたゲームに送り込むことなんてできない。それをするには、手の届く範囲にいる他の者の力を使わなければならない。そして、彼らがそれに不満を抱いていたことは間違いない……チェックメイトだ……このクソ女」
「このクズ!」
あの雌狐は、俺が立っていた場所からかなりの高さまで俺を放り投げ、落下途中で捕まえた。俺は動じることなく、彼女の愚かさを罵り続けた。
「お前はクズ以下だ」
あのビッチは、今にも俺を殴りかかりそうな勢いで吐き捨てた。だが、それでも俺は怒り狂う彼女の姿を楽しんでいた。
「わかってるわ……でも、それが大好き!」
俺は、彼女の怒りに満ちた顔を見つめたまま、そう言った。
その出来事の後、俺はすぐにベッドに戻った。彼女に与えた屈辱を、今でも鮮明に思い出していた。
「怒ってたら、強い風を送ってくれよ……クソ女」
その瞬間、激しい突風が俺の部屋を駆け抜け、ベッドのシーツを床まで吹き飛ばし、本棚から何冊かの本を倒してしまった。
「これで全てが裏付けられた……」
(お前の正体などもう分かっている。そう簡単には私を殺せないだろう。なぜなら、俺が何らかの方法で、お前を『女神』の座から引きずり下ろし、このゲームを破壊し、この哀れな世界が私には敵わないことを証明してやるからだ)
そんな考えにふけっているうちに、俺は言葉の選び方を誤ってしまった。ゲームを消去することが『カイト』を消去することになるのか、もしそうだとすれば、『カイト』を生き続けさせる何かが残るのか――そう言えるものがあるかどうか、確信が持てなかった。
「心配しないで、『カイト』。それまでは誰にも君を傷つけさせない。もし俺が死んだとしても……君が生きていて、俺の魂が消えてしまうほうがましだ」
俺は急いで立ち上がり、外出用にカジュアルな服に着替えた。時刻は午前7時32分。出発は午後2時だ。少し慌てすぎているような気がした。
(うーん……ヒカくんも、知り合ってまだ数日しか経っていないのに、彼を危険な人物だと決めつけるのは早計かもしれない。彼は信頼できる人だし、もしかすると……可能性は低いけど、ケンドウがそんな馬鹿なことをするとは思えないな)
服を着替え、身だしなみを整えて階段を下り、母と妹に「おはよう」と挨拶し、ヒカくんとの出掛けを待った。




