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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第12章 領地査察編

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第111話 流浪の修理人

 俺とシズ――いや、今は「ジョンとジェーンの兄妹」を乗せた大型船は、ノルドステーションの宇宙港を静かに出港した。


 目的地である旧緩衝地帯、アイゼンハルト伯爵領の主星までは、およそ一ヶ月の船旅になる。


 俺の乗艦である戦艦『フェンリル』を使えば、三日もあれば余裕で到着する距離だ。


 だが、この民間船ではそうはいかない。


 このカラクリには、明確な理由がある。


 宇宙は果てしなく広いが、超光速航行(ハイパードライブ)を安全に行える「航行ルート」には限りがあるのだ。


 重力異常やデブリ、暗礁宙域を避けるため、各艦の航行コンピューターがはじき出す安全なルートは大体同じになる。


 結果として、限られた「宇宙のハイウェイ」に船が殺到し、ワープポイントの入り口で膨大な順番待ちが発生するのだ。


 もちろん、軍艦や貴族の乗艦などは『最優先通行権』を持っているため、渋滞を無視してワープできる。


 十万光年離れた帝国首都星(セントラル)に、わずか二週間で到着できるのはそのためだ。


 だが、この船はしがない民間船。


 優先度的に常に後回しにされる運命にある。


 客室の小さな丸窓から外を覗き込むと、周囲の宙域には、順番待ちの民間船が文字通り「何百万隻」も列をなして待機している光景が広がっていた。


 新銀河帝国になって移動の自由が保障されたため、その数は旧帝国時代よりも遥かに増えている。


「まあ、それでも数万光年の距離を一ヶ月で移動できるんだからな。人類の文明ってのは凄いもんだよ」


 俺は狭いエコノミークラスのベッドに寝転がりながら、感心したように呟いた。


 これからの長い一ヶ月間、この狭い客船が俺たちの「家」というわけだ。


「……暇だな」


 出港から数時間で、俺は早くも持て余していた。


 俺はベッドから起き上がると、隣のベッドで大人しく読書用端末を眺めている妹役のジェーン――シズに声をかけた。


「おい、ジェーン。船内を少し散策してみるぞ」


「はい、ジョン兄さん。お供します」


 シズは端末をしまい、素直に従った。


 二人で客室ブロックを出て、共有スペースや商業エリアを目的もなく見回って歩く。


 この船は新帝国の基準で改修されているとはいえ、元々は旧帝国時代の古い輸送船をベースにしたものだ。


 無機質な灰色の壁や、配管が剥き出しになった天井など、どこか薄汚れた印象は拭えない。


「それにしても、船内は汚いな。少しは掃除すればいいのに。3S(整理・整頓・清掃)は基本だろう」


 通路の隅に転がっているゴミを足で避けながら、俺は顔をしかめた。


 俺の工場でこんな環境なら、現場責任者の首が飛んでいる。


「仕方がないですね。運賃を限界まで安く抑えるために、清掃ドロイドの数を絞っているのでしょう」


 シズが淡々と状況を分析し、俺を見上げた。


「もっと運賃の高い、上のクラスの良い船の方が良かったですか、兄さん?」


「いや、そういうわけじゃない。……むしろ、懐かしさを感じるな。俺がガキの頃に働かされてた工場も、こんな感じの油の匂いがしたっけ。このくらいがちょうどいいさ」


 綺麗すぎる屋敷よりも、こういう雑多な空気の方が、俺の性に合っている。


 そんな他愛のない会話をしながら、下層デッキの貨物区画付近を歩いていた時のことだった。


『また壊れたぞ!このポンコツドロイドが!』


 けたたましい怒鳴り声と、金属を蹴り飛ばすようなガシャンという音が、通路の奥から響いてきた。


「ん?何だ?」


「この先のようですね」


 俺たちは顔を見合わせ、声のした方へと向かった。


 そこは、船の備品を修理するための「修理場」らしき場所だった。


 油まみれの工具や予備パーツが雑然と積まれている。


 その中央で、作業用つなぎを着た筋骨隆々の男が、機能停止してうずくまっているドロイドに向かって悪態をついていた。


「おーい、どうしたんだ?」


 俺が気安く声をかけると、男は弾かれたようにこちらを振り向いた。


「あぁん!?誰だあんたら?ここは関係者以外立ち入り禁止だ!用のない乗客はさっさと失せな!」


 男は苛立ちを隠そうともせず、俺たちに向かって手をシッシッと振った。


 その粗暴な態度を見た瞬間。


 隣にいたシズ――いや、ジェーンの目の色が変わった。


 皇帝陛下に対する不敬。


 それは彼女のセキュリティプロトコルにおいて、即座に「排除対象」となる。


「……失礼な輩ですね。教育して差し上げます」


 ジェーンが恐るべきスピードで踏み込み、男の顔面に向かって拳を振り上げようとした。


 民間人の頭蓋骨くらいなら、豆腐のように粉砕できる一撃だ。


「おいおい、ストップだジェーン!」


 俺は慌てて彼女の腕を掴み、制止した。


 危ないところだった。


 お忍びの旅行初日で殺人事件を起こすわけにはいかない。


「いや、申し訳ない。俺の妹が少し気が短くてね」


 俺は男に向かって愛想笑いを浮かべた。


「通路を歩いてたら『ドロイド』という言葉が聞こえてね。俺、機械弄りが好きでさ。ちょっと興味を持ったのさ」


「……なんだい、あんた。ドロイドの修理屋かい?」


 男はジェーンの殺気に一瞬たじろいだようだが、気を取り直して俺を胡乱な目で見た。


「まあね。ちょっと見せてごらんよ」


「……言っておくが、金は一銭も払わんぞ!船長から渡されてる予算はとうに尽きてるんだ!」


「もちろん。ドロイド弄りはただの趣味だからね。無料サービスさ」


 俺は男の了承を得ると、しゃがみ込んで機能停止したドロイドを調べ始めた。


 外装パネルを外し、内部の配線や駆動系を覗き込む。


(……げっ。これ、うちの会社が作ってるドロイドじゃないか...。重大クレーム案件だぞ!?)


 俺は内心で顔をしかめた。


 新銀河帝国全土に流通させているベストセラーモデルだ。


 それがこんなところでポンコツ呼ばわりされているとは。


 俺はドロイドの頭部を引き寄せ、その濁ったカメラアイに自分の右目を思い切り近づけた。


『ピピッ……虹彩パターン照合……』


 微弱なスキャン光が俺の眼球を走る。


 生体ナノマシンで顔の造作は変えているが、目までは弄っていない。


『生体認証クリア。最上位管理者権限で再起動します』


「なっ……!?」


 背後で、男が息を呑む気配がした。


 彼は驚愕していた。


 無理もない。


 今俺が解除した「最上位管理者権限」は、製品をデバッグするための開発者用プロトコルであり、一般ユーザーは勿論のこと、社内でも役員クラスにしか絶対にアクセスできない仕様になっている。


(管理者権限!?もしやこいつ……製造元である『マター・ドロイド・インダストリー』の関係者か!?)


 男は内心でそう叫んだに違いない。


 だが、彼は得体の知れない俺の技術に圧倒され、口には出さず黙って俺の作業を見守った。


 最上位管理者権限で再起動したドロイドは、即座に高度自己診断プログラムを走らせた。


 電子音声がスピーカーから流れ出る。


『診断完了。……右脚部モーターの減速機に異常があります。パーツの交換を推奨します』


「なるほど、不調の原因は減速機か」


 俺は工具を手に取り、問題の減速機ユニットを取り外して中身を確認した。


 そして、摩耗したギアを見た瞬間、ピクリと眉をひそめた。


(なんだこのギア。指定された強度の正規合金じゃないぞ。安物の代替素材か?)


 俺は内心で舌打ちをした。


 どうやら、部品を納入しているサプライヤーのどこかが、コストを浮かせるために粗悪品を紛れ込ませたらしい。


 これでは定期メンテをしても摩耗が早いはずだ。


 完全なクレーム案件である。


 監査部を動かして、不正をした下請けを徹底的に締め上げねばなるまい。


「親方、聞いてくれ。このドロイド本体がポンコツなんじゃなくて、使われてる『部品』がハズレだったみたいだぜ」


 俺は男に向かって、さりげなくメーカーとしてのフォローを入れた。


「この減速機のギア、本来の規格より安い素材が使われてる。たぶん、部品のサプライヤーが下請け段階で手を抜いて、粗悪品を納入したんだな。大元のメーカーの設計ミスってわけじゃないさ」


「なんだと?そりゃヒデェな!部品屋のピンハネのせいで、俺が毎日苦労してたってのか!」


「そういうこと。……予備のパーツはあるかい?」


「ああ、それならそこの箱に山ほどあるぞ」


 男が指差した先には、ジャンクパーツの山があった。


 俺はそこから適合する減速機を拾い上げると、慣れた手つきで古いものと交換し、再起動をかけた。


 ウィィィン、という滑らかな駆動音と共に、ドロイドが立ち上がり、正常な動作確認ステータスを表示した。


「よし、直ったぞ」


「……あんた、早いな。正規のメカニック顔負けの手際だ」


(そりゃ、このドロイドの開発者だからな。当然の結果だ)


 俺は内心でそう思った。


 男は目を丸くし、そして照れくさそうに頭を掻いた。


「悪かったな、最初怒鳴っちまって。助かった。ありがとうよ。俺の名前はビルだ。この船で貨物区画の主任をやってる。よろしくな」


 ビルが差し出してきた油まみれの手を、俺はしっかりと握り返した。


「俺はジョンだ。こっちの妹はジェーン。……実は、仕事を探しにアイゼンハルト伯爵領まで行くところでね。一ヶ月の船旅、暇を持て余してたところさ」


「そうだったのか」


 ビルは俺の手を握ったまま、少し考え込むような顔をした。


「なぁ、ジョン。お前さんのその腕前なら、アイゼンハルト領に着いてもすぐにいい仕事を見つけられるだろうよ。……そこで、相談なんだが」


「ん?」


「一ヶ月間、ウチの修理場で働かないか?見ての通り、この船で働くドロイドはポンコツで、俺一人じゃメンテの手が回らねぇんだ。……もちろん、少ないが給料は払うし、メシも奢ってやる。どうだ?」


 ビルの提案に、俺は隣のジェーンと顔を見合わせた。


 彼女は小さく肩をすくめている。好きにしろ、ということだろう。


「ああ、いいぜ」


 俺は笑って頷いた。


「俺も、このまま客室で寝転がってるのは暇でしょうがなかったんだ。……よろしく頼むぜ、ビル親方」


「おう!助かるぜ、ジョン!」


 こうして、俺とビルはすっかり意気投合した。


 皇帝の気まぐれな視察旅行は、思わぬ形で「客船の修理工」としてのアルバイトから始まることになった。


 一ヶ月の船旅、どうやら退屈せずに済みそうだ。


 俺は油まみれの工具を手に取りながら、久しぶりの現場仕事に密かに胸を躍らせていた。

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このストーリーの原点に戻った気がしてほっこりする
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