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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第七章 右は、二人で一試合

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第132話 俺の右を使え

 九時ちょうどに、笛が鳴った。


 待っていた音だった。走は一度だけ息を吐いて、自分の右へ入った。


 相手が最初に球を左へ流したのは、開始から間もなくだった。


 十一番が受ける。走は距離を取って、内を消した。外を空けて見せると、十一番は迷わずそこへ入ってきた。


 速い。


 映像で見た速さと、目の前の速さは別物だった。一歩目で肩を入れられ、走は半歩さがらされた。並走に持ち込んだところで、十一番の三歩目がもう伸びている。身体を寄せて外へ押し出したが、最後は相手が自分でラインを割った。


 スローインになる。走は息を整えながら、いま通った道を頭の中でもう一度たどった。


 縦にしか行かない。眞鍋の見立ては、いまのところ当たっている。


 走は白線から内へ、芝三枚ぶんの幅だけを自分の担当にした。そこから内は海だ。振り返って確かめると、海はもう正しい位置に立っていた。


   *


 二本目は、球が来る前に動いた。


 相手のボランチが右足を踏み替えた。膝の向きが、外へ開く。行き先はもう決まっていた。


 走は、十一番ではなく、球の落ちる場所へ走った。


 十一番の一歩目と、走の三歩目が、同じ芝の上で重なった。先に着いたのは走の爪先だった。突いた球が内へ転がって、待っていた海の足元に入る。


「ナイスだ」海が短く言った。


 走は拳を握った。握ってから、すぐ前を見た。


 海は一度だけ持ち出して、顔を上げずに左へ振った。


 右へ寄っていた相手の重心が、そのぶん逆側で足りていない。尾張の左のサイドバックが、空いた外を駆け上がる。内へ一度切り返して、低い球をニアへ送った。


 レオは、ファーから入ってきていた。


 相手のセンターバックの背中の後ろを、横へ、横へと動いている。球が出た瞬間だけ、前へ二歩。


 ニアで走り込んだ味方が触れず、球はそのまま横切った。ゴールの正面まで出てきたレオの右足が、内側で押し出す。


 ネットが揺れた。


「レオ!」


 走は自陣から叫んだ。向こうで、レオが両手を高く上げているのが見えた。


   *


 一点を取られてから、相手は勝ちにきた。


 十一番はもう一度球を要求した。声が走のところまで聞こえた。だが、来た球は前と同じではなかった。走の前ではなく、十一番の足元へ。低く短く入ってくる。受けてから仕掛けさせる形だ。


 走はその一本も内を消して、外へ押した。十一番の切り返しが一度、内へ入りかけて、海の足に当たって出た。


 そのあとから、球の道が変わった。


 左へ入れる回数が減った。中央で組み直して、逆側へ持っていく。十一番が内へ絞って、中で受けようとする。一度は、その足元へ入る前に財前が立っていた。


 走の前の芝が、少しずつ静かになっていった。


 静かになった芝を見て、走は自分の胸が熱くなるのを感じた。


 嬉しい。嬉しいのだが、球が来ない。


   *


 前半が終わった。


 ベンチへ戻る途中で、鬼塚が走の肩を一度だけ叩いた。


「よう閉めとる」


「はい」


 それだけだった。走は水を受け取って、右のタッチラインのほうを見た。向こうのベンチで、十一番が何か言われている。指を二度、中央へ向けていた。


 閉めるのは、できている。


 できているのに、走はまだ一度も前へ出ていなかった。


   *


 後半に入って、尾張が中央で球を回収する時間が増えた。相手が左から人を抜いたぶん、こちらが押し返せば、右は空く。


 走は海の近くまで走って、声を出した。


「海。次、右にくれ」


「上がるか」


「上がる。俺の右を使え」


 海は一秒だけ走を見て、それから顎を引いた。


「財前」


「聞こえとる」財前がもう一列さがりながら言った。「行ってこい」


 走は自分の位置へ戻った。戻る足が、少し軽かった。


   *


 その球は、海が縦に差し込んできた。


 走は右の外を、誰にも触られずに前へ出た。相手の左サイドバックは、中央へ絞っていた。外へ戻る一歩が、遅れていた。


 顔を上げる。


 レオは、まだゴールから遠かった。相手のセンターバックの外側、ペナルティエリアの角のあたりにいる。走の球を待って足を止めかけた、その肩が、次の瞬間にニアへ向いた。


 走る。


 届かない、と思う距離だった。


 走は蹴った。


 置きにいかない、低く速い球。レオの足元ではなく、レオがこれから着く場所へ。ニアのポストと相手のセンターバックのあいだ、芝の上を滑らせて送り込んだ。


 センターバックが伸ばした足の、爪先の先を球が抜けた。


 その先に、レオがいた。


 右足の甲で、コースを変えただけだった。派手な動きは一つもない。球はゴールキーパーの脇を抜けて、ネットの下のほうを押した。


 二対〇。


「出したぞ!」走が叫んだ。


「届いた!」レオが叫び返した。


 レオは味方の輪をすり抜けて、走のところまで走ってきた。走も走った。真ん中で手のひらを打ち合わせて、そのままレオに背中を二度叩かれた。


「出してくれって言ったの、お前だ」走は言った。


「言った!」


「もう一本、出す」


「出して!」


 ベンチのほうで、誰かが大きな声を上げていた。梶だった。両手を口に当てて、何か叫んでいる。言葉は聞き取れなかったが、声の高さで分かった。


   *


 残りの時間、相手は中央と逆側から来た。


 走の右へは、もうほとんど来なかった。代わりに海が二度潰し、財前がゴール前で一度、頭を出した。走は自分の側を閉じたまま、味方の背中を数えていた。


 笛が鳴ったとき、スコアは動いていなかった。


   *


 引き上げる途中で、レオが走の肩に腕を回してきた。


「二点目、あと一歩早かったら届いてなかったよ」


「一歩か」


「一歩は無理」レオは指を立てた。「半歩なら」


「半歩なら届くのか」


「届く。次はそれで出して」


「出す」


 海が後ろから追いついてきた。


「一点目の左、見てたか」


「見てた」走は言った。「お前が振った瞬間、向こうの中盤が二人とも右を向いてた」


「あれが一番気持ちよかった」


 海がそんなことを言うのは珍しかった。財前が横から口を挟んだ。


「俺は一個も褒められとらんが」


「最後のヘディング、助かった」走は言った。


「最初に言えや」


 財前が走の後頭部を軽くはたいた。走は笑って、それから振り返って芝を見た。


 昨日、この芝を外から見ていた。今日は、ここで走った。守って、前へ出て、蹴った球が届いた。


 次も、ここで走りたかった。

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