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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第六章 才能を捉える日

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第129話 才能を捉える日

 代表決定戦の四日後だった。


 練習後、鬼塚が走を呼んで、封筒を一つ渡した。


「東。来た」


 封を切ると、A4の紙が一枚。


 年代別代表・候補合宿の招集通知。日程、集合場所、持ち物。いちばん上に、東走、とある。所属の欄に、尾張SCユース。


 走は、それを二度読んだ。


 二度読んでから、もう一度、上から読んだ。


「……名前、合ってます」


「合っとるだろう」鬼塚は呆れた声を出した。「間違えて送ってくるか」


「合ってます」


 走の声が、自分でも分かるくらい上ずっていた。


「言っとくが、これは候補だ」鬼塚は続けた。「本番の代表に選ばれたわけじゃない。合宿で振るい落とされるやつのほうが多い」


「分かってます」


「分かった顔じゃないぞ」


「……分かってないかもしれないです」走は言った。「でも、いま、めちゃくちゃ嬉しいです」


 鬼塚は少しのあいだ走を見て、それから手を振った。


「行ってこい。そこでも、また何か拾ってこい」


「拾ってきます」


   *


 部屋に戻って、走はまず紙を撮った。


 それから、ベッドに座って、もう一度読んだ。


 呼ばれた。


 六歳の夜、布団の中で掌を開いて閉じた。あのとき遠かったものが、いま紙一枚の手ざわりで指の下にある。


 走はスマホを持って、廊下へ出た。


   *


 海と財前は、談話室にいた。


「呼ばれた」走は言った。「今、紙を見てる」


 財前が缶を取り落とした。


「おい、拾えよ」海が言った。


「東が先かい!」財前が叫んだ。「俺のほうが背ぇ高いのに!」


「関係ないだろ」


「関係あるわ!」


 海が立ち上がって、走の前に来た。


「見せろ」


 走が画面を向けると、海は黙って三秒見て、それから短く言った。


「おめでとう」


「……ありがとう」走は言った。「あの二回、覚えてるか」


「どの二回だ」


「春の青嵐戦。俺が持って帰った二回だ」海を見て、それから財前を見た。「あそこから全部だ。俺一人だったら、線も引けてない」


「線引いたんは、お前やぞ」財前が言った。


「引いた場所を削ったのは、二人だ」


 財前が鼻の下をこすった。


「……まあな」


「照れんな」海が言った。


「照れとらん!」


 走は笑った。笑いながら、目の奥が少し熱くなった。


 眞鍋には、その夜のうちに伝えた。


「知ってます」眞鍋は即答した。「鬼塚さんが封筒持ってるの、見えたので」


「早いな」


「二十四です」眞鍋はタブレットを胸に抱えた。「ソラさんが行きたかった場所を、東さんたちが先に踏んだ回数。春のリーグは、二でした」


「かなりか」


「かなりです」


 眞鍋はそこで一度言葉を切って、少し低い声で続けた。


「……合宿、行ってる間の映像、誰が撮るんですか」


「頼めるか」


「頼まれます」


   *


 母は、二回目の呼び出し音で出た。


「もしもし?」


「呼ばれた」


「え?」


「代表の候補。合宿、呼ばれた」


 電話の向こうが、しばらく無音になった。


 それから、母が誰かを呼ぶ声が遠くで聞こえた。お父さん、お父さんちょっと、と言っている。


「走」父の声に替わった。「本当か」


「本当」


「……そうか」


 父はそれだけ言って、しばらく黙った。母が横で何か言っている。


「紙、送るね」走は言った。


「送れ」父が言った。「拡大して見る」


 写真を送ったあと、電話は母に戻った。それから十分、走は同じ話を二回した。日程のことも、集合場所のことも、二回言った。二回目のとき、母は一回目と同じところで「へえ」と言った。


「あんた」切る前に、母が言った。「声、高いよ」


「高いか」


「うん。小さいときの声だ」


 走は、しばらく返事ができなかった。


   *


 翌日の午後、通路で番場とすれ違った。


 一つ上の、あの紅白戦で走に六本とも谷を踏まされた右ウイングだ。去年の春から、トップの練習に入っている。


「……呼ばれたってな」低く、ぶっきらぼうな声だった。


「はい」


「一年のとき、気に食わなかった。九十分走るだけの田舎の子が、ってな」


 番場はそこで、一度足を止めた。


「今も、気に食わない。……けど、お前が上がってきたら、同じ右だ。俺の前を空けてくれるってんなら、上げてやるよ」


「空けます」走は即答した。


「即答すんな」


「空けます」


 番場は舌打ちして、行った。走はその背中に、頭を下げた。


   *


 その夜、リクから連絡が来た。


〈おい。合宿の紙、来たか〉


〈来た〉


〈俺も来た〉


 少し間があってから、もう一つ届いた。


〈今度は同じチームだな〉


 走は画面を見て、指を止めた。


 空き地で奪い合った右サイドに、同じ色を着て並ぶ日が来る。四年かけて、まだ一度も決着していない相手と。


〈初日、先に着いたほうが場所取っとくか〉


〈お前が取れ。俺は寝坊する〉


〈寝坊すんなよ〉


〈する〉


 走は笑って、スマホを置いた。


 ソラのことは、分からなかった。紙に名前があるのかどうかも、走には知りようがない。選ぶ人が決めることだ。


 ただ、またやろう、とは言ってある。


   *


 最後に、アカネにかけた。


「呼ばれた」


「は?」


「代表の候補合宿。紙、来た」


 三秒くらい、何も聞こえなかった。


 それから、短い悲鳴のような声がして、何かが落ちる音がした。


「……いま、何落とした」


「ペン」アカネの声が近くなった。「すごい。すごいじゃん。ほんとに行くんだ」


「行く」


「行きなよ」


「行く」


 しばらく、二人とも何も言わなかった。


「あのさ」先に口を開いたのは、アカネだった。「この前の、まだ言えないやつ」


「うん」


「言えるとこまで来た」


 走は、姿勢を直した。


「聞く」


「栄養」アカネは言った。「管理栄養士。大学、そっちに行く」


「……栄養」


「あたし、選手は無理だった。身体が先に止まった」アカネは淡々と言った。「でも、止まる前に何ができたかは、まだ調べられる。何食べてたか、いつ寝てたか、何が足りてなかったか。……たぶん、あたしみたいなのが、ほかにもいるでしょ」


 走は、何も足さなかった。


 足さないことに、少し力が要った。この分野の答えを、走は前の生で山ほど持っている。持っていることを、走は言わなかった。


 これは、この女が自分で見つけた道だ。


「ノート三冊、それか」走は言った。


「四冊になった」


「多いな」


「多い」


「それ、見てみたい」走は言った。「いつか、見せてくれ」


 アカネが黙った。


「……いいけど」少しして、そう言った。「まだ、字が汚い」


「知ってる」


「うるさい」


 電話の向こうで、アカネが笑った。


「先に行って、待ってなさいよ」


「待ってる」


   *


 電話を切って、走は招集の紙を、ノートの表紙の裏に挟んだ。


 廊下には、もう一枚の紙が貼られている。八月の全国本大会の組み合わせだ。尾張の名が、その左の端にある。


 二枚とも、これからの紙だった。


 それから机の上の日程表を、もう一度だけ見た。


 集合日まで、あと十九日。


 持ち物の欄に、こう書いてある。支給の練習着は当日配布、と。


 走はその一行を、指でなぞった。


 もらった服を着て、あの芝に立つ日のことを考えた。


 十九日。


 長い、と思った。


 ――才能を捉える編、了。

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