第114話 奴隷娼館
アイゼンハルト伯爵領を出発してから、ちょうど二週間後。
俺とシズ――ジョンとジェーンの兄妹を乗せた定期貨客船は、かつての旧帝国緩衝地帯における闇市場の中心地であり、犯罪貴族たちの巣窟となっている星系、リュグナー子爵家の主星『リュグドラート』の宇宙港へと到着した。
船の客室で荷物をまとめながら、俺はシズと最終的な作戦の確認を行っていた。
防諜フィールドは当然、最大出力で展開済みだ。
「……さて。作戦の概要は伝えた通りだが、改めて確認しておこう」
俺が静かに切り出すと、シズは手元のタブレット端末を操作しながら、淀みない口調で答えた。
「はい。事前の諜報データおよびアイゼンハルト伯爵からの情報によれば、リュグナー子爵家は年に一度、この主星リュグドラートにおいて、限られた上位特権階級だけを招いた大規模な『闇のオークション』を開催しています。出品されるのは、違法な薬物、兵器、そして……新帝国では絶対に禁じられている『非合法な奴隷』です。今年は、ちょうど一週間後にそのオークションが開催される予定となっています」
「ああ。そこを狙って、一網打尽に現行犯逮捕を行う」
俺は冷酷な響きを含んだ声で言った。
「後から帳簿をひっくり返してどうこう言うよりも、奴らが嬉々として違法な奴隷を売買している真っ最中に踏み込むのが一番確実だ。現行犯なら、どんなに弁の立つ貴族だろうと言い逃れも出来まい。それに、あの2000家の犯罪貴族どもが一同に会する絶好の機会だ。まとめて掃除するにはうってつけの舞台と言える」
「そのためには、まず我々がオークションの『内側』に入り込む必要がありますね」
シズの言葉に、俺は頷いてから、スーツケースから二枚の薄いプラチナ製のカードを取り出した。
「オークション会場の正面玄関から堂々と入るための『入場券』は、既にダミー会社経由で手に入れた。5億クレジットという法外な入場料を吹っ掛けられたが、無限の資源を有し、数多の企業を買収し、今や銀河のほぼ全ての富を独占する俺からすれば、文字通りの端金だ。このチケットで『裕福な闇商人』として客席に座る」
「では、私は事前の計画通りに」
「そうだ」
俺は少しだけ気まずそうに、しかし真顔でシズを見つめた。
「オークションの目玉として出品されるためには、事前の品定めを潜り抜ける極上の『商品』が必要になる。……ジェーン、悪いが、お前には奴らに誘拐……いや、俺自身の手で直接売り飛ばされ、性奴隷としてオークションにかけられてもらう」
俺の非情な宣告に対し、シズは表情をピクリとも変えず、ただ眼鏡の奥の瞳で俺をじっと見つめ返した。
「……実の妹を、悪辣な犯罪シンジケートに性奴隷として売り飛ばす鬼畜兄ですね。わかります」
「嫌味を言うなよ。俺だって、可愛い妹をそんな薄汚い連中の手に委ねるのは本当は嫌なんだからな」
俺は頭を掻きながら弁解した。
「だが、お前なら大丈夫だろ?万が一、俺たちの突入が遅れたり、奴らがオークションの前に妙な真似をしようとしたりしても……お前の戦闘能力なら、その場にいる連中を皆殺しにして脱出できる」
「はい。あのオークション会場ごと吹き飛ばすことが可能です。もし不届き者が私の秘部に指一本でも触れようとすれば、その者の肉体を分子レベルで分解しますのでご安心を」
「頼もしい限りだ。だが、なるべくなら証拠が揃うまでは殺さずにおとなしくしていてくれよ。……それに、新帝国の法と照らし合わせると、ただの人身売買程度では懲役30年が限度だ。だが懲役など、貴族どもにとってみれば大した罰にはならない」
「……ええ。根本的に寿命が違いますからね」
「ああ。貴族は生まれながらに遺伝子改良が施され、さらにはその肉体が朽ち果てたとしても全身義体化でいくらでも寿命を伸ばせる。奴らがゴミのように虐げている5等民の平均寿命がせいぜい30歳程度なのに対して、貴族は平均で300歳生きるからな。実に10倍だ」
俺は忌々しげに吐き捨てた。
「だからこそ、特権階級の奴らは懲役を恐れていない。万が一捕まって保釈金で出られなくとも、たかだか人生の10分の1だ。最悪それでもいいと高を括っている。奴らもそれをわかっているからこそ、殺人などの一発で死刑になる犯罪には直接手を染めず、人身売買のような刑期の短いシノギで荒稼ぎしているわけだ。……だが」
「ええ。皇帝に次ぐ権威を持ち、内政全般を司る『国務尚書』を人身売買するという前代未聞の大犯罪となれば話は別ですね」
シズが俺の言葉を引き継ぐ。
「その通りだ。国家反逆罪が適用され、即刻一族皆殺しの処刑ものになる。奴らには気の毒だが、ここで確実に死んでもらわねばならない」
「ええ。私も、彼らが真実を知った時の心拍数の変化を計測するのが楽しみです」
シズが微かに口角を上げる。
どうやら彼女も、この悪趣味な作戦をそれなりに楽しんでいるようだ。
「よし。シズが奴らに買われている間の俺の護衛は、ヴォルフに頼んである」
「ヴォルフ元帥が直接ですか。彼は、精鋭艦隊100万隻を連れてきていると報告を受けています」
「ああ。熱光学迷彩とジャミングを完全展開した艦隊が、すでにこの星をすっぽりと包囲している。それに――」
俺――ジョンは不敵な笑みを浮かべた。
「ヴォルフ率いる陸戦部隊は先行して降下し、すでに市街地への潜入を完了しているという知らせを受けている。あいつの部下は見た目も強面の連中ばかりだからな。ダウンタウンのような治安の悪い街には、嫌でも自然に溶け込むだろうよ」
「なるほど。裏社会のチンピラや傭兵に偽装しているわけですね。適材適所というやつです」
「そういうことだ。会場で俺たちが合図を出せば、上空の艦隊が一瞬にして空を埋め尽くし、同時に潜伏していた強面の陸戦部隊が一斉に蜂起する。内と外から完全に挟み撃ちにして、リュグナー子爵領の私兵どもを制圧する手筈だ。逃げ道は一つもない」
作戦の最終確認を終えると、俺たちは客室を出て、定期貨客船のタラップを降りた。
***
リュグドラートの宇宙港は、先日のアイゼンハルト伯爵領のそれとは全く異なる空気に包まれていた。
俺とシズは、一般客に紛れて宇宙港のターミナルを抜け、待機していたエアカーに乗り込んだ。
コンソールに行き先を「ダウンタウンの中心部」と設定すると、エアカーは滑らかに空へと舞い上がった。
車窓から見下ろすリュグドラートの街並みは、驚くほど美しかった。
アイゼンのように割れた窓ガラスもなければ、路地裏にうずくまる貧民の姿も見当たらない。
高層ビル群はきらびやかなネオンに彩られ、空中回廊には最新型のエアカーが規則正しく行き交っている。
インフラは完璧に整備され、一見すると帝都ノルドステーションの商業区画にも引けを取らないほどの繁栄ぶりだった。
「……街並みは綺麗だな。アイゼンハルトの領地とは大違いだ」
俺が窓の外を眺めながら呟くと、隣に座るシズが冷ややかな声で応じた。
「はい、兄さん。しかし、この美しさは非常にグロテスクな土台の上に成り立っています。新帝国が成立し、我々が厳格な法を敷いたことで、表立って違法な搾取を行うことが難しくなりました。その結果、どうなったか」
「競争相手が減った、か」
「その通りです。新帝国の法を恐れて中途半端な悪党が廃業していく中、リュグナー子爵のように徹底的に裏社会に潜り込み、独自の犯罪ネットワークを維持できる者だけが生き残りました。皮肉にも、競合他社が旧帝国時代よりも少なくなったことで、マフィアや人身売買、風俗店経営といった闇市場の需要を独占し、莫大な富を築き上げているのでしょう。この美しい街並みは、拉致された子供たちや、売春を強要されている少女の犠牲の上に成り立っています」
「ああ……反吐が出るな」
俺は深く息を吐き出し、ネクタイを少し緩めた。
表面だけを取り繕い、その裏で弱者を食い物にしている連中。
アイゼンハルトのような小物であればまだ諭す余地もあったが、このリュグナーのような手合いは生かしておく価値すらない。
エアカーでリュグドラートの市街地を三十分ほど飛んだ後。
俺たちは、ダウンタウンの少し外れにある、古びたが頑丈そうな倉庫街の一角で車を降りた。
そこが、事前にヴォルフと取り決めていた待ち合わせ場所だった。
人気のない路地を歩いていくと、倉庫の影に、長身で筋骨隆々の男が立っていた。
くたびれたレザージャケットに、目深に被ったハンチング帽。
どこからどう見ても、裏社会で荒事を生業にしている傭兵か用心棒にしか見えない。
その鋭い眼光と、微かに漏れ出る猛獣のような気配は、隠しきれるものではなかった。
新銀河帝国軍・最高司令官、ヴォルフ元帥その人である。
「よう。久しぶりだな、ジョン!」
俺たちの姿を認めたヴォルフが、ニヤリと野犬のように笑って歩み寄ってきた。
「ああ、ヴォルフか。わざわざ出迎えご苦労だったな」
俺は片手を上げて応じた。
ヴォルフには、事前に俺が「ジョン」という偽名で動き、シズが妹の「ジェーン」であるという設定を伝えてある。
彼は軍人らしく、与えられた役柄を忠実に、しかしどこかわざとらしい演技でこなしていた。
「で、状況はどうだ?役者は揃ってるのか?」
俺は周囲を警戒するそぶりを見せながら、ヴォルフに尋ねた。
(訳:例の2000家の犯罪貴族どもは、すでにこの星に来ているのか?)
「ああ、大盛況だぜ。もう人は集まってるよ」
ヴォルフはジャケットのポケットに両手を突っ込みながら、ニヤリと笑いを深めた。
(訳:ターゲットの犯罪貴族どもは、一人残らずこの星に揃っている。逃がす心配はない)
「そうか。さすがは年に一度の大舞台ってわけだな」
俺は満足げに頷いた。
これで、網は完全に張られた。
あとは、その網の中に最高級の『餌』を放り込み、連中が食いつくのを待つだけだ。
「じゃあ、あとは『売る』だけだな」
俺は隣に立つシズ――ジェーンを振り返った。
(訳:計画通り、シズを性奴隷としてリュグナー系列の奴隷娼館に売り飛ばすぞ)
その瞬間、ヴォルフはシズを一目見て、思わず息を呑んだ。
エアカーの中で、シズは化粧を施し、外見の偽装パラメーターを微調整していたのだ。
野暮ったい眼鏡は外され、地味だった栗色の髪は艶やかに結い上げられている。
薄暗い路地裏にあってさえ、自ら発光しているかのような透き通る白い肌と、計算し尽くされた蠱惑的なメイク。
地味な平民の娘から、一国の傾城すら思わせる、息を呑むほどの絶世の美女へと変貌を遂げていた。
「どうですか、ジョン兄さん。これなら、裏オークションの目玉商品として不足はないかと」
シズが伏し目がちに、しかし酷薄な響きを孕んだ声で言った。
「ああ……完璧だ。これなら嫌でも奴らの目に留まる」
「引き取り先なら目星をつけてある。極上品なら問答無用で高値で買い取って、オークションの裏ルートに流すって噂の、ヤバい娼館だ。場所は調べてあるから、俺が案内するぜ」
ヴォルフが顎でしゃくって見せた。
俺、シズ、そしてヴォルフ。
新銀河帝国のトップ3が、まるで裏社会の三下悪党のように腹を探り合うような、痛快な読み合いのやり取りを交わす。
傍から見れば、借金まみれの最低な兄と、その用心棒が、美しすぎる妹を娼館に売り飛ばそうとしているようにしか見えないだろう。
完璧なカモフラージュだ。
俺たち三人は、ヴォルフの手配したスモークガラスのエアカーに乗り込み、リュグドラートの裏社会のさらに奥深く――リュグナー子爵が直営する悪名高き『奴隷娼館』へと向かって、ネオンの海を滑り出した。
***
裏路地の奥深く、重厚な鋼鉄の扉の向こうに、その奴隷娼館の買い取り所はあった。
紫色の毒々しい照明が照らす豪奢な応接室のソファに、その男はふんぞり返っていた。
「……で?極上のタマがあるって聞いて時間を割いてやったんだ。くだらねぇ小娘だったら、お前らごとミンチにして犬のエサにしてやるぜ」
リュグナー系列の奴隷商を取り仕切るその男は、一言で言えば『豚』だった。
脂ぎった皮膚、ブクブクと醜く肥え太った巨体。
首の肉が何重にも折り重なり、豚のように鼻を鳴らしながら、値踏みするようないやらしい視線をこちらに向けてくる。
その太い指には、宝石がジャラジャラと光っていた。
「安心しな、旦那。俺も借金で首が回らなくてな。とっておきの秘蔵っ子を連れてきたんだぜ」
俺は卑屈な笑みを顔に貼り付け、背後に控えていたシズを前に押し出した。
「さあ、ジェーン。旦那に顔をよく見てもらいな」
シズが一歩前に出て、静かに顔を上げた。
その瞬間、豚のような奴隷商の目が、文字通り飛び出さんばかりに見開かれた。
紫色の照明の下で、シズの完璧に計算された美貌が妖しく浮かび上がる。
冷たく、それでいて男の庇護欲を激しくそそるような、人工的でありながら究極の美。
「ひゅぅ……こいつは……たまげたな」
奴隷商は額に脂汗を浮かべ、豚のような鼻息を荒くしながら身を乗り出した。
口の端から、だらしなく涎が垂れそうになっている。
「ああ。顔も体も極上だろ?それに、これだけの器量で……なんと『処女』だ。誰にも指一本触れさせないように、ずっと地下に監禁してたからな。処女なのは保証するぜ」
俺は値段を釣り上げるため、もっともらしい嘘を並べ立てた。
ドロイドに対して処女も何もないが、闇市場の嗜好を突くには最高のセールストークだ。
「処女だと……!?これほどの女が!?」
奴隷商の目が、欲望にギラギラと血走った。
「こいつはいい……!来週の『闇のオークション』に出せば、目玉商品として貴族の旦那方が喜んで群がってくるぞ……!」
奴隷商はブヒブヒと下品な笑い声を上げながら、俺に向き直った。
「よし、買った!5000万クレジットで引き取ってやる!」
俺は鼻で笑った。
「旦那、冗談だろ。この極上の処女がたった5000万?オークションに出せば、その十倍、いや百倍で売れることはわかってんだぜ。こちとら借金抱えて切羽詰まってんだ。足元見てんじゃねえよ」
「うるせぇな!なら1億クレジットだ!これ以上は出せねぇぞ!嫌なら力尽くで奪うまで……!」
奴隷商が背後に控える武装した用心棒たちに目配せをした。
用心棒の一人がニヤリと笑い、腰のレーザーガンに手を掛けようとした――その時だった。
チュンッ!チュンッ!チュンッ!
連続した乾いた発砲音が室内を満たした。
武器を抜こうとした男だけでなく、背後に控えていた残りの用心棒たち全員の額に正確な風穴が空き、巨体が次々とドサリ、ドサリと床に崩れ落ちる。武器すら抜いていない者まで容赦なく皆殺しにされ、室内に焦げた肉の臭いが充満した。
俺の斜め後ろに立っていたヴォルフが、銃口からうっすらと煙を上げるレーザーガンを構えていた。
「……ひ、あ……!?」
奴隷商の豚のような顔から、一瞬にして血の気が引いた。完全に理解の範疇を超えた事態と、ヴォルフから放たれる圧倒的な殺気に射すくめられ、声すらまともに出せていない。幾千の戦場を渡り歩いてきた本物の『死の気配』だ。
ヴォルフはレーザーガンの銃口を、震える豚の眉間へとゆっくり向けた。
「ウチのボスが、足元を見るなって言ってんだろうが。……ジョンの旦那のバックが誰だか知ってんのか?舐めてるとお前もぶち殺すぞ。さっさと金庫の金、あるだけ全部持ってこい」
地鳴りのような凄みのある声に、奴隷商は失禁しそうになりながらガタガタと震え出した。
「ヒィィッ……!わ、わかった!出す!出すから撃たないでくれぇっ!」
奴隷商は這いつくばるようにして部屋の奥にある隠し金庫へ向かい、震える手でロックを解除した。そして、中から黒い小型のデバイス――ハードウェアウォレットを取り出し、両手で恭しく俺に差し出した。
「こ、この中に100億クレジット入ってる……!うちの運転資金の全てだ……!」
「100億か。……まあ、妥協点だな」
俺はウォレットをひったくるように受け取り、怯えきった豚の顔を覗き込んでニヤリと笑った。
「おたくもこの稼業長いんだろう?ならわかるはずだ。よーく相手を見て商売しろよ。な?」
「ひ、ひぃぃっ……!」
「まいどあり、旦那。この娘は好きにしてくれて構わねえぜ」
俺はシズに一瞥もくれず、背を向けて歩き出した。そして帰りがけ、扉の前で立ち止まると、絶望に打ちひしがれる奴隷商に肩越しに告げた。
「せいぜい、ジェーンが高値で売れることを期待するんだな。お前、店の運転資金を丸ごと奪われたなんてリュグナー子爵が聞いたら、間違いなくお前、消されるぞ。……まあ、俺には知ったこっちゃないがな」
俺はわざとらしくウォレットを掲げて歓喜の声を上げた。
「よっしゃあああ!これで一生遊んで暮らせるぜーっ!!おい用心棒、一番高い店に飲みに行くぞ!」
「へっ、景気がいいなボス。豪遊させてもらうぜ」
最低の極悪人の演技を完璧にこなし、俺とヴォルフは高笑いを上げながら、死体が転がる応接室を後にした。
残されたシズは、怯えるような悲劇のヒロインの表情を完璧に作りながらも、その瞳で、脂ぎった豚の奴隷商を『処分対象』として冷徹にロックオンしていた。
一週間後。
リュグドラートの地下深くで行われる『闇のオークション』。
そこで、この醜悪な犯罪貴族どもの全てに、新帝国の裁きが下る。
俺は夜の歓楽街のネオンを見上げながら、魔王としての凄惨な笑みを浮かべていた。




