↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第七章 右は、二人で一試合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
135/140

第135話 わかってる。でも、出たい

 準々決勝の朝、眞鍋がタブレットを持ってきた。


「二試合ぶん、見ました」


「どうだった」


「外は持たせます」眞鍋は画面を指で止めた。「中へ入る球には、五番が最初に触っていました」


「全部か」


「私が見た範囲では、届いた球は全部です。そこから先は分かりません」


 持たせてくれるなら、持てばいい。持ってからどうするかは、そこで考える。


   *


 笛が鳴ってから、球はよく走の足元へ来た。


 相手は走に寄せてこなかった。前を向いても、誰も出てこない。走は運べるだけ運んで、顔を上げた。


 レオの前に一人いる。後ろにも一人いる。


 走は早めに蹴った。ゴール前へ向けて、高い球を入れた。


 入った先に、五番がいた。


 額で外へ弾かれた球は、尾張の誰にも触れずに相手の中盤へ落ちた。中盤はそのまま前へ蹴る。前に残っていた相手の選手が胸で受けようとしたところへ、財前が身体を入れた。球は転がって、尾張のキーパーの手に収まった。


 五番が味方へ声を出していた。


「中を空けるな!」


 相手のキーパーが、その背中へ名前を呼んだ。宗像(むなかた)、と聞こえた。


 宗像は弾いたあと、走り出さなかった。歩いて元の場所へ戻って、そこで両手を広げて、味方の列の位置を直させた。


 走はもう一度やってみた。同じところで持てた。同じように入れた球を、宗像がまた頭で外した。


 腹が立った。


 持てている。それなのに、蹴りたい場所がどこにもなかった。


 外を走らせてもらっているだけだ。


   *


 球が外へ出て、走は海のところまで行った。


「外は誰も来ない」


「来ないな」


「入れても、五番が先に触る」


 レオが走ってきた。


「おれ、早く入りすぎてる。入ったところに、もうあいつがいる」


「どうしたい」


「球が動いてから入りたい。あいつが横に動いてからだ」


「一度、逆へ振るか」走は言った。


「振っただけじゃあかん」財前が後ろから来た。「向こうも走って戻るで」


「戻る途中がある」海が言った。「戻りきる前に入れればいい」


「じゃあ、俺がここで持つ。二人寄ったら、海に戻す」


「そのあとは左だ。運んでから上げろと、伝えておく」


   *


 前半の半ばだった。


 走は右で受けて、縦へ運んだ。さっきなら蹴っていた場所を、そのまま越えた。上げずに、もう一歩だけゴールライン側へ持ち出す。


 相手の左サイドバックが、そこで前へ出てきた。


 出てきた男の内側を、相手の中盤が埋めにくる。


 二人になった。走は海へ戻した。


 海は止めずに左へ振った。


 左で受けたのは尾張の左サイドバックだった。すぐには上げなかった。内へ一つ持ち出して、相手の右サイドバックを引き出す。引き出してから、さらに一歩運んだ。


 相手の中央が、そちらへ動いた。


 宗像も動いた。顔が球のほうを向いて、身体ごと左へ流れていく。


 走の位置からは、ゴール前がよく見えた。宗像の隣にいたもう一人のセンターバックが、ニアへ寄っていく。そのぶん、正面が空いた。


 空いた場所へ、レオが後ろから入った。


 低い球が来た。


 ニアへ寄った選手の足の先を越えて、球はゴールの正面へ転がる。宗像が戻る。戻りきる前に、レオの左足が届いた。


 一対〇。


「レオ!」


 走は右の外で両手を上げた。レオが指で自分の胸を二度叩く。動いてから入った、という合図だ。


 最初に走が入れた球のとき、宗像は球と正面から向き合って立っていた。いまは身体が左を向いたまま戻っていた。


 最後の球に、走は触っていない。それでも、右で二人寄せた時間から、この一点は始まっていた。


   *


 相手が変えてきた。


 宗像が声を出して、後ろの列を押し上げた。尾張が後ろで持つと、寄せてくる人数が増えた。


 走は一度、前へ出せなかった。受けて、前を見て、誰の足元にも通らないので海へ戻した。海も出せずにキーパーへ返す。キーパーが蹴った球を相手が頭で落として、そこからまた押し込まれた。


 奪い返したのは財前だった。相手の足元へ足を入れて、こぼれを海が拾った。


 前半の終わりに、もう一度来た。


 走が右で受けたところへ、相手の左ウイングが前から出てきた。さっきまで来なかった男だ。走は前を向けず、後ろへ返した。その球に、相手の中盤が足を伸ばして触る。


 球が中央でこぼれた。拾った選手が振り抜く。枠の外へ逸れていって、走はそこでようやく息をついた。


 持たせてもらえる時間は、終わっていた。


 後半に入っても、その形が続いた。


   *


 走の前で、相手の左ウイングが球を受けた。


 走は寄せずに待った。縦へ持ち出したところで身体を寄せて、外へ押し出す。こぼれた球に、海が先に着いた。


 海は前を向いた瞬間に蹴った。短くも低くもない、長い球だった。


 押し上げた相手の最終ラインの、その後ろへ。


 レオは、海が足を振る前から動いていた。宗像の肩の横で足を止めて、線を越えないところで待って、蹴られた瞬間に出た。


 宗像が振り返る。追いかける。届かない。


 相手のキーパーが前へ出てきた。レオは打たなかった。出てくる速さを見てから、伸ばしてきた足の先へ、球を横に逃がした。


 レオが先に追いついた。無人のゴールへ、押し出した。


 二対〇。


 走る場所にいなかった。走は自陣の右で、両手を頭の後ろに組んで笑った。


   *


 二点差になっても、宗像は消えなかった。


 相手は外から入れる形を続けた。尾張が跳ね返す。跳ね返した球を拾って、また入れてくる。四本目のクロスに財前が足を伸ばして、球はゴールラインを越えて外へ出た。


 コーナーキックだった。


 宗像が上がってきた。


 相手のベンチから声が飛ぶ。宗像は片手を上げて、ゴール前へ入った。


 走はニアのポストに立った。


 球が上がる前に、宗像は一度ニアへ出た。尾張の選手が一歩ついてくる。ついてきたのを確かめて、宗像は後ろへ下がった。誰もいない場所だった。


 助走が三歩あった。その三歩ぶん、宗像のほうが高いところへ来る。額に当たった球は、走の頭の上を通ってネットへ入った。


 二対一。


 財前が「もう一本!」と怒鳴った。走は自分の位置へ戻りながら、宗像を見た。


 宗像は喜んでいなかった。味方に手で位置を示して、もう次の話をしていた。


   *


 残りの時間、相手は人を前へ出してきた。


 サイドバックが二人とも上がってくる。放り込みが続く。尾張が一度跳ね返して、こぼれをレオが拾った。


 レオは蹴らずに、身体を入れて持った。


 走は外を回って上がった。呼吸が上がっている。脚が重い。それでも外に人がいなければ、レオは一人で三人に囲まれる。


「レオ!」


 レオが外へ落とした。走が受ける。


 走はタッチライン沿いに、相手陣のコーナー近くまで運んだところで、二人に前を塞がれた。


 無理に通せば取られる。取られたら、そのまま速く戻される。


 走はそこから先へは運ばなかった。身体を入れて、球を止める。相手が足を出す。出した足の内側から、海へ返した。


 海は前へ運ばなかった。足の裏に球を置いたまま、相手が来るのを待った。


 笛が鳴った。


 二対一。


 走は両手を腰に当てて、息を吐いた。


 四つまで来た。


 レオが背中に飛びついてきた。


「二点。おれ、二点」


「聞こえてる」


「二点だぞ」


「三回目だ、それ」


 重い。下ろしたいのに、笑いがこみ上げて力が入らなかった。


「一点目の持ち上がり!」走は尾張の左サイドバックへ声を張った。「すぐ上げなかったから、中が動いた」


 相手が歩いて近づいてきた。宗像が尾張の選手と順に手を合わせている。走のところにも来た。手は硬かった。何も言わずに行った。


 勝った。まだやれる。


   *


 水を飲んで、道具を片づけるころだった。


 海が走の隣に座った。


「あのときの膝、今はどうなんだ」


「今日も、戻れてた」


「戻ったのは見てた。膝がどうなったかを聞いてる」


 走はボトルを置いた。


「代表決定戦のときよりは軽い」


「どこが」


「踏み替えだ。あのときは一拍遅れてた。朝、一歩目が痛い日はある。歩いてるうちに薄れる。毎日じゃない」


「それは、いつからだ」


「合宿のころからだ」


 海は前を見たままだった。


「軽くなったのは分かった。痛い日は、減ってるのか」


 走は口を開いて、そのまま閉じた。


「勝った日だぞ」


「次もある。だから、今日聞いてる」


 海は止めに来たわけではない。それは、走にも分かっていた。


「わかってる。わかってる。でも、出たい」


「準決勝か」


「俺も、あの試合をやりたい」


 海はしばらく黙っていた。


「その話も、スタッフにしよう。軽くなったことも、痛い日があることも」


「出たいことも、か」


「全部だ」


「お前が言うのか」


「お前が言え」海は立ち上がった。「俺は横にいるだけでいい」


「ありがとう」


「歩けよ。連れていかれた顔をするな」


 走は自分から先に歩いた。


   *


 トレーナーは器具の箱を片づけているところだった。走が来たのを見て、手を止めた。


「どうした」


「右膝です。見てもらえますか」


 走はベンチに座って、脚を伸ばした。トレーナーが膝のまわりを指で押していく。


「いつからだ」


「代表決定戦のときには、もうありました」


「そのときは」


「踏み替えが一拍遅れました。走るほうは問題なかったです」


「いまは」


「朝の一歩目が痛い日があります。歩いているうちに薄れます」


「毎日か」


「毎日ではないです」


「増えてるか、減ってるか」


 走は少し考えた。


「数えていません」


 トレーナーは膝を曲げさせて、伸ばさせた。角度を変えて、もう一度押した。走は二度、息を止めた。


「言っていいですか」


「言え」


「準決勝に、出たいです」


「聞いた」


「いまの話とは、別の話です」


「分かってる」


 前の試合の夜に見せられた画面が、一度だけ浮かんだ。九回と四回。あれは前の試合の数字だ。


 トレーナーが指を離した。


「今日の内容と、痛みの出方は分かった。いまの状態は、悪いようには見えない」


「じゃあ」


「見えない、と言った」トレーナーは走の脚を下ろした。「今日ここまでやれたから大丈夫だ、という話にはしない」


「はい」


「次に動く前に、もう一度見る。朝でも、練習の前でもいい。そのときの状態で話す」


「分かりました」


「監督にも伝える。お前がいま言ったことを、そのままだ」


「はい」


「この先、痛み方が変わったら、それも教えてくれ。減ってもだ。増えてもだ。変わったこと自体をだ」


「言います」


「頼む」


 海は壁のところに立って、最後まで何も言わなかった。


   *


 部屋へ戻ると、梶がタブレットを抱えて座っていた。


「準決勝の相手、眞鍋さんがもう集めてました」


「早いな」


「見ます?」


 走は隣に座った。画面の中で、知らない色のユニフォームが動いている。


「俺も出たいっす」


「知ってる」


「知ってるだけっすか」


「速いのはお前だ」走は画面を止めた。「戻るのは俺のほうが速い」


「そこ、張り合うんすか」


「張り合う」


 走はもう一度、画面を動かした。


 明日の朝、見てもらう。そのあとのことは、そのときに話す。


 それでも、画面の中の芝に、走はもう自分を置いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。