37 催吐薬
なぜ武官であるはずのガハクが、後宮の宦官であるリンシのことを知っている? と、前回の話で思った読者も多いだろう。てな訳で、だ。そのことについて手短に説明しようと思う。
まず、この近世という時代、武官から宦官へと転身――今でいう転職をする男性というのは少ないが存在していた。そう――この男・リンシもまた、そういった経歴を持つお方なのである。
このリンシという宦官、実は昔は武官であった。そして、勘の良い人ならもう気づくだと思うが、リンシが武官だった頃、彼はガハクと顔見知りであったのだ。ではなぜ、このリンシって男は宦官へと転身したのか? それは、まだ多くは語れない。が、推測はできる。
武官から宦官になるということは、武官時代に何かやらかしたからとしか考えられない。なにせ、去勢ってのは男にとって男たる所以が奪われるに等しいのである。なにせ、一生誰とも枕を交わすことのできない身体になるのだ。
では、そんなリスクを背負ってまで、誰が宦官になんかなるのだろう。いや、『なる』ではない。『なさせられる』のだ。宦官になれば、子孫を残せなくなってしまう。子孫を残せないってのは、誰かにとってきっと好都合なはずだ。下手すれば、国家を動かす革命なんてことも防げるかもしれない。
では、彼――リンシは一体武官時代に何をし、誰によって去勢されたのか。それは残念だが今は語れない。だが、いつか分かる。あの名探偵が、それをいつか解決する、その時が来れば――。
* * *
毒を平然と食ったレイレイは、厠から戻った。
「っと、事前に催吐薬を準備しといて助かったぜ…」
青白い顔でニヤリと笑うレイレイ。やはりこヤツ、かなり無理をしておる。それもそのはず、こヤツはポケットに事前に入れといた催吐薬――要は毒物などを誤飲時に強制的に胃から吐き出させるための薬を使い、先ほどの毒見で食した毒草をゲロっと吐いたという訳なのである。
「レイレイ…ホントに大丈夫なのか?」
「ええ、平気です」
「ホント…か??」
心配するリンシ。まあ、無理もない。なにせ、目の前で毒草を食ったヤツのことを心配しない方が不自然である。こういう時、このリンシって男は割と頼りになる。
「毒を食ったって言ったが…それで平気ってのは正気なのか…」
いや、心配しているのではない。このリンシもまた、レイレイのその野蛮な様子に引いているのだ。そりゃまあ、毒食って吐くような下賤な女など、引かれてもしょうがないのだ。




