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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第七章 右は、二人で一試合

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133/140

第133話 勝った日の飯

 初戦の翌々日が、第二戦だった。


 相手は、走の側へ来なかった。サイドを使わない。中央に人を集めて、細かく預けて、隙間から出てくる。海と財前が忙しくなって、走の前の芝は、初戦の後半より静かだった。


 前半の途中で、走は一度だけ前へ出た。


 海が持った瞬間、レオはもう走り出していた。走は右の外で球を受けて、前の試合より半歩早く蹴った。レオが走り込む先へ。


 レオは届いた。


 届いたが、相手のセンターバックが身体を寄せていて、折り返しは膝に当たって外へ出た。


 それでもレオは、戻りながら走を指差した。走も指を返した。


 コーナーキックになる。海が蹴って、ニアで財前が跳んだ。額に当たった球が、キーパーの伸ばした手の下を抜けて、ネットを揺らした。


 尾張が、先に一点を取った。


 失点は後半の半ばだった。中央で細かく渡されて、最後は走の逆側の、誰も立っていない場所から打たれた。走は追えなかった。追える距離ではなかった。


 一対一のまま、笛が鳴った。


 悔しかった。取った一点を、持って帰れなかった。


   *


 中一日おいて、第三戦だった。


 一点は前半の終わりごろに入った。海が中央で奪って、そのまま縦へ。レオが最終ラインと駆け引きして、内側から抜け出す。キーパーが前へ出たぶんの脇を、低く通した。


 あとは、その一点を持って走った。


 残り時間が少なくなると、相手は前の人数を増やしてきた。走の前に、はじめて長い球が入るようになる。放り込んで、競って、こぼれを拾う。単純だが、単純なものほど、疲れた足には効く。


 走は一本目を頭で外へ出し、二本目を胸で落として海へ渡した。


 海は急がなかった。持って、歩いて、財前を呼ぶ。後ろで一度回したところで、相手の前線の二人が追いかけるのをやめた。


「そのままや!」財前が後ろから叫んだ。「気ぃ抜くな!」


 笛が鳴った。


 一対〇。走はその場で息を吐いて、それから顔を上げた。財前が両手を上げてこちらへ走ってくる。受け止めそこねて、二人で芝に転んだ。


「重い」


「うるさいわ」


 ベンチのほうから、眞鍋がタブレットを胸に抱えて出てきた。


「通過です」


「計算、合ってるか」


「合ってます」眞鍋は言った。「三回やりました」


   *


 その夜の食堂は、うるさかった。


 大皿に唐揚げが山になっていた。宿舎の人が揚げたてを運んでくるたび、どこかの席から声が上がる。走は飯を受け取って、席に着く前に一つ摘まんだ。


「東さん、行儀悪いっす」梶が言った。


「腹が減った」


「俺も減ってます」


「お前は走ってない」


「走ってないですけど、減るんすよ」


 一口食べて、走は手を止めた。


 衣に胡椒が効いている。噛むと、下味の醤油と生姜が遅れて来た。


「うまい」


「な」財前が口をいっぱいにしたまま言った。「ここの飯、当たりやったな」


「昨日の魚もよかった」海が言った。


「魚は普通やった」


「普通ではない」


「お前、魚の話になると急に喋るな」


 走は二杯目を取りに立った。戻ってくると、皿の唐揚げが目に見えて減っていた。


「レオ」


「なに」


「何個食った」


「数えてない」


「数えてないやつが、いちばん食ってる」


「東だって食べてるじゃん!」


「俺は二杯目だ。お前は四杯目だろ」


「三杯目!」


「三杯目です」梶が言った。


「お前は黙っとけ」財前が言った。「証人が二年やと信用ならん」


「ひどいっす」


 そのうち、最後の一つが皿に残った。誰も手を出さないまま、しばらく間があいた。


「財前さん、どうぞ」梶が言った。


「なんで俺や」


「点、取ったからっす」


「一昨日のやつか」財前は箸の先で唐揚げを指した。「あれ、俺の頭ちゃうで。海の球がようできとった」


「頭は当てただろ」走が言った。


「当てただけや」


「当てただけって、いちばん難しいだろ」


 財前が黙った。それから唐揚げを箸で二つに割って、大きいほうをレオの皿へ置いた。


「食え」


「えっ、いいの」


「うるさい」


 味噌汁を飲みながら、梶が言った。


「明日、練習っすよね」


「次の試合の前だからな」


「俺、明日は全部やるんで。見といてください」


「鬼塚さんに言え」


「言いました」


「なんて」


「うるさい、って」


 走は吹き出した。海も口の端を上げていた。


「言い続けろ」走は言った。「俺も言ってる」


「東さんも言ってるんすか」


「毎日」


「気持ち悪いっすね」


「お前もそっち側か」


   *


 飯のあと、走は廊下へ出た。


 扉一枚ぶんだけ、食堂の音が遠くなる。壁に背をつけて、走はアカネにかけた。


「通った」


「え?」


「グループ。三試合終わって、通った」


 向こうで、椅子の脚が鳴った。


「すごい。何勝?」


「二勝一分」


「負けてないじゃん」


「負けてない」走は言った。「嬉しい。最後のほうはしんどかったけど、守り切れた」


「いいなあ。見たい」


「映像、あとで送る」


「送って」


 走は少し姿勢を変えた。


「そっちは。今日、何してた」


 間があった。


「……鶏のむね肉、失敗した」


「失敗」


「柔らかくしようと思って、いろいろやったの。そしたら逆に、ぱさぱさになった」


「いろいろって」


「聞く?」


「聞く」


 アカネは早口になった。買った肉の厚み。切る向き。漬けた時間と、火の強さ。途中で「あ、これ長いね」と自分で言って、それでも続けた。


 走は口を挟まなかった。挟む隙もなかったし、挟みたくもなかった。


「味は」


「まずくはない。でも、狙ったのと違う」


「悔しいのか」


「悔しい」アカネは即答した。「来週、模試なのに。それが気になって寝れない」


「模試の心配をしろ」


「してる。してるけど、肉のほうが気になる」


 走は笑った。


「次、どうするんだ」


「厚み変えてみる。あと、漬ける時間も」


「両方か」


「……両方だと、どっちが効いたか分かんないか」アカネが自分で言った。「あー。めんどくさ」


「めんどくさいな」


「そこ同意しないでよ」


 扉の向こうで、また誰かが笑った。


「うまくいったら、食わせろ」走は言った。


「は?」


「成功したやつ。食う」


「……えらそう」


「食うって言ってるだけだ」


「じゃあ、できたら呼ぶ」アカネは言った。「失敗したのは自分で食べる」


「失敗したのも食う」


「やめて。まずいから」


   *


 電話を切って、走は廊下に立ったままだった。


 扉の向こうで、まだ誰かが笑っている。財前の声が一段大きい。


 走は扉を押した。


 唐揚げの皿は、もう空だった。


「東、遅い」レオが言った。「味噌汁、おかわりしといたよ」


「頼んでない」


「飲んで」


 走は椅子を引いて、座った。味噌汁は、まだ温かかった。

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