第117話 武官募集
リュグナー子爵をはじめとする2000家の犯罪貴族を粛清し、シャルロットとの穏やかな時間を過ごした数日後。
俺は帝都ノルドステーションの最上層にある皇帝執務室で、山のように積まれた報告書に目を通していた。
「マスター。旧犯罪貴族たちから没収した2000の領地ですが、現在は一時的に軍の駐留部隊が治安維持に当たっています。しかし、いつまでも暫定統治というわけにはいきません。早急に正式な『代官』を任命し、行政と防衛を機能させる必要があります」
傍らに控えるシズが、的確な進言をしてくる。
2000の星系。
いくら俺が無限の資源を持ち、シズが超絶的な演算能力を持っていようと、物理的に離れた星々の細かな統治をすべて中央で賄うのは非効率極まりない。
やはり、現地を任せられる優秀な人材が必要不可欠だ。
「ああ、わかっている。『代官登用試験』を、今回も大々的に実施する」
「承知いたしました。では、前回同様に内政手腕や経済知識、そして新帝国の法への理解度を測るペーパーテストと面接を中心にカリキュラムを組みますか?」
「いや、待て」
俺はシズの提案を制し、星系図のホログラムを空中に展開した。
赤くハイライトされたのが、今回取り潰しになった2000の領地だ。
それらは見事に、新銀河帝国と旧帝国の『国境線』に沿って帯状に連なっている。
「今回の領地は立地が特殊だ。旧帝国との国境防衛線に位置している以上、いつアーデルハイトの狂女がちょっかいを出してくるかわからん最前線になる。温室育ちの優秀な文官を送り込んでも、いざという時に使えない」
俺は星系図を指差しながら、ニヤリと笑った。
「今度の代官に必要なのは、小難しい内政の知識じゃない。圧倒的な『武勇』と『艦隊指揮能力』、そしてどんな荒事にも動じない胆力だ。内政の細かい計算はお前が派遣する行政ドロイドに任せればいい。俺が求めるのは、敵の侵攻を水際で食い止める強力な防波堤となれる猛者だ」
「なるほど。文官ではなく、武官を求めるのですね」
「そういうことだ。シズ、募集要項を書き換えろ。身分、経歴は一切不問。腕っぷしと戦術に自信のある奴なら誰でも歓迎だ。合格者には星系の統治権だけでなく、駐留艦隊の指揮権と莫大な防衛予算を付与すると書き加えろ。……それとな、惜しくも代官の座から漏れたとしても、試験で実力を示せば、皇帝の推薦で新帝国軍の要職に抜擢される道も用意してあると追記しておけ」
「素晴らしい条件ですね。了解しました。直ちに全銀河のネットワークに向けて、特別募集広告を発布します」
シズの処理能力は文字通り神速だ。
数秒後には、新帝国全土の主要メディアやネットワークのトップ画面に、俺の署名入りで『武官特別登用試験』の告知が大々的に打ち出された。
――その反応は、凄まじいものだった。
発布からわずか数十分後には、帝都のニュース番組が即日トップ扱いでこの件を報じ始めた。
執務室のモニターには、興奮冷めやらぬ様子で語るニュースキャスターの姿が映し出されている。
『速報です!クロウ陛下より、新たな代官登用試験の実施が電撃発表されました!驚くべきことに、今回求められているのは「武勇」と「戦術指揮能力」!学歴や生まれは一切問われません!』
『これは前代未聞のチャンスです!腕に覚えのある平民が、たった1夜にして星系の軍事と行政を束ねる領主へと成り上がれるのですから!さらに、仮に代官になれずとも、実力を示せば皇帝陛下直々の推薦で軍の要職に就ける特例措置も発表されました!街頭の市民からは、陛下の完全実力主義を称賛する声が殺到しています!』
ニュースの背景では、歓喜に沸く民衆の姿が映っていた。
旧帝国時代、軍の要職や領主の座は貴族の独占物であり、平民はどれほど実力があっても出世などできない。
だからこそ、この「完全実力主義」の登用試験は、虐げられてきた者たちの野心に火をつけたのだ。
「市民の反応は上々だな。……で、実際の応募状況はどうだ?」
「すでにエントリー数は天文学的な勢いで跳ね上がっています。
発布から半日で、5億人を突破しました」
シズが淡々と報告する。
「いいぞ。その中から、とびきりの牙を持った連中を掬い上げる」
***
それから1か月後。
帝都ノルドステーションの宇宙港は、普段の商業的な賑わいとは全く異なる、異様で物々しい熱気に包まれていた。
ターミナルを行き交うのは、ビジネスマンや観光客ではない。
全身に歴戦の傷跡を刻んだ隻眼の巨漢。
カスタマイズされた無骨なパワードスーツを身に纏う荒野の傭兵たち。
かつて旧帝国軍で見切りをつけられ、くすぶっていた野心に溢れる若き艦隊指揮官や、フリーランスの凄腕戦闘機乗りたち。
銀河中の血の気の多い猛者どもが、自らの腕1つで成り上がるという途方もない夢を掴むため、我先にと帝都に集結してきていたのだ。
「へっ、まさか俺たちみたいな裏街道を歩いてきた傭兵に、星を丸ごと治めるチャンスが回ってくるとはな」
宇宙港の酒場で、巨大なレーザーライフルを背負った男が、ジョッキを傾けながら獰猛に笑う。
「皇帝陛下は本気だぜ。腕っぷしと知略さえあれば、過去の経歴なんざ一切気にしねぇってよ。旧帝国のボンボン貴族どもが支配してた領地を、俺たちがぶんどってやる最高の機会だ」
「おうよ!俺の艦隊戦術で、試験官どもを圧倒してやるぜ!最悪、トップになれなくて代官の座を逃したとしても、実力さえ見せつければ軍の将官や要職で雇ってもらえる保証付きだ。損は1つもねぇ!」
あちこちで、野心と闘争心に満ちた会話が飛び交っている。
俺は執務室のモニター越しに、監視カメラが捉えたその荒くれ者たちの姿を眺め、満足げに喉を鳴らした。
「血気盛んな奴らが集まってきたな。どいつもこいつ、いい顔をしてやがる」
「ええ。旧帝国の正規軍よりも、よほど実戦経験を積んだ実践的な人材が揃っていると分析します。しかしマスター、彼らのような無法者まがいの者たちを本当に代官に据えて、コントロールできるのでしょうか?」
シズが少しだけ懸念を示すように言った。
「問題ない。彼らは『力』を信奉する連中だ。俺が彼らを遥かに凌駕する絶対的な『暴力の頂点』として君臨している限り、裏切ることはない」
俺はモニターから視線を外し、窓の外に広がる帝都の星空を見つめた。
「さあ、始めようか。武闘派の代官たちを選び抜き、アーデルハイトの喉元に突きつける狂犬にしてやる」
血沸き肉躍る『武の祭典』とも呼べる代官登用試験が、今まさに幕を開けようとしていた。




