第118話 領地防衛試験
募集を締め切った時点で、最終的なエントリー数は驚異の100億人に達していた。
いくら広大な帝都ノルドステーションとはいえ、100億人もの人間を1つの場所に集めるのは物理的に不可能だ。
そこでシズが手配したのは、新帝国全土の各星系に点在する巨大ネットカフェチェーンの完全貸し切りだった。
各店舗の防音仕様の個室がそのまま特設試験会場となり、志願者たちはそこから軍の特設サーバーに専用の神経接続デバイスを使ってダイブし、試験を受ける仕組みだ。
中には「皇帝陛下のお膝元で受けることに意味がある!」と気合いを入れて、辺境からわざわざ帝都のネカフェまで足を運んできた熱い奴らもいるが、試験の条件自体は辺境の星からアクセスしている者と全く変わらない。
超光速通信により、全銀河のどこから接続しようと通信ラグはゼロに等しかった。
「さあ、お手並み拝見といくか」
俺は執務室のメインモニターに、全銀河の試験会場のデータとシミュレーター内の進行状況を分割表示させた。
100億の個室から送られてくる莫大なデータストリームが、光の滝のように画面を流れていく。
1次試験の内容は、軍事用AIを用いた完全没入型の『戦略シミュレーター』だ。
仮想空間に精巧に構築された自領を舞台に、迫り来る敵艦隊から領地を防衛する司令官としての適性を測るテストである。
単なるゲームではなく、物理演算から兵站の消費率、兵士(AI)の士気パラメーターに至るまで、現実の戦場と寸分違わぬ精度でシミュレートされている。
そして、シミュレーターが起動し、参加者たちの視界――仮想の艦隊旗艦ブリッジのメインスクリーンに、敵艦隊のシルエットが映し出された瞬間。
全銀河の試験会場から、一斉にどよめきと歓声が沸き上がった。
『おい見ろよ!敵は「ネメシス」だぜ!』
『マジかよ!陛下の映画と全く同じシチュエーションじゃねえか!』
『最高だ!俺も映画みたいにネメシスどもをぶちのめしてやる!』
参加者たちが大興奮しているのも無理はない。
敵として設定されたのは、人類共通の敵『ネメシス』。
金属装甲の代わりに分厚い生体甲殻を持ち、宇宙空間を泳ぐ巨大な触手生物のような不気味な姿。
ここに集まっている血の気の多い連中は、皆あの映画を擦り切れるほど見た熱狂的なファンなのだ。
彼らにとって、映画の防衛戦を自らの手で追体験できるというだけで、士気は最高潮に達していた。
「与えられる初期戦力は、各自1000隻の艦隊だ。それをどう運用するかは個人の自由」
この1000隻という数字には明確な根拠がある。
実際の領地に代官として赴任した際に、初期防衛用として与えられる数と全く同じなのだ。
新帝国の誇る有人艦隊、およそ700万隻のうち、200万隻を分割して、新たに任命される2000名の各領主に1000隻ずつ配備する。
この1000隻の艦隊の編成は、事前に与えられたポイント内で各自が自由にカスタマイズできるようになっている。
圧倒的な火力による艦砲射撃が好きなら、重武装の『戦艦』を中心としたゴリ押し編成。
戦闘機による変幻自在のドッグファイトや奇襲が好きなら、莫大な艦載機を積んだ『空母』を中心とした編成。
あるいは、バランスを重視する者、機動力に特化する者など、それぞれの性格や得意とする戦術ドクトリンが編成に色濃く反映されていて面白い。
「試験時間は、現実時間で丸3日間。……シミュレーター内の時間も現実と完全に同期している。早送りは一切なしだ」
俺が呟くと、傍らのシズがデータを補足する。
「はい。なぜ3日間なのか。それは、国境線の星系が敵の奇襲を受けた際、帝都に駐留している新帝国軍の主力艦隊が救援に駆けつけるまでに掛かる『最短到達時間』だからです」
辺境防衛を担う代官の最も重要な任務は、自力で敵を全滅させることではない。
「本隊が到着するまで、何が何でも前線を持ちこたえさせること」だ。
つまり、この3日間、知恵と戦術を振り絞って自領の防衛線を維持し切ることが、1次試験の絶対の合格条件となる。
「ネメシスのAIは、容赦なく波状攻撃を仕掛けてくるよう設定してある。映画のように上手くはいかない」
試験は、開始からわずか数時間で苛烈を極めた。
映画の中のネメシスは俺(主人公)がラグナロクで無双してなぎ倒したが、軍事用にチューニングされたシミュレーター内のネメシスAIは冷酷無比だった。
有機生命体ならではの不気味な戦法。
金属を容易く溶かす強酸のブレス、推進器に絡みついて動きを封じる生体触手、そして中破させても自己再生する驚異的な生命力。
圧倒的な物量と、こちらの弱点を的確に突いてくる連携で、参加者たちの防衛線を次々と食い破っていく。
『くそっ!戦艦の主砲が弾かれただと!?あの甲殻、どうなってやがる!』
『右翼の防衛ラインが突破されました!敵の小型群が空母に取り付いています!』
『迎撃機を出せ!早くしろ、空母が酸で溶かされるぞ!』
完全没入型の仮想空間内で、志願者たちは血走った目で戦況を示す空間ホログラムを睨みつけ、絶叫しながらAIのクルーたちに指揮を執っていた。
3日間、不眠不休の極限状態での防衛戦。
戦艦中心の編成にした者は、機動力に勝るネメシスの群れに背後を取られ、次々と火ダルマにされた。
空母中心の編成にした者は、弾薬と燃料の補給線が維持できず、艦載機を出せなくなったところを巨大なネメシスに押し潰された。
艦隊編成の相性、補給線の維持、戦線の押し引き、そして何より、精神力と体力の限界。
少しでも采配を誤れば、1000隻の艦隊はあっという間に宇宙の塵となり、「GAME OVER」の無慈悲な赤い文字が視界を埋め尽くす。
開始から1日、2日と経つにつれ、100億人いた参加者は雪崩を打つように脱落していった。威勢が良かっただけの素人や、戦術の引き出しが少ない猪武者は、ネメシスの波状攻撃の前になす術もなく散っていった。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、俺の目を引く1つの戦闘データがあった。
「……シズ、この第60708番グリッドのスコアを表示しろ」
「はい、マスター」
シズが空中に展開したモニターには、薄暗い仮想空間のブリッジで、冷静に指揮を執る1人の若者の姿が映し出されていた。
灰色の髪に、鋭い三白眼。
年齢は20代前半といったところか。
名前の欄には『ギルバート』とだけ記されている。
旧帝国の正規軍士官学校で首席だったが、平民出身であることを理由に上官に疎まれ、不当な理由で退学処分にされたという経歴を持つ男だ。
彼もまた、この一発逆転の登用試験に人生を賭けて、わざわざ辺境から帝都のネカフェまで足を運んできた1人だった。
「こいつの編成、面白いな。戦艦を……1隻も入れていないのか?」
「はい。ギルバートの初期編成は、高機動巡洋艦が300隻、駆逐艦が400隻、残りの300隻は『工作艦』および『機雷敷設艦』などの補助艦艇です。正面からの撃ち合いを完全に放棄した編成と言えます」
俺は腕を組みながら、ギルバートの戦場をじっくりと観察した。
彼は、自軍の領地内に点在する小惑星帯や、過去の戦闘で生じたデブリ群のど真ん中に陣取っていた。
大型艦では身動きが取れないような複雑な地形で、ネメシスの大群を待ち構えている。
『敵群、前方の宙域にワープアウト!数、およそ5000!まっすぐこちらに向かってきます!』
仮想ブリッジのAIオペレーターが切羽詰まった声を上げる。
だが、指揮席に座るギルバートの表情は氷のように冷たかった。
「慌てるな。第1、第2機雷敷設大隊、予定区域に『増殖機雷』を散布。周囲のデブリを取り込ませて網を張れ。巡洋艦隊は小惑星の影から牽制射撃を行いつつ、敵を機雷原の奥へ誘導しろ」
ギルバートの指示は、正確かつ無駄がなかった。
彼が工作艦にばら撒かせたのは、ただの爆弾ではない。
『増殖機雷』――かつて、俺がローゼンバーグ貴族連合が率いる300万隻の大艦隊を退けた際に使用した、悪魔のような兵器だった。
周囲の物質――漂う岩石デブリや、破壊された艦船の残骸などを取り込み、それを材料にして機雷そのものがネズミ算式に増え続けるという凶悪な代物である。
本能に従って突撃してくる有機生命体のネメシスたちは、機雷原に突っ込み、次々と連鎖爆発に巻き込まれていく。
そして恐ろしいことに、吹き飛んだネメシスの分厚い生体甲殻すらも増殖機雷の新たな「材料」となり、機雷の数は減るどころか敵が死ねば死ぬほど爆発的に増え続けていくのだ。
ネメシスの群れが態勢を立て直して反撃に出ようとした頃には、彼らの周囲は数億、数十億という機雷の壁によって完全に封鎖されていた。
「徹底した堅実な遅滞戦闘……見事な采配だな」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「かつて俺が戦場で見せた戦術を、このシミュレーター内で完璧に再現しやがった。正面からぶつかれば一瞬ですり潰される戦力差を理解した上で、デブリという豊富な『資源』を利用して機雷を無限増殖させ、敵を完全に自滅に追い込んでいる」
「おっしゃる通りです」
シズも、高速で流れる彼の戦闘ログを解析しながら頷いた。
「被害状況も驚異的です。現在、試験開始から60時間が経過していますが、ギルバートの艦隊の損失は……1000隻中、わずか『4隻』。それも、デブリの衝突によるかすり傷で後退させた艦のみで、完全な轟沈はゼロです。他の生存者が平均で60%以上の戦力を喪失している中、突出して異常なスコアです」
「4隻だと……?大した野郎だ。戦術指揮のセンスだけで言えば、旧帝国の将軍どもを鼻で笑えるレベルだな」
俺はモニターに映るギルバートの鋭い眼光を見つめながら、口角を吊り上げた。
血の気の多い猪武者だけを期待していたが、どうやらとんでもない拾い物をしたらしい。
こういう、冷静かつえげつない戦術を平然と実行できる奴こそが、最前線の武官には必要なのだ。
「シズ。こいつには特別にマークをつけておけ。代官にするにせよ、軍の中枢に引き抜くにせよ、絶対に手放したくない人材だ」
「承知いたしました。フラグを設定しておきます」
そして――運命の72時間が経過した。
仮想空間内に『新帝国主力艦隊、到着。防衛作戦完了』の荘厳なアナウンスが響き渡る。
ネメシスの大群が、空間跳躍で現れた無数の新帝国軍艦隊によって掃討されていく映像が流れ、試験の終了を告げた。
『よっしゃああああああっ!!』
『生き残った……!俺の艦隊が、守り抜いたぞ!』
全銀河の試験会場から、魂の底から絞り出すような歓喜の咆哮が沸き上がった。
ヘッドギアを外し、汗だくになってネカフェの椅子に崩れ落ちる者。
歓喜のあまり個室の壁を叩く者。3日間の極限の疲労とプレッシャーから解放され、彼らは獣のように吼えた。
「1次試験、終了です」
シズが結果を集計し、メインモニターに最終的な生存者のリストを表示した。
「100億人いた参加者は……見事、1万人程度にまで絞り込まれました。生存率、わずか0.0001%。残ったのは、間違いなく一騎当千の将ばかりです」
リストの最上位には、圧倒的な生存スコアを叩き出した『ギルバート』の名前が燦然と輝いていた。
最終的な彼の艦隊損失は、わずか『7隻』だった。
「上出来だ。よく3日間も持ちこたえた」
俺はモニター越しに歓喜の涙を流す荒くれ者たち、そして静かに拳を握りしめているギルバートの姿を見下ろしながら、満足げに笑みを深めた。
この1万人の猛者たちこそが、新帝国の新たな牙となるのだ。
彼らが国境に立てば、旧帝国の残党どもに絶望を叩き込むことができるだろう。
「シズ、2次試験の準備を進めてくれ。……それと、もう1つ頼みがある」
「はい、何でしょうか」
「このシミュレーター、試験で終わらせるには惜しい出来だ。今回の防衛戦の内容をそのまま、一般向けのオンラインゲームとして発売しろ」
「オンラインゲーム、ですか?」
「ああ。タイトルは『キャプテンクロウとネメシスの伝説、第2次ネメシス戦役』だ。今回の試験の存在を知らなかったり、参加をためらったりした奴の中にも、とんでもない天才が眠っているかもしれん。ゲームとして広く一般に解放し、異常なハイスコアを叩き出したプレイヤーがいれば、俺が直接スカウトする」
「なるほど。娯楽を装った、広域かつ恒久的な人材発掘システムというわけですね。マスターの深謀遠慮には恐れ入ります。直ちにゲーム開発会社へデータを共有し、リリース準備に取り掛からせます」
俺は新銀河帝国の軍事力がさらに強固なものになる確かな手応えを感じながら、モニターに映る次代の将たちを見つめていた。




