第115話 闇オークション
1週間後。
「この先がリュグナー子爵邸だ。警備は厳重だが、入場券があれば問題ない」
エアカーの車内で、ヴォルフが窓の外にそびえ立つ悪趣味な豪邸を見上げながら言った。
「ああ。俺たちはただの『裕福な平民の闇商人』として正面から堂々と入る。役者はすでに揃っているようだしな」
エアカーは子爵邸の専用ポートに滑り込み、俺たちは厳重なセキュリティチェックを難なくパスして、屋敷の奥へと足を踏み入れた。
リュグドラートの中心部にそびえ立つ、リュグナー子爵邸。
その地下深くに建造された、広大かつ豪奢な秘密のオークション会場。
そこは、新帝国の厳格な法から逃れ、欲望のままに特権を貪ろうとする旧帝国の残党――2000家の犯罪貴族たちがひしめく、文字通りの『悪の巣窟』だった。
最高級のベルベットが敷き詰められた床、クリスタルガラスのシャンデリア。
円形闘技場のようにすり鉢状になった客席には、仮面で顔を隠した貴族たちがステージ近くの特等席にふんぞり返っている。
主催者であるリュグナー子爵の姿も、その最前列の中央にあった。
今回、平民の商人として入場している俺とヴォルフの席は、当然ながら一番後ろの末席だった。
「……ひどい臭いだぜ、ジョン。香水とドラッグ、それに腐った脂の臭いが混ざってやがる」
一番後ろの席で、最高級のオーダーメイドスーツに身を包んだヴォルフが、葉巻の煙を吐き出しながら顔をしかめた。
俺もまた、仕立てのいいスーツに身を包み、片手にグラスを揺らしながら冷ややかな視線で会場を見下ろしていた。
「我慢しろ、ヴォルフ。これは奴らの『通夜』だ。線香の匂い代わりだと思えばいい」
「へっ、違いねぇ」
やがて、ステージの中央に派手なスーツを着た司会役の男が進み出た。
『只今より、リュグナー子爵家主催のオークションを開催いたします!最初の出品物は、新帝国では違法の強力な媚薬です!これを飲ませれば、誰であろうと股を開く性奴隷に仕上がります。価格は1000万クレジットから。奮ってご参加ください!』
司会役の高らかな宣言を皮切りに、オークションが始まった。
奴隷を扱う前に、まずは違法な麻薬、兵器などが次々と「商品」として競り落とされていく。
俺の目には特殊なコンタクトレンズ型カメラが仕込まれており、会場にいる貴族たちの顔、音声、そして彼らが提示した落札額のすべてを、衛星軌道上で待機している『フェンリル』へとリアルタイムで転送・記録している。
言い逃れ不可能な、完璧な『現行犯』の証拠だ。
そして数時間後。
『――さあ皆様!いよいよ本日のオークションも、大詰めへと近づいてまいりました!』
司会役が芝居がかった手つきで指を鳴らすと、ステージの奥から、重々しい鉄格子の檻がせり上がってきた。
『ご覧ください!闇ルートの深淵より奇跡的に発掘された、正真正銘の「極上」!一切の傷もなく、誰の手垢もついていない完璧な処女!これほどの芸術品は、私どもの長い裏稼業の歴史においても、見たことがありません!』
檻の扉が開き、二人の屈強な用心棒に両腕を引かれて、一人の女性がステージの中央へと引き摺り出された。
「おおおぉぉ……っ!!」
会場の貴族たちから、獣のような感嘆の溜息が漏れた。
無理もない。
薄絹一枚のような、体のラインと透き通る白い肌を強調する扇情的なドレス。
両手首には冷たい鋼鉄の手錠。
しかし、その顔に浮かぶのは絶望ではなく、氷のように冷たく、見下すような絶対的な美貌。
シズだ。
完璧なメイクと外装パラメーターの調整によって絶世の美女『ジェーン』へと変貌した彼女は、ステージの上でスポットライトを浴びながら、会場のゴミどもを冷徹な視線で一瞥した。
『さあ、この至高の美を我が物にできるのは、最も財力と権力を持つお方のみ!スタート価格は……破格の「10億クレジット」から!』
「15億だ!」
「20億!私に売れ!」
「30億出すぞ!その女は私のコレクションに相応しい!」
司会役の宣言と同時に、会場は異様な熱狂に包まれた。
普段は澄ましている貴族たちが、泡を飛ばし、血走った目でシズを求めて金額を叫び合っている。
その狂気じみた光景は、まさに地獄の亡者そのものだった。
「……さて。そろそろいいか」
俺は手に持っていたグラスを、傍らのテーブルにコトリと置いた。
価格が跳ね上がり、会場の熱気が最高潮に達したその瞬間。
「――『100億クレジットだ!!』」
ステージ近くの特等席にいた別の貴族が、狂ったように叫んだ。
その圧倒的な金額に、オークション会場の喧騒がピタリと止まる。
『ひ、100億クレジット!他に!他にいらっしゃいませんか!?……落札!!こちらの極上の品は、そちらのお客様の手に渡りました!!』
司会役が歓喜の声を上げ、木槌を打ち鳴らした。
――完璧な『現行犯』の証拠が成立した瞬間だ。
「決まったな」
俺は一番後ろの席から、ゆっくりと立ち上がった。
隣では、ヴォルフが首の骨をボキボキと鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべて隠し持っていた通信機を握りしめた。
「市街地に潜入済みの陸戦部隊、全隊突入開始だ!!」
ドズゥゥゥゥン……ッ!!!
次の瞬間、リュグナー子爵邸全体が激しく揺れた。
地下にいる俺たちにまで伝わってくるほどの強烈な爆発音。
あらかじめ屋敷の周囲に潜伏していた新帝国軍の精鋭陸戦部隊が、一斉に制圧行動を開始したのだ。
ドガァァァンッ!!
直後、地下会場の扉が次々と吹き飛ばされ、完全武装した新帝国軍の陸戦部隊が雪崩れ込んできた。
「動くな!新銀河帝国軍だ!!全員武器を捨てろ!」
『ひぃぃぃっ!な、何だ!?』
『新帝国軍だと!?』
突如として乱入し、会場を完全包囲した軍隊に、オークション会場はパニックに陥った。
『な、なんの真似だ貴様ら!』
特等席から立ち上がったリュグナー子爵が、青ざめながらも声を張り上げる。
『新帝国の軍がなぜ私の屋敷に!?ええい、仮にバレたところで、ただの平民を売り飛ばした程度、せいぜい懲役30年だ!保釈金さえ払えばどうにでもなる!』
そこへ、俺が一番後ろの席からゆっくりと歩み出た。
隣にはヴォルフが楽しそうに付き従っている。
「そうだな。通常の『平民』ならば、懲役30年だ。……だが、もしお前たちが今競り落としたその女が、ただの女ではなかったとしたらどうなる?」
『何を言っている?貴様は先ほど後ろにいた平民の……』
「俺が言っているのは」
俺はスーツの胸ポケットから、漆黒に金糸の刺繍が施された『皇帝の紋章』が刻印された電子デバイスを取り出し、会場の空中に巨大なホログラムとして投影した。
それを見た瞬間、貴族たちの顔色が一斉に青ざめる。
「――お前たちが今、売り飛ばしたのが、皇帝に次ぐ権威を持ち、内政全般を司る『国務尚書』その人であった場合の話だ」
静寂。
圧倒的な、死のような静寂が会場を包み込んだ。
誰もが自分の耳を疑い、そしてステージの上で手錠をかけられている絶世の美女と、俺の顔を交互に見比べた。
『こ、こくむ……しょうしょ……?』
リュグナー子爵の顔から、急速に血の気が引いていく。
「ジェーン、いや。シズ。ご苦労だった」
俺が声をかけると、ステージ上のシズは、深い溜息を一つ吐いた。
「ええ、本当にご苦労でしたよ、マスター。……こんな下劣な輩の視線に晒されるなど、私の電子頭脳のキャッシュメモリが汚染されそうでした」
ガキンッ!!
シズが両腕に軽く力を込めた瞬間、特殊合金でできていたはずの重厚な手錠が、まるで飴細工のようにあっさりと引きちぎられ、床に転がった。
「なっ……!?」
驚愕する用心棒や司会役をよそに、シズは手首を軽く回し、冷徹な『国務尚書』の顔へと戻った。
「帝国刑法第1条。国家の最高指導層に対する誘拐、監禁、および人身売買の試み。これは単なる犯罪ではなく『国家反逆罪』に該当します。……量刑は、問答無用の『即刻死刑』、および一族の財産没収・身分剥奪です」
シズの氷のような宣告が、マイクを通さずとも会場全体に響き渡った。
国家反逆罪。
その言葉の重みに、客席の貴族たちが次々と腰を抜かし、悲鳴を上げ始めた。
『ば、馬鹿な!国務尚書だと!?じゃあ、貴様は……まさか……!!』
リュグナー子爵が、震える指で俺を指差した。
「ああ、そうだ。俺が新銀河帝国皇帝、クロウ・フォン・フライハイトだ」
俺は顔の生体ナノマシンの偽装を解除した。
平凡な青年「ジョン」の顔から、銀河を統べる冷酷なる魔王の素顔へと変貌する。
その圧倒的な覇気と殺気が解き放たれた瞬間、会場の空気が物理的な重さを持って貴族どもを押し潰した。
『こ、皇帝陛下、自らだとぉぉッ!?』
『罠だ!嵌められたんだ!!』
『逃げろ!殺されるぞ!!』
パニックに陥った貴族たちが、一斉に出口へと殺到しようとする。
俺は虫ケラどもを見下ろしながら、冷酷に言い放った。
「ヴォルフ。部隊に撃てと命じろ。一人たりとも生かして帰すな」
「御意ッ!おい野郎ども、構えろ!撃てぇぇぇッ!!」
ヴォルフの咆哮と共に、突入していた陸戦部隊が一斉に火を吹いた。
『ギャアアアアッ!』
『お、お助け……!』
絶叫と閃光が地下会場を埋め尽くす。
逃げ惑う犯罪貴族たちは背中から撃たれ、あるいは命乞いをしながら頭を吹き飛ばされていく。
皇帝たる俺の容赦ない命令により、豪奢なオークション会場は、わずか数分で無惨な血の海と化した。
静まり返った血溜まりの中で、ただ一人、主催者であるリュグナー子爵だけが、俺の意図によって撃たれずに生かされていた。
腰を抜かしてへたり込んでいる初老の男の元へ歩み寄り、俺はその胸倉を掴み上げて顔を近づけた。
「お前は5等民を散々売り捌いてきたそうだな。……安心しろ、リュグナー。お前には、あの世に行く前に最高の舞台を用意してやる」
「ヒィッ……」
「お前の全財産は没収し、領民のインフラ整備と復興に充てる。そしてお前自身は……見せしめとして、帝都で公開処刑に処す。せいぜい銀河中の前で無様な命乞いを晒すがいい」
俺はリュグナーをゴミのように血の海へ放り投げた。
「シズ」
「はい、マスター。証拠となる全データ、落札者の取引記録、顧客リスト、すべて確保済みです。彼らの領地に残る一族を裁くためのリストも完成しています」
シズがドレスの裾を血で汚さないように歩み寄り、俺の隣に並び立つ。
「よくやった。……これで、旧帝国の膿は粗方絞り出せたな」
俺は、無数の死骸が転がる会場を見下ろしてから、ヴォルフを振り返った。
「ヴォルフ。後始末は頼んだ。この場にいた貴族たちの家族が居る領地も、全て制圧する必要がある。お前と艦隊に任せるぞ。――情けは無用だ、一族郎党、皆殺しにしろ」
「おう、任せとけ。悪い奴らの大掃除だ、一人残らず地獄へ送ってやるよ」
そこでヴォルフは、不敵な笑みを浮かべて一つ提案をしてきた。
「そうだ陛下。今回の討伐部隊に、士官学校のひよっこ達を参加させたい。奴らもいずれは軍を背負う身だ。いい機会だから、ここで『人を殺す』って経験を積ませておきたいんだよ。座学じゃ手に入らねぇ、本物の血の匂いってやつをな」
「なるほど、それはいい考えだ」
俺は即座に承認した。
「新帝国の将兵たるもの、覚悟を持って手を汚す経験は必要不可欠だからな。許可する、存分に実戦を積ませてやれ」
「ありがてぇ。……で、陛下はどうするんで?」
「俺は、帝都に帰還する。フェンリルで先に戻らせてもらう」
「了解だ。気をつけて帰りな」
血腥いオークション会場を背に、俺とシズは屋敷の外へ向かって歩き出した。
予定では半年は掛かると見込んでいた視察旅行だったが、アイゼンハルトをうまく手駒にできたおかげで、わずか二ヶ月程度で一掃することができた。
実に運が良かったと振り返るべきだろう。
これなら、シャルロットの出産にも余裕で間に合う。
俺たちの短くも濃密な視察旅行が、今、完全に終わりを告げようとしていた。




