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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第12章 領地査察編

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第113話 秘密の露見

 翌朝。


 アイゼンハルト伯爵領の主星、その中心街にある中級ホテルの普通のベッドで、俺は目を覚ました。


 帝都ノルドステーションの皇帝執務室に併設された、雲のように柔らかい最高級のマットレスに比べれば、少し硬くてスプリングの軋む安物のベッドだったが、不思議と悪くない目覚めだった。


 昔、工場で働かされていた頃の雑魚寝を思い出せば、これでも十分に贅沢な部類に入る。


「おはようございます、ジョン兄さん」


 俺が身を起こすと、隣のベッドで既に身支度を終えていたシズ――もとい、妹のジェーンが、端正な顔立ちに薄い笑みを浮かべて挨拶をしてきた。


 彼女はドロイドであるため本来は睡眠を必要としないが、俺が寝ている間もずっと、伯爵邸から抜き取った膨大なデータの解析を並列処理で行っていたはずだ。


「ああ、おはようジェーン。よく眠れたか?」


「私は常に最適化されたスリープモードを維持しておりますので、問題ありません。……それより、昨日の調査の解析が完了しております。詳細な報告を聞きますか?それとも、先に朝食にいたしますか?」


 シズがタブレット端末を片手に問いかけてくる。


 その画面には、何重にも暗号化されたデータファイルが並んでいた。


「先に朝食にする。腹が減っては戦はできんからな」


 俺はベッドから抜け出しながら答えた。


「確か、このホテルは朝食バイキング付きだったよな?会場に向かうか」


「はい。一階のダイニングエリアにて、午前六時から提供されているようです」


 俺はサッとシャワーを浴びて地味な平民の服に着替えると、シズと共に部屋を出て、一階の朝食会場へと向かった。


 会場は、宿泊客でそこそこ賑わっていた。


 旧帝国時代には考えられなかったことだが、新帝国になって移動の自由が保障されたため、こうして別の星系から商用や観光で訪れる平民が増えているのだ。


 だが、トレイを手にしてバイキングのラインナップを見た瞬間、俺は思わず顔をしかめた。


「……なんだこりゃ。並んでいる食事が、随分と貧相だな」


 俺が小声でぼやくと、シズも隣で静かに頷いた。


 並んでいたのは、色気のない合成タンパク質のペースト、味の薄そうなスープ、それに乾パンのように硬そうなビスケットだけだった。


「帝都なら、平民の食堂でも本物の野菜や、ステーキが食べられて当たり前だぞ。肉の欠片もないじゃないか」


「はい、兄さん。やはり帝都や直轄領とは違って、この辺境の星系には、まだ『高効率の食料プラント』が普及していない様子ですね。流通網は整備されつつありますが、末端に行き渡るまでにはタイムラグがある様です」


 シズが冷静に分析する。


 新銀河帝国では、俺が提供した技術によって食料問題はほぼ解決している。


 だが、それはあくまで設備が整っている地域での話だ。


 このアイゼンハルト領のように、昨日今日新帝国に併合されたばかりで、しかも為政者がインフラ投資を怠っている場所では、平民の生活水準は旧帝国時代から大して変わっていない。


「なるほどな。こいつは早急に手を打つ必要がある」


 俺はペーストとビスケットをトレイに載せながら、指示を出した。


「シズ。今後の需要も見越して、この星に食料生産工場を建設する。そのための用地を確保するのが良いな。水面下で進めてくれ。大々的に『新帝国が工場を建てる』と発表してしまうと、地上げ屋や利権虫が湧いてきてうるさいからな」


「承知しました。ダミー会社をいくつか経由して、最適な工業用地を適正価格で買収する手はずを整えます」


「ああ、頼む。……あとは、雇用創出も兼ねて、ついでに巨大な複合商業施設でも建てるか?帝都にあるような、娯楽施設も併設したやつをさ」


 俺が思いつきで提案すると、シズはそれを否定した。


「それはお勧めしません。十分に発展していないこのような田舎に、いきなり超巨大な資本を投下して複合商業施設を作るのは、劇薬どころか猛毒です」


「毒、か」


「はい。圧倒的な品揃えと低価格を武器にした巨大施設ができれば、競争力のないローカルな小売店や市場は、あっという間に客を奪われて潰れてしまいます。短期的には便利になっても、長期的には地域経済の循環を破壊し、現地の商人たちから猛烈な恨みを買いますよ。彼らもまた、新帝国の新たな臣民なのですから」


 シズの的確な指摘に、俺は納得して頷いた。


「確かにその通りだな。俺としたことが、少し効率を急ぎすぎた。新帝国の理念は『全ての民が豊かになること』であって、中央資本による地方の搾取じゃない」


 俺は苦笑しながら、トレイを持って空いている席に座った。


「なら、商業施設はなしで。まずは雇用を生み出し、安価で栄養価の高い食料を供給する『生産工場』だけでいい。俺は地域経済の自立も大切にするからな。彼らが自分たちの力で豊かになり、自分たちで店を大きくしていくのを支援する方が健全だ」


「賢明なご判断です。マスターのそういったバランス感覚は、統治者として非常に優れていると評価します」


「お前に褒められると照れるな」


 俺はそう言って、スプーンで合成ペーストをすくい、口に運んだ。


 ……味気ない。昔食っていたものと同じ、ただ生命を維持するためだけの無機質な味がした。


 この味を、俺の臣民に毎日食わせるわけにはいかない。


 工場の建設を急がせねばならないと、決意を新たにした。


 朝食を終え、俺たちはホテルの部屋に戻った。


「でだ。早速頼む」


 俺がベッドの端に腰掛けると、シズは部屋のドアロックをかけ、タブレット端末を開き、俺に向き直る。


「はい。昨日アイゼンハルト伯爵邸のメインサーバーから抽出した、過去十年分の財務データ、非公式な通信ログ、裏口座のトランザクション履歴の解析結果です。……結論から言うと、伯爵は『グレー』です」


「グレーとは?」


 白でも黒でもない。俺は眉をひそめた。


「アイゼンハルト伯爵家としては、直接的な凶悪犯罪においては『白』です。元5等民を不当に殺害したり、監禁したり、拷問したり、強姦したりといった、直接的な人権侵害や暴力行為に関与した証拠は、一切見つかりませんでした」


 シズの報告を聞いて、俺は少しだけ安堵した。


 もしアイゼンハルト自身がそうした非道な行為に直接手を染めていたなら、俺は今すぐこのホテルを出て、あの悪趣味な屋敷に単身乗り込み、奴の首を物理的にねじ切らねばならなかったからだ。


「だが、グレーなんだろう?何をした?」


「はい。伯爵は、自らは手を汚していませんが……この星系を根城にする複数のマフィアや犯罪シンジケートから、多額の『賄賂』を裏口座で受け取っていました。そして、その見返りとして、マフィアが領内で行っている違法薬物の密売、違法賭博、さらには人身売買や非合法な風俗店の経営といった犯罪行為を『意図的に見逃して』います」


「なるほどな。治安維持の責任を放棄し、マフィアの悪行を黙認することで私腹を肥やしていたわけか」


 俺は昨日の夕方、この街で見た惨状を思い出した。


 割れた窓ガラス、裏路地にたむろする怪しげな男たち、怯えたように歩く平民たち。


 あれは単なる貧困のせいだけではない。


 領主がマフィアを野放しにし、街の治安を売り飛ばしていた結果だったのだ。


「おそらくは、金に困って仕方なくやっているのでしょう」


 シズがデータをスクロールしながら補足する。


「アイゼンハルト伯爵領は、旧帝国の中央から課せられる重税により、慢性的な財政赤字に陥っていました。しかし、貴族としての体面や贅沢な生活水準を維持するためには、莫大な金が必要です。正規の税収だけでは屋敷の維持費やあの数百体のセラフィムの運用資金すら賄えず、マフィアからの裏金にすがらざるを得なかった……というのが実情のようです」


「そうか」


 俺は顎を撫でながら思案した。


「根から腐りきったサイコパスというわけではなく、保身と見栄のために悪に魂を売った凡人、ということか。……ならば、頭ごなしに処刑するのではなく、俺が諭してやらんとな」


「はて。マスターが『諭す』とは珍しいですね。具体的に、どのように諭すのでしょうか?」


 シズが小首を傾げる。


 俺の普段のやり方なら、問答無用で主砲を撃ち込むか、直接乗り込んで叩きのめすところだから無理もない。


「金がないからマフィアにすがる。なら、その根本原因を絶ってやればいい。金がないのなら、皇帝である俺が支援してやる。だからマフィアと縁を切り、真面目に領地を治めろと、そう言うんだ」


「なるほど。飴と鞭ですね」


 シズは納得したように頷いた。


「彼も、新帝国に恭順したばかりの新参者です。財政難で首が回らないとはいえ、いきなり皇帝陛下に『金がないから助けてくれ』と頼むのも、気まずくて言えなかったのでしょうね。マスターの意図は理解しました」


「よし。なら、さっそく準備だ」


 俺は立ち上がった。


「この部屋に防諜フィールドを最大出力で展開しろ。俺が今から、アイゼンハルトと直接話す」


「承知しました。出力を最大に引き上げ、外部からのあらゆる電波探知を完全に遮断します」


 シズが端末を操作すると、ホテルの部屋の壁が微かに青白く光り、絶対的なフィールドが張られた。


 俺は部屋の隅に置いていたスーツケースを開き、綺麗に畳んでしまっておいた『皇帝の儀礼服』を取り出した。


 漆黒を基調とし、金糸で新銀河帝国の紋章が刺繍された、威厳と重厚感に満ちた軍服風の衣装だ。首元までボタンをきっちりと締め、漆黒のマントを羽織る。


 ただの平民「ジョン」から、銀河の三割を支配する冷酷なる魔王「クロウ・フォン・フライハイト」へと、俺の纏う空気が一変した。


「シズ、背景の偽装を頼む」


「はい。ホログラムプロジェクター、起動します」


 シズが小型の装置を床に置くと、ホテルの安っぽい壁紙やベッドが光の粒子に包まれ、ノルドステーションの最上層にある『皇帝執務室』の重厚な本棚や、眼下に広がる宇宙港の夜景が見事に再現された。


 俺が重厚なのホログラムの前に置かれた椅子に座れば、どこからどう見ても、帝都の心臓部から通信を発しているようにしか見えない。


 まさか、アイゼンハルト自身の足元にある安ホテルの部屋から通信しているとは、天地がひっくり返っても気付くまい。


「準備完了です。アイゼンハルト伯爵のプライベート回線に、皇帝直通の暗号通信を強制接続します。……回線、繋がります」


 シズの合図と共に、俺の目の前の空間にホログラムスクリーンが展開された。


 そこには、豪華な自室でくつろいでいたらしいアイゼンハルト伯爵が、突然鳴り響いた皇帝専用のコール音に飛び上がり、慌てて上着を羽織っている姿が映し出された。


『へ、陛下!?』


 アイゼンハルトは画面の前に直立不動の姿勢をとり、脂汗を流しながら深く頭を下げた。


『こ、これは突然のご通信、恐悦至極に存じます! わ、私のような辺境の領主に、一体どのようなご用件でしょうか!?』


 その声は上ずり、顔は青ざめている。無理もない。


 皇帝本人が直接通信を入れてきたのだ。


 何か重大なミスを犯したのではないかと、生きた心地がしていないはずだ。


「ああ、くつろいでいるところをすまないな、アイゼンハルト伯爵」


 俺は、絶対的な権力者としての重く冷たい声で、ゆっくりと語りかけた。


「実はな、俺のところに、お前の領地に関する『奇妙な情報』が流れてきてな。それが事実かどうか、当主であるお前の口から直接真意を聞くために連絡した」


『き、奇妙な情報、でございますか?』


「ああ。これを見てくれ」


 俺は手元の操作で、昨日シズが屋敷のサーバーから抜き取った『裏帳簿』のデータを、アイゼンハルトのスクリーンに直接転送・表示させた。


 そこには、マフィアのダミー会社から伯爵の裏口座へと、毎月巨額の資金が振り込まれている記録が、日付と金額入りで克明に記されていた。


『!?!?!?』


 アイゼンハルトの目が見開かれ、顎が外れんばかりに口が開いた。


 彼の顔色から血の気が完全に引き、まるで幽霊でも見たかのように震え始めた。


「どういうことなんだ、アイゼンハルト。……お前、マフィアと繋がって、犯罪行為を見逃す代わりに、この賄賂を受け取っているな?」


 俺の静かな、しかし氷のように冷たい問いかけが、空間を支配する。


(な、なぜ我が家の最高機密である裏帳簿が、皇帝陛下の手に!?)


 アイゼンハルトの心中は、大パニックに陥っているはずだ。


 外部のネットワークからは完全に切り離された、厳重なファイアウォールの奥底に隠していたデータだ。それがどうして、帝都にいるはずの皇帝の元にあるのか。


(いや、今はそんなことを考えている場合ではない!)


 アイゼンハルトの背筋を、致命的な悪寒が駆け抜けたのが画面越しにもわかった。


(まずい、非常にまずい!陛下は、不正を絶対に許さない清廉潔白なお方だ。かつて汚職役人たちを、数千億人単位で容赦なく粛清したという恐ろしい噂は、私の耳にも届いている。……回答を一つでも間違えれば、私だけでなく、一族郎党皆殺しだぞ!)


 アイゼンハルトは口をパクパクとさせ、恐怖で喉が引き攣っているようだった。


「黙ってないで、どうなんだ。……あ”ぁ”!?」


 俺がドスの効いた声で一喝すると、アイゼンハルトの膝がガクンと折れた。


『も、申し訳ありませんでしたぁぁぁッ!!!』


 画面の向こうで、アイゼンハルト伯爵は絨毯に額を擦り付け、見事な土下座を披露した。


 貴族のプライドなど微塵もない、命乞いのための完璧な平伏だった。


「……言い訳があるなら、お前を『処す』前に、一応聞いておくが?」


 俺はあえて『処す』という、死を意味する言葉を強調して使った。


 アイゼンハルトはビクリと肩を震わせた。彼はその言葉の重みを正確に察したのだ。


 陛下は全てを知っておられる。


 裏帳簿のデータすら完全に把握されているのだ。


 ここで下手な嘘をついたり、部下のせいにしたりするような見え透いた言い訳をすれば、その瞬間に慈悲は消え去り、粛清の軍隊が差し向けられる。


 生き残る道は、ただ一つ。


 完全に白状し、許しを乞うことだけだ。


『い、いいえ!言い訳など、一切ございません!』


 アイゼンハルトは床に顔を押し付けたまま、涙声で叫んだ。


『データにある通りです!我が領は、旧帝国時代からの重税と借金で金に困っており……屋敷の維持や、周囲の貴族に対する見栄を張るために、マフィアからの賄賂という汚い金にすがってしまいました!全ては、私の不徳の致すところでございます!』


「そうか。お前が私腹を肥やしている間、領民たちはあのひどい街で苦しんでいるそうじゃないか?街の治安も最悪で、インフラもボロボロだ」


 俺は、昨日自分が実際に歩いて見てきた光景を、あたかも諜報機関から報告を受けたかのように語って聞かせた。


「窓ガラスは割れたまま放置され、路地裏には犯罪者がたむろしている。……それが、数百億の民を預かる為政者のやることか?」


『は、はい。仰る通りです……!』


 アイゼンハルトはしゃくり上げながら答えた。


『私は、領民の生活を蔑ろにし、自分たちだけが贅沢な暮らしをしておりました。新帝国の貴族にあるまじき、万死に値する愚行でございます……! どうか、私めを煮るなり焼くなり、ご自由にお裁きください!』


 完全に心が折れ、覚悟を決めたようだ。


 俺は深く息を吐き出し、威圧的な態度を少しだけ緩めた。


「……お前が当事者として、自らの手で民を直接虐げたり、殺したりしているのなら、問答無用で即日粛清していたところだ」


 俺の言葉に、アイゼンハルトがビクッと反応する。


「だが、今回は事情もある。お前は直接手を下したわけではなく、ただ『見逃した』だけだ。そして、人間というものは、一度上げた生活水準をそう簡単には下げられない生き物だ。他の貴族たちに舐められないために体裁を整えねばならないという『貴族の道理』も、俺にはわからなくはない」


『へ、陛下……?』


 アイゼンハルトが、信じられないものを見るように顔を上げた。


 粛清されるとばかり思っていた皇帝から、まさかの理解を示す言葉が出たからだ。


「お前は、新帝国への反逆を企てたりはしなかった。ただ、金に困って泥水をすすっていただけだ。……だから、チャンスをやる」


『チャンス……ですか?』


「ああ。お前のように、旧帝国の負の遺産に苦しみ、金で困っている貴族が他にもいるなら、俺に教えるんだ。隠さずに全て報告しろ」


 俺は鷹揚に頷いてみせた。


「俺は慈悲深い皇帝だ。新帝国に忠誠を誓い、真面目に領地を治めようとする者を見捨てはしない。金銭的な支援を約束する。……だから、マフィアとの汚い繋がりは今日限りで全て断ち切れ。二度と犯罪を見逃すな」


『――ッ!』


 アイゼンハルトの目から、今度は恐怖ではなく、感動と安堵の涙がボロボロとこぼれ落ちた。


『わ、私のような愚かな裏切り者にも、温かい手を差し伸べてくださる……!陛下の、海よりも深い御心に、深く、深く感謝いたします!アイゼンハルト家は、末代まで陛下に忠誠を誓います!』


 彼は再び床に伏し、今度は泣き崩れながら感謝の言葉を繰り返した。


「わかったら、早急にリストを作れ。お前と同じように資金援助を必要としている『要支援貴族』のリストだ。……それと、もう一つ」


 俺の声音が、再び冷たく鋭いものに変わる。


「実際に当事者として、民を直接虐げ、残虐な犯罪に手を染めている『犯罪貴族』の連中も、全て密告するんだ。お前は顔が広いだろう?誰がどこでどんな悪事を働いているか、知っているはずだ」


『は、はい!おっしゃる通り、旧緩衝地帯の裏事情には精通しております!』


 アイゼンハルトは慌てて顔を上げ、決意に満ちた表情で頷いた。


 もはや彼に、悪徳貴族たちを庇う義理などない。


 自分を救ってくれた皇帝への忠誠を示すためなら、喜んでかつての同僚たちを売り飛ばすだろう。


『私の知る限りの情報を、全てお渡しいたします!数があまりに多いため、口頭ではなく、詳細な報告書として直ちに作成し、提出いたします!』


「ああ、助かる。お前の働きには、今後も期待しているぞ、アイゼンハルト伯爵」


『ははっ!御意のままに!』


 俺は通信を切り、ホログラムスクリーンを消去した。


 と同時に、シズが背後の皇帝執務室の偽装ホログラムを解除し、部屋は元の安ホテルの光景へと戻った。


「お見事です、マスター。完璧な交渉でした」


 シズがパチパチと控えめに拍手を送ってきた。


「途中、マスターの放つ怒気のプレッシャーが本物だったので、このままの流れで本当に粛清してしまうのではと少々焦りましたが……伯爵の弱みを握った上で恩を売り、情報を聞き出す作戦は、非常に合理的ですね」


「何せ、今回新しく傘下に入った新入りの貴族は『3万家』もいるんだ」


 俺は儀礼服の重いマントを脱ぎながら答えた。


「俺の半年間の視察旅行で、その全領地に潜入調査をして回るなど、物理的に不可能だからな。だったら、地元の事情に一番詳しい『身内』を寝返らせて、情報網として使うのが手っ取り早い」


「ええ。アイゼンハルト伯爵は、これで完全にマスターの手駒となりましたね」


 それから、半日後。


 夕方に差し掛かる頃、シズの端末にアイゼンハルト伯爵から厳重に暗号化されたデータファイルが送られてきた。


「マスター。伯爵から、お求めのリストが届きました」


「仕事が早いな。さすがは風見鶏の伯爵だ。で、中身はどうなってる?」


 俺がベッドに腰掛けたまま尋ねると、シズはデータを空中に投影し、瞬時に内容を精査した。


「まず、財政難に苦しみ、資金援助を必要としている『要支援貴族』のリストです。……その数、およそ2万8000家」


「2万8000か。今回併合した3万家のうち、ほぼ全員じゃないか」


 俺は呆れたように笑った。


「どれだけ旧帝国の搾取がひどかったかがよくわかるな。まあいい、無限の資源を有し、数多の企業を買収し、今や銀河のほぼ全ての富を独占する俺には、2万8000家程度の財政支援など、痛くも痒くもない余裕の出費だ。シズ、こいつらの口座に、予算から『復興支援金』名目で適当な額を振り込んでやれ」


「承知しました。予算から、使途監査付きの支援金として処理しておきます」


 シズはあっさりと数十京クレジットの送金手続きを完了させた。


 新銀河帝国の巨大な経済圏を考えれば、これは未来への先行投資に過ぎない。


「しかし、マスター。問題はもう一つのリスト……『犯罪貴族』のリストです」


 シズの声が、一段と冷たくなった。


 空中のリストが切り替わり、今度は真っ赤にハイライトされた名前の羅列が表示された。


「残りの2000家。彼らが、何らかの悪質な不正や人道に対する罪に手を染めているという報告です。これは、新帝国として決して許容できるものではありません」


「ああ」


 俺はリストの詳細をざっと流し読みし、ギリッと奥歯を噛み締めた。


「この2000家は、アイゼンハルトのような小悪党じゃない。以前始末した『ルードヴィヒ公爵』のような、救いようのないクズどもだ」


 そこに記されていたのは、吐き気を催すような悪行の数々だった。


 こいつらは、マフィアから賄賂を受け取って見逃すような受動的な連中ではない。自らが率先して、裏稼業を取り仕切っているのだ。


 元5等民の居住区を襲撃し、若い男女を奴隷として近隣星系に売り飛ばす人身売買。


 中には、幼い子供だけを拉致監禁し、貴族向けの嗜虐的な風俗店や見世物小屋を直営している狂った奴までいる。


「……新帝国にも、こんな腐った連中が紛れ込んでしまったな。バレなかったのが不思議なくらいだ」


「はい。この2000家の行っていることは、大半が露見すれば重犯罪です」


 シズの瞳の奥で、計算プロセッサが危険な光を放っている。


「マスター。今すぐ近隣に駐留している新帝国軍を動かし、この2000の領地に一斉突入させますか?武力制圧し、全員を拘束して法廷に引きずり出す準備はできています」


 シズの提案は、最も手っ取り早く、確実な方法だった。


 だが、俺は首を横に振った。


「いや、軍は動かすな。証拠を完璧に揃えたい。アイゼンハルトの密告情報だけでは、奴らが『濡れ衣だ』とシラを切った時に面倒だ」


 もちろん、無理矢理自白させることはできるが、俺は皇帝として、法と秩序に則って奴らを裁きたい。


 奴らが言い逃れできない決定的な証拠を押さえ、その上で、俺自身の手で引導を渡してやりたいのだ。


「実際に現地に向かい、俺の目で直接確かめるぞ」


「承知しました。皇帝陛下自らの『お掃除』ですね」


 シズは口元に微かな笑みを浮かべ、リストをスクロールした。


「では、犯罪貴族リストの中でも、特に悪質で規模の大きい貴族領に向かいましょう。……この『リュグナー子爵家』。ここは特にひどいですよ」


 シズが指し示した名前。


 リュグナー子爵。その報告書には、大規模な人身売買ネットワークの元締めであり、多数の孤児院を隠れ蓑にして子供たちを拉致・売買しているという、悍ましい事実が記されていた。


「アイゼンハルトが、この宙域の『表』の顔役だとしたら、このリュグナー子爵ってのが、犯罪貴族連中の『裏』の頭といった所か」


「その認識で間違いありません。彼の領地は、闇市場の中心地となっているようです」


「決まりだな。次の目的地はリュグナー子爵領だ」


 俺はスーツケースに儀礼服を丁寧にしまい込み、再び「平民ジョン」の姿に戻った。


「急いで宇宙港へ向かうぞ、ジェーン。次の船のチケットを手配してくれ。今度は一番早い便で頼む」


「手配完了しました。一時間後に発つ、リュグナー領行きの定期貨客船が取れました」


「よし、行くぞ。……薄汚いネズミどもに、新帝国の法と、魔王の恐ろしさを骨の髄まで教えてやる」


 俺たちはホテルをチェックアウトし、アイゼンハルト伯爵領の宇宙港へと向かった。


 俺の半年間に及ぶ視察旅行は、早くも血生臭い「狩り」の様相を呈し始めていた。


 リュグナー子爵領への航路につく貨客船の中で、俺は静かに闘志を燃やしていた。

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